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そよ風つうしん

小さな自然の発見をご紹介してきましたが、転居で環境が激変。内容を一部変更し日々の雑感を綴ったりもしています

人のために使う1%のお金

2008年03月17日 | ポエム&好きな言葉
久しぶりに、道を挟んで向かい側の団地へ行ってみました。
青い空に九日の月がかかっています。
芽吹き始めた木の枝が、活き活きして見えますね。


歩きながら、こんな気持ちのいい午後にも、世界のどこかで恵まれない子供たちが、命を落としているのだなぁ・・・とふと思いました。

戦いのために
貧しさのために

食べるものがなく
飲む水がなく
予防や治療に支払うお金がなく・・・


ああ、私にも何か出来ることはないのだろうか?

寄付ならできるんだけど・・・
そう思っても、いざ実行するとなると、なかなか難しいですよねえ

そんな自分に、ちょっとがっかりしたのですが、こんなことを新聞で読んだのを、ふと思い出しました。



「日本には寄付という習慣が根付いていないので、なにか特別に志のある人がするものと思われがちだけれど、
そんなにおおげさに考えなくても

* コンビニで買い物した時に10円でも100円でも、ちょっと募金箱に入れ
  る。
* 毎月の給料から1%だけ、ビンに入れて貯めておき、少しまとまったらどこか
  に寄付する。
こんなことでいいのですよ。
これならできるでしょう?」

これいいですねえ!! 

特に二つ目は、ビンの中で少しずつお金が溜まっていくのが見えるじゃないですか!

自分のためだけでなく、人のためにもお金を貯めるというのは、とても素晴らしいことだと思います

さあ、明日から実行です!



そんなことを考えながら、西の空に目をやると、雲がきれいにのびて、
「うん、そりゃ良い考えだ!!」
と言ってくれているような、雲のVサインでした。

というほどのことではないけれど、忘れてしまわないように、よく見えるところにビンを置かないといけませんね



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雪の結晶に想う

2008年01月25日 | ポエム&好きな言葉
これは今朝の北側の窓からの眺めです。
昨夜降り積もった雪が朝日に照らされて、普段とはちょっと違った風景になりました。

昨日も、風が強くて一日雪が舞っていました。
積もりはしないのですが、風に吹き飛ばされたかたまりが、フワフワとベランダに飛び込んできます。

気温が高かったので六花は見えないだろうと思いつつ、少し写してみました。

落ちながらも融けているのでしょうが、目の前で、あっというまに姿を変えていく、その速さが口惜しかったです。

雪というよりも、氷の芸術作品と呼ぶほうがふさわしいでしょうか?



こんな繊細なガラス細工が、壊れずに落ちてくる・・・・

天は、時に思わぬ贈り物を届けてくれますね。


雪といえば、思い出すのは三好達治の詩です。
中学校の教科書で習ったような記憶があります。

   
    < 雪 > 三好達治

太郎を眠らせ、 太郎の屋根に雪降りつむ

次郎を眠らせ、 次郎の屋根に雪ふりつむ


こんな短い詩ですが、深い雪に閉ざされた、北国の風景が瞼に浮かびます。
すごいなあと思うのです。
たった、これだけの言葉で・・・

学校で習って以来すっかりこの詩人が好きになりました。
その後に読んだ本の中にあった詩の、書き出しのこんな言葉が私の心をとらえました。

しばしば引用されているので、ご存知の方も多いことでしょう。



ああ智恵は かかる静かな冬の日に
 
それはふと思ひがけない時に来る
 
人影の途絶えた境に

山林に
  
たとへばかかる精舎の庭に

前触れもなくそれが汝の前に来て

かかるとき ささやく言葉に信をおけ

「静かな眼 平和な心 その外に何の寶(たから)が世にあらう」

< 冬の日・三好達治> より抜粋  (旧仮名遣いはそのままにしています)


心に大きな苦しみを抱えて、古いお寺の庭に立っていた作者のこころに、やわらかな木漏れ日といっしょに 天から何者かがささやく言葉が聞こえてきたようです。

この世で本当に大切なものは何であるか・・・それを求めてもがいていた私に、答えを教えてくれた一編の詩です。

特に最後の一行は、手帳に書き止めて、忘れないように時々口ずさんでいます。




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子育て/育つ邪魔をしない

2008年01月11日 | ポエム&好きな言葉
『「人間力」の育て方』の巻末に、堀田さんは詩をお書きになっています。

>子供たちが 
自分たちの力で 
思いっきり育っていくのを 
手伝おう
邪魔をしないで 
歪めないで・・・(後略)

これを読んで、私はこんなことを思い出しました。 


私には二人の子供がいます。
今はもう、おじさん・おばさんになっていますが、ウン十年前はこんな姿でした

兄貴のおでこに小さなこぶがあるのは、どこかにぶつけたのでしょうね
心から信頼し、尊敬する兄貴のそばで、妹はしあわせそうです。

この男の子が、やがて小学校に上がり3年生になったときのことです。
個人懇談の時に、担任がこんなことを言いました。

「おかあさん、お願いがあります。
ごちゃごちゃと細かいことを言ったり、親が歩かせたいと思う線路を敷いたりしないで、お子さんの成長を静かに見守ってください。

子供は、自分で育っていきます。
そして個性が生まれます。
大人は決してじゃまをしてはいけないのです」

        


堀田さんの詩を読んで、「あ、同じことを言ってる!」と思いました。

邪魔はしない、だけどしっかり「見守る」
かなり難しいことですが、自然界での生き物の親子の姿を見ると、このことの大切さが感じられてなりません。




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私を励ましてくれる言葉

2007年12月01日 | ポエム&好きな言葉
新聞を読んでいたら、マザーテレサのこんな言葉が目に止まりました。

大切なのは、どれだけたくさんのことをしたかではなく、どれだけ心を込めたか

「心を込めてする」と言葉で言うのは簡単ですが、わが身を振り返ってみると恥ずかしいことだらけ。

たくさんのことを心を込めて行われたマザーテレサの言葉ゆえに、気持ちをゆさぶられました。


また数年前に、こんな話も読んだことが有ります。

シスターの渡辺和子さんが、まだ修行中の頃、修道院の食堂でたくさんの食器を並べていました。
そこに通りがかられた修道女の方が
「いま何を考えていましたか?」
とたずねます。

渡辺さんが「別に何も」と答えると、
「一つのことをしているときは、祈りと心を込めなければいけません。
お皿の一枚にも、ここにお座りになる方がお幸せでありますように」と祈りながら置くようになさってね」
とおっしゃられたそうです。

自分の仕事のうちで、たくさんの食器を並べることなど、雑用といってもいいでしょう。
けれど、祈りを込めながら行うことで、それは「雑用」ではなく、大切な仕事となります。

修道院の生活ですから、われわれの日常とは違うよと言ってしまえばそれまでです。
家族の幸せを祈らぬ人は無いでしょうが、見知らぬ人にさえ幸せを祈るということ、私にはとても大切なことに思えるのです。

世界中の人が、これが実行できたら戦争もなくなるのではないでしょうか?

このことは、それを読んだ日から、私の忘れられない言葉になりました。

そして、先ほど書いたマザーテレサの言葉が、また一つ、心のポケットに収まって私を励ましてくれています。



          

写真の落ち葉はサクラです。
このサクラ、名前を「ベニユタカ」といいます。
まるでさつま芋みたいだなあと、初めて名札を見たときに親近感を覚えました


よかった探し

2007年11月16日 | ポエム&好きな言葉
悲しい、寂しい、死にたい、殺して、と言い続けていた私に、友達がきれいなノートをくれて、こう言いました。
「毎日、その日にあったことの中で「良かった」と思えることを書いてみて!
何にも無いと思っても、一生懸命探して、こじ付けでもいいから一つは必ず書いてね」

その頃は毎日、今までを後悔し、自分を責めて涙を流してばかりだった私は、
マンションの6階の部屋から下を見下ろしては「ここから飛び降りたら死ねる」と思ってばかりいました。

そんな暮らしの中で「良かった」探しをしろと言われても・・・・
でも、根が真面目なもので、必死でさがしましたよ~

☆ 紅茶を飲んだ。
  美味しいと思った。美味しいと思えるものがまだあって良かった!
  (ウツになると、物の味などあまり感じなくなるのです)

☆ 朝起きたら、ご飯が炊き上がっていた。
  良かった! 
  電気釜がなくてタイマーも付いていなかったら、もっと早起きしなくちゃなら
  なかった。
  今の時代に生まれてよかった!

☆ 空を飛ぶ鳥を見て思った。
  鳥は毎日自分で食べ物を探さなければならない。
  探しても、ありつけるとは限らない。
  私は、自分で探し回らなくてもご飯が食べられる。
  人間でよかった!

☆ トイレに行った。
  大も小も出てくれた。全然出なかったら死んでしまうのだ。
  よかった、よかった!

☆ 調子が悪くて熱が出た。しんどい・・・
  でも、子供ではなくて私で良かった!


こんなアホみたいなことを毎日書いているうちに、不思議なもので「良かった探し」が少しずつ上手になってきました。

渋滞していた気持ちが、少しずつ流れ始めたのでしょう



何しろ努力して探さなければならないので、生活の中の視点が変わっていくのです。
それが幸いしてか、気が付くと「死にたい」と思うのを忘れている時間が、多くなっていました。


つまらない、良いことなんて何も起こらない。
なんで私だけ、こんなにつらいの?
生きてたって苦しいだけじゃない、、、


そう思い込んでいた暮らしの中にも「良かった」と思えることが、実はこっそりと
あったんですねえ。
見えてなかっただけ!
ピントがそこに合っていなかっただけ!


ほら
無色透明だと思い込んでいたクモの糸だって
陽が当たるとこんなにきれいな色が見えます!
もう網はボロボロになっているというのに。



やがて私は、少しずつ元気を取り戻していきました。
そして写真を撮り始めて、小さな自然に触れることで、また新しい世界の存在を知ることになったのです。


いま、こうして皆さんと楽しくコミュニケーションが出来ているのは「良かった探し」のお陰なのです!
いい友達がいてくれて、良かった!!


(一番上の写真は、「薄明光線」という名前です。雲にさえぎられた夕方の光が、はるか彼方へと伸びて、とてもいい気持ちでした)




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光と風と水と

2007年10月10日 | ポエム&好きな言葉
そろそろ落ち葉のころです

ふわ~り 

風に乗って 落ちてきました

「今年の夏は暑かったから 疲れちゃったよ」


光と水が ねぎらうように 包み込んで

運んでいきました






遠い所へ行きたくて

おかあさんのいうことも聞かずに

飛び立ってしまった 綿毛の坊や

ほらね

やっぱりこんな所にひっかかってしまった

あ~あ もう帰れないね


「だいじょうぶ おしゃれな姿に 飾ってあげるよ」

光があたたかく照らし

風が そっと揺すって

遊んであげていました





ゆうべの雨にたたかれて

ハリエンジュの葉が 落ちました

全部が黄色くなるまで

枝にくっついていたかったのに

「みんなと別れてしまって 悲しいよ」

大声出して泣いたので

涙が いっぱいあふれました

ころころ ころころ・・・





大きなジョロウグモが 元気いっぱい

するすると ヤブガラシの蔓を登って

青空に網をかけました


風に乗って 流れてきた雲も

びっくり!


「こんなに高いと

鳥さんが ひっかかりゃしないかな?」




やがて夕陽が沈みます

木立のあいだから

一瞬の光が照らした エノコログサ

あまり豪華なので

遊びに来ていた風さんも

驚いて 立ち止まりました

「きみ いつもと違うねえ!!」



朝焼けは希望の色

2007年10月08日 | ポエム&好きな言葉
幸せは あなたが見つけてくれるときを 待っている

これは長野県の諏訪中央病院名誉院長鎌田實さんが『幸せさがし』(朝日新聞社刊)の最後にお書きの、詩の一行です。

幸せはやってくるものではなくて、自分で見つけるもの
遠くにあるのではなくて、自分のそばにきっとあるもの
あなたがその気になれば、すぐにも見つかるもの

そんな内容の詩です。


        

そうなんですねぇ

しあわせって 

探すものではなくて

見つけるもののようです


私がウツ病になっていた頃に、臨床心理士の友人がすすめてくれました。

「ノートを一冊、出来るだけきれいな高価なのを買ってね、毎晩寝る前に、一行でいいから、その日にあったことや見たことで“よかった”と思えることを書いてみて!」と。

「何にもみつからなかったら、誰かと比べて私の方がまだマシだった、と思うようなことでもいいわよ」とも。
こっちなら、出来そう・・・と思いました。

出来るだけきれいで高価なものを、というのは、途中で捨てるのがもったいないという気持ちが持てるようにという、彼女の配慮だったのだそうです。


それを続けていると、しらずしらずのうちにポジティブシンキングの習慣が出来ました。
私の毎日もまんざらじゃないみたい♪

そう感じられるようになって、次第にうつ病のお薬が減っていきました。

心の夜明けだったのですね。



上の写真と同じ朝の、少し遅い時間です。
この後すぐに太陽が昇ってきました。


十六夜(いざよい)

2007年08月31日 | ポエム&好きな言葉
今夜は十六夜

満月からほんの少し欠けているけれど

とても明るい光

野山を照らし

山の姿が うっすらと見える


鳥や 獣たちは 

眠っているのだろうか

風の子守唄を聞きながら


人里も明るい

コオロギやカネタタキやカンタンが

優しい音色で唄っている

月夜のコンサートだ


< 十六夜の月に届けと 虫の声 >




これは月蝕の翌日29日の夜の写真です。
昨夜(30日)が居待月(いまちづき)で、座って待たないと疲れるくらい遅い月の出となり、
今夜(31日)は寝待月(ねまちづき)と呼びます。
だいぶん遅くなるので、横になって待っててね~と、お月さまからの伝言です♪



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処暑

2007年08月23日 | ポエム&好きな言葉
真上から太陽が照りつけ

何もかも

枯れ尽くすほどに烈しかった夏も

さすがに疲れたのだろうか

空には やさしい細い雲が

姿を見せ始め

今日は「処暑」


やせ細りつつ

ようやく生き延びたわが身に

暦がくれる ねぎらいの言葉

「暑さも そろそろ収まるころですよ」



厳しい熱気の中でも

しっかりと咲き継いだ野の花が

朝のさわやかな光の中で

去り行く夏を 見送っている






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夜明け

2007年08月15日 | ポエム&好きな言葉
これは、8月10日の午前4時50分です。
空高く、28日の月が見えています。

一度でいいから、こんな写真を撮ってみたいと、ずっと思ってきました。
でも、果たせぬままに時が過ぎ・・・

この朝は、なぜか早くに目が覚めたので、東の空が見渡せる所へいってみました。
するとどうでしょう!
自分が、長く思い描いてきた風景が、目の前に広がっているではありませんか。

シャッターを押す指は、きっとかすかに震えていたと思います。



もう少し明るさが増したころです。

もう灯りのついているお部屋が、ぽつぽつと見えています。




朝は 

希望をつれてやってくる


心やからだの痛みに

眠れぬ一夜をすごしたとき

空が明るくなってくるのが

どんなにうれしいことか



どんな一日が始まるのやら

想像はできないけれど

それでも

とりあえず

手付かずの時間が

たっぷりあるという 

気持ちの豊かさ



もしかしたら

きのうよりは楽になるかもしれない

もしかして

少しは楽しいことが あるかもしれない


そんな ささやかな希望が

心に満ちてくる



すこしずつ

すこしずつ

明るくなってゆく・・・・



こんな静かな夜明けを、大切にしたいと思います。
        今日は、終戦記念日