柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

令和

2019-05-01 08:57:11 | Weblog
昨日の退位の儀をTVで観ました。八咫鏡の形代が安置されてるという賢所にしずしずと参られるお姿、正式な長々しい名称があるのでしょうがあの衣装の色(薄茶色、こう書いてしまうと重みも何もないですが)はこういう時の正統の証なのだそうですね。古式豊かな厳粛さです。この映像でも思いましたが、夕刻の儀式のときに陛下のいつもに増した老いを見ました。立ち姿も仕草も表情も、です。85歳です、当然です。が、昨日はそれを顕著に思いました。安倍首相は殊更に法に則っての退位譲位であることを挨拶に差し込みます。それを朝刊各紙は憲法との整合性に腐心したと評価します。つまり憲法で禁じられている天皇の政治行為であるとか、宗教色の強さを難じて政教分離に反するとかの批判に対するものです。秋篠宮が大嘗祭に言及したこともありました。天皇陛下のビデオメッセージは過去幾度もありましたが、2年前でしたか譲位のお気持ちを直截カメラに向かって吐露されたことを指して、手続きを踏まぬ玉音放送は政治利用だと言われてました。今回の儀式も三種の神器の継承という宗教色を非難するのです。そこを十分に意識しての首相の言葉だったとの評価です。なるほど。一方で国璽御璽の継承はこちらは事務的なことなのでしょうか。私は御名御璽という署名に日本文化の深淵を見る思いでいますが。わずか15分足らずの儀式ののち退席される際にいつものように皇后様の手を引かれる姿、おそらく200年前にはなかったであろう光景でしょう、ここに今上陛下の陛下たる由縁を見ることでした。狭い部屋です、安倍さんはじめ民草が三列四列に並んで控えます、陛下に合わせて皆が一礼するのに衣服が擦れる音だけが響きます。しわぶき一つ聞こえない、皆が息を殺して畏まるあの静寂です。粛々と進むとはこういう時間空間を指す表現なのでしょう。陛下が退出されて、すぐには皇后様ではないのです、神器と国璽御璽が続いてそのあとに皇后さまでした。この厳粛さ、古来の伝統です。私のようなトンガリには十分な感動でした。三種の神器という神話が、衣冠直垂という古き日本が、万世一系という日本人が心の拠り所にしてきた正統が、二千六百有余年の我が国の歴史が目の前に具現展開されているのです。昨日も書きましたが、今上天皇のご英断が一、そして二にはそれを受諾して敢行した安倍首相の決断の成果です。今日お立場の変わられた上皇上皇后様にはどうぞ安らかにお過ごしくださいと願うばかりですが、月刊誌に誰かが言うてます。上皇様になられて、あれこれの束縛から離れられた今こそ、靖国神社にご参拝願いたい。そこでこの30年間心がけてこられた慰霊の旅が終わるのだとも。靖国の霊がやっと鎮まるときが来るのだと。上皇様はどうお考えでしょうか。
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