『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

取り組み

2013-08-26 05:55:00 | ギター

 
この夏、ふと頭に
懐かしいフレーズが響いて、
楽譜を取り出して
数小節ずつ弾き始めている。

それは、
セラニートの超難曲
と言われる「タランタ」で
30代、40代、と挑戦してみたが
ついぞ弾けなかった曲である。

50代に入って
超絶技巧曲に取り組んできたので、
そろそろ弾けるようになっているか
と思い再々チャレンジしているが、
なんとか弾けそうな按配である。

かつて、自分よりも
かなりの上級者が、
この曲を弾いて悦に入っている、
というのを耳にして
羨ましく思ったことがあるが、
自分もとうとうその領域に
近づいてきたかと
いささか満足している。




これは、来年の発表会の
課題曲である。

これも、20代のときには
とても難曲で手が出なかったが、
今では普通に弾けるようになった。

先日、大学時代のギター部仲間(永山)と
10年ぶりぐらいに再会したが、
「大学のときよりもギター上手くなったぞ」
と自慢したのも
日々、精進しているから
まんざら虚勢ではない。


*************


『あまちゃん』を語る

スナック「りあす」

奈保子。物語の上で、終始一貫して、スナック「りあす」はコミュニティの溜まり場として多様な機能を果たしていますね。
先生。そうだね。それと、前にも言ったけど、「再生のトポス(意味のある場)」というか「再体制化の胎内」でもあると思いますよ。
奈保子。あ、そうですね。特に、ユイが不良から更正した場であり、ユイ・ママが針のムシロに晒されながらも、コミュニティの一員として、家族の一員として、受け容れられた場にもなりましたものね。
先生。そうそう。ああいうトポスは、所謂、therapeutic space(治療的空間)なんですよ。
奈保子。なるほど。さながら、学校の保健室やカウンセリング室のような機能を果たすんですね。
先生。そうです。箱庭療法の創始者でもあるドーラ・カルフ先生がおっしゃった「自由にして護られた空間」なんです。
奈保子。そう言えば、夏バッパが、ユイ・ママと足立先生・ストーヴ兄さんが対峙したとき、「どんどんやれ! なんでも言いたいこと言え!」というようなことを言ってましたね。
先生。そう。そして、家族の対決を周囲は黙って見守っていたでしょ。
奈保子。そこで、変容の過程が生じたわけですね。
先生。そうそう。直面化、対決を回避している人間関係には、真の実存関係は生じ得ないんですよ。
奈保子。思えば、「りあす」というのは三陸特有のあのギザギザした海岸線を指すんですものね。なんだか、人生そのものが、起伏に富んだもの、波風に富んだもの、決して平坦で凪いだものではない、というようなメタファー(暗喩)にも感じられますね。
先生。それは、いい連想ですね。ついでに付け足せば、リアス式海岸は、津波の時は波高が高くなるでしょ。それも、なんだか、人生とパラレルで見ると、なんだか意味深長じゃないですか。
奈保子。そうですね。人生には、時折、津波が押し寄せることもありますものね。
先生。それでも、三陸の人たちは、何百年もめげずに生きてきたわけでしょ。
奈保子。なるほど。それは、歴然とした事実ですよね。
先生。そう。だからこそ。人々は、おおらかで、つつましく、優しいのかもしれないね。
奈保子。それと…(笑)。
先生。ん? どーした?
奈保子。しょっちゅう、弥生さん(渡辺えり)や大吉さんたちが、カラオケで絶唱しているじゃないですか。
先生。あー、そうそう。土地の「盛り場」でもあるんだよね。っていうか、「フェスティバル空間」でもある。
奈保子。自己発散、セルフ・パフォーマンスの場なんですね。
先生。んだんだ(笑)。ストレス発散、憂さの捨て所でもあるんだね。
奈保子。昼間は「うに丼」やパスタも出すんで、レストランでもありますでしょ。
先生。レストランの語源は、英語にrestore(レストア)があるように「回復」とか「再び良い状態にする」という意味があるんだよ。
奈保子。そうなんですか。知りませんでした。
先生。スナックの元々は、Snack bar で「軽食と酒を出す店」なんだね。


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91才

2013-08-25 07:50:00 | TV・ドラマ


二日続けて
寂聴さんがテレビに出ていたので
じっくり話を聴いていた。

91歳ながら矍鑠としており
ユーモアたっぷりなので
見上げたものである。

以前にコピーしたはずの
説法集のCDが12枚あったので
聴きなおそうと思って探したのだが、
なにせ1.000枚近くあるファイルの中から
何度探しても見つからずに
途方にくれている。

いっそのこと、
25枚入りCDファイルを
片っ端からワードにリスト化して
検索できるようにしようかとも
考えたが、それも膨大な手間が
かかるので面倒臭い。

ある日、
ひょっこり見つかるだろうと
そっちを期待するほうが楽である。

***

今朝は突然、
22度に気温が下がり
久しぶりに足元の毛布を
かけたときには時すでに遅しで、
しっかり喉を痛めて
咽頭炎で体が風邪状態になった。

明日からみっちり
遠出の仕事があるので、
今日は久しぶりに
行こうと思っていたテニスクラブを
残念ながら休むことにした。

常備薬庫に
抗生物質の残りがあったので
それと鎮痛解熱消炎剤で
一日、寝養生することにした。

あーあ。
なんて、虚弱体質なんだろー。
トホホ…。horori


**********


『あまちゃん』を語る

カッケー!!

奈保子。ことあるごとに、アキは「カッケー!」と感嘆しますね。
先生。最近の女子は、「カッケー!」なんて言わないですよね。
奈保子。あれは、古い感嘆詞じゃないんですか。
先生。そうですよ。私たちが子ども時代に使った言葉ですもの。
奈保子。最近では、ユイちゃんまで「アキちゃん。カッケー!」とか言ってましたね。
先生。うん。ユイもだいぶアキに感化されてきたものね。
奈保子。最初は、種市先輩が南部潜りをする姿に見惚れて「カッケー!」を連発していましたね。
先生。男らしい姿というか、本物っぽい姿だよね。
奈保子。それと、春子が「りあす」で『潮騒のメモリー』をプロっぽく歌ったときにもアキは「カッケー!」と感銘していましたね。
先生。もっとも、いちばん最初は、夏バッパたちが颯爽と海に潜って獲物を採る姿が「カッケー!」体験の始まりでしょ。
奈保子。でも、アメ女にはあまり「カッケー!」とは言ってなかったんじゃないでしょうか。
先生。そうだったかね。
奈保子。自分抜きのGMTのデヴューには、悔しいながらも「カッケー!」と思ったんでしょうね。
先生。3J企画になってからは、「カッケー!」よりも地味な仕事をこなしているわけでしょ。
奈保子。でも、田舎で燻ぶっているユイにとっては、着実にアイドルやメジャーに向かっていくアキの姿はカッコよく映るわけですよね。
先生。そう。しかも、あまり羨望やジェラシーがないから、清々しい友情関係だよね。
奈保子。やっぱり、父親の病気やユイ・ママの失踪事件、自身のドロップアウトなどの通過儀礼的体験が、彼女を大人にしたんじゃないでしょうか。
先生。そうだね。「何かを失わずに、次の風景には入ってはいけない」という箴言がありますからね。
奈保子。アキの「カッケー!」を、現代の様々な状況に敷衍してみたらどうでしょう。
先生。それは、なかなか面白い視点だね。
奈保子。カッコよくないもの、眼に余るものは、事欠かないですものね。
先生。政治家どももみっともない奴ばっかりだし…。ケータイに現(うつつ)を抜かしてアディクション(依存症)になってるのが、高校生で9.6%もいるっていうんでしょ。
奈保子。子どもも大人も、スマホやネットなしではいられない状態は、「カッケー!」とは何だか対極にあるようですね。
先生。「カッケー!」というは、目一杯、自己表現とか、自己体現とか、自己実現している姿に対してですよね。
奈保子。それも、何か夢や自己理想に向かっている姿なんですよね。
先生。そうそう。夢も理想もなく、ただケータイばかり弄って無為に生きている姿が「カッケー!」はずがない。
奈保子。アキに言わせれば「ダッセー!」になりますね(笑)。
先生。うん。「それって、すごぐ、ダッセーベ!」って言われちゃうね。
奈保子。種市先輩が、東京で南部潜りを断念して、都落ちしそうになったとき、アキに一喝されましたものね。
先生。そう。あんなに「カッケー!」かった先輩が、「それって、すごぐ、ダッセーベ!」に見えたんでしょうね。
奈保子。だから種市先輩も「カッケー!」道に戻ったんですね。


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会津路

2013-08-24 06:17:00 | 風景


夏休み中に
久しぶりに会津に
出かけたが、以前より
都会化したような印象を受けた。

若松駅も新しいものに
建て変わっていて
メインストリートには
ビル群が林立していた。

昔の鄙びた会津という
イメージではなくなった。

今回、道路の信号が
縦向きなのに初めて気づいた。

地元在住の知人に尋ねてみたら
降雪対策のための縦信号だという。

街がなんだか垢抜けて感じられたのは、
欧米風のこの縦信号の
景観によるものかもしれない。





磐梯河東から
高速に乗ろうと
49号線を走っていたら、
突如、巨大な観音像が現れた。

帰宅後、検索してみたら
会津村というテーマパーク内にあるようで、
57mの会津慈母大観音というらしい。

開眼は昭和62年というから
以前にも見ているはずであるが
忘れていた。

現在は、法國寺会津別院
という宗教法人化しているらしい。


*********


『あまちゃん』を語る

おバカ

奈保子。NHKの『あまちゃん』公式サイトのキャストの独り言ブログがけっこう面白いんです。能年さんは、「おバカなアキちゃん」という言い方をしていて、天然であるキャラを楽しく演じているようなんです。
先生。あ、そう。やっぱり、天然おバカキャラだったんだ。
奈保子。天然とおバカでは、微妙にニュアンスが違うようにも思うんですが、
どちらもトリックスター的な要素がありますね。
先生。そうだね。それと、日本人が好きな「直(すぐ)い人=変人」という要素もあると思いますよ。
奈保子。先生がよく喩えておられる「一休・良寛・賢治」の愚者論ですね。
先生。そうそう。一休は「風狂」、良寛は「大愚」、賢治は「でくのぼう」を理想として、そう生きたでしょ。
奈保子。いずれも、日本人が敬愛する聖人たちですよね。
先生。真っ直ぐで、ピュアでありながら、どこか見ようによっては変人ですよね。
奈保子。天才的…というのも感じられますが。
先生。天才だって変人が多いでしょ。
奈保子。そうですね。
先生。頭はいいけど、常識的、世間的には「おバカ」っぽく見えるかもしれない。
奈保子。でも、本人の生き方はブレていないんですね。
先生。そう。しかも、全人的な人生を全うしているでしょ。
奈保子。だからこそ、尊崇の対象になるんでしょうね。
先生。ただ、「一休・良寛・賢治」には、天皇の落胤、名主の総領息子、富豪の総領息子、という上流階級の出からスピンアウトしたというもう一つの共通点がありますけどね。
奈保子。そこは天野アキちゃんとは違いますね。
先生。強いて言えば、海女クラブ会長で、元祖地元アイドルだった夏バッパの孫娘で、影武者タレントだった春子の娘ということかな。
奈保子。それと、三聖人には、貴種流離譚的な要素もありませんか。
先生。なるほど。たしかに、本来は楽に暮らせる身分なのに、あえてそれを否定して、清貧の純なる世界に身を投じていますね。それは、アッシジのフランチェスコやゴータマ・シッタルダにも言えることですが。
奈保子。これは、こじつけに聞こえるかもしれませんが、アキも地元のアイドルとして、海女として、生きていけなくもなかったのに、あえて、傷心した都会に出てリベンジを図ろうとしますね。ある意味、それは、ジョゼフ・キャンベルが言うところのヒロインズ・ジャーニーではありませんか。
先生。たしかに、そのパターンですね。
奈保子。公式サイトの薬師丸ひろ子のブログには、「(能年さんは)フリーのお芝居のときは、(アドリブに)すぐに(アドリブが)返ってくる。しかも、それが天才的におもしろい」と評してました。それは、キャラクターのアキにも反映されているかもしれませんね。
先生。40回NGを出した「シッコしました」の時の「ボールドー!!」は、おバカそのものですものね。天然って言うか…(笑)。
奈保子。なんだか、大物の片鱗を見た、という感じもしました(笑)。


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研修会

2013-08-23 05:35:00 | 仕事


今日から2学期が始まる。

先日は、伊達の
「ふるさと会館」で
県北地区の教育相談研修会があった。

児童相談所の係長の講演で、
児童虐待の現状を
詳しく聞いた。

その後、分科会で
各校の現状が話されたが、
喫緊の問題として
先日報道された
高校生のネット依存症について
問題提起をした。


2階の上段の指定席だったが、
登りの階段で爪先を引っ掛けて
ドタ~ンと、物凄い音を立てて
前のめりに転んでしまい
周囲の耳目を集めてしまった。

痛いやら、恥ずかしいやら、
みんな心配そうに気遣ってくれたが、
心では半泣きになりながらも
「大丈夫っす」
と強がって笑って見せた。

夏休み中、
エアコンの効いた部屋で
朝寝、昼寝ばっかりしていたので
すっかり足腰が弱ってしまったようだ。

自分では上げてるつもりの足が
上がらずに爪先が引っかかったのだろう。

情けないったら
ありゃしない。

トホホ・・・。horori



*************


『あまちゃん』を語る


アイドル三世代

奈保子。ここにきて、夏さんと橋幸夫との意外なエピソードが登場しましたね。
先生。うん。「ユギオさん」が「ナッちゃん」を覚えていた、というのには感激しましたね。
奈保子。芸能人の鈴鹿ひろ美は忘れられていたのに…(笑)。
先生。そうそう。あれも、なんだか意味深ですよね。人の「メモリー(記憶)」というものは、その人がどの程度、「今ここ」の時空(カイロス/トポス)に全人的にコミットしたかによって、刻印される度合いが違うということなんだね。
奈保子。先生の心理学の講義で、物理的時間と心理的時間の違いの喩えで、退屈な会議の1時間と、恋人といる時の1時間では、同じ1時間でも「長さ」が違って感じられる、と習いましたが、それとも通じますね。
先生。そうだね。「生きる」ということは、如何に「今ここ」に全人的にコミットできるか、ということなんです。
奈保子。それは、心理臨床の場にも通じることですね。
先生。それが基本ですもの。日々(にちにち)が更(さら)でありながら、一回性の人生を全き態度で生きる、ということ。
奈保子。夏さんと橋さんが再会できた、というのは、アキと鈴鹿の介在があったとはいえ、なんだか必然的だったようにも思えました。
先生。ドラマの作為性を差し引いても、人生や心理臨床の場では、ああいう巡り会いは、時として起こることがありますね。神道では「神(かん)ながらであるなぁ」とか言ったりしますよ。
奈保子。「神様のお導き」というような意味でしょうか。
先生。そうです。魂理学的に言えば、魂の共鳴、共振、引き寄せあい、とでも言ったらいいでしょうかね。
奈保子。それは、真っ当に全人的に生きてきた人のみに起こるようにも思いますね。
先生。そう。共時的現象と同じく、奇跡的なことは、いつでも、どこでも起きているのだけど、それを見極められる眼、汲み取れる感性があるかどうかなんですよ。
奈保子。そのためには、「今ここ」で全人的に真っ当に生きる、ということが必要なんですね。
先生。そう。ぶっちゃけて言えば、どの瞬間も心から楽しむ、ということだね。
奈保子。十代の夏さんが、スターとデュエットした感激は、生涯忘れられないことですものね。
先生。そうですよ。そして、実は自らも知らずして地元のアイドル「ナッちゃん」になっていたんだものね。その娘がアイドルを目指したり、孫がアイドル活動中というのは、まさに世代間伝達ですなぁ。
奈保子。それも、三世代で進化していませんか。夏は地元を離れなかった。春子は東京で夢破れた。そして、アキはデヴューして人気を上げつつある。
先生。なるほど。そうだね。進化してるよね。
奈保子。でも、それぞれのパートナーというのは、いつも海にいる忠兵衛や頼りない正宗、それとオロオロしてる種市先輩…と、なんだか影が薄くありませんか(笑)。
先生。だから、「女は実存だけど、男は現象」と言うでしょう(笑)。
奈保子。ハハハ。なるほど。


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イルジメ

2013-08-22 05:19:00 | TV・ドラマ


贔屓のハン・ヒョジュが
出ているので、借りてはみたが、
あまりにもツマラナく、
お下劣なシーンが多いので
辟易している。

5本まとめ借りしたので
2本4話で嫌になって
残り3本は見ずに
返そうかとも思ったが、
レンタル賃が損するので
下らない漫画の実写版と思って
我慢して見ている。

(-"-;)


**********


『あまちゃん』を語る

破壊と再生

奈保子。アキのブレイクのきっかけになりそうな幼児番組が「見つけてこわそう」というタイトルで、壊したものを逆回転で再生させる、というものですが、あれはどういうアレゴリー(寓意)を含んでいるんでしょうか。
先生。番組のポリシーは物事の仕組み、構造を知る、ということなんでしょ。
奈保子。それと、時間の双方向性というのがありますね。
先生。ビデオやレコーダーがあれば、幼児でも簡単に出来る視覚操作だけど…。何となく、現実には「覆水盆に返らず」ということや、過去-現在-未来というカイロス(意味のある時間性)が人生にはある、ということの寓意を含有しているようにも読み取れますね。
奈保子。サカナくんの「ギョギョギョ」とアキの「じぇじぇじぇ」がぶつかり合って面白かったですね。
先生。あれは、クドカンさんの遊びなんだろうね。微笑ましい場面でした。
奈保子。破壊と再生というのは、イニシェーション(通過儀礼)の「死と再生」にも通ずるものがありますね。
先生。そうだね。何かを創造するには、何かを壊したり失ったりしないとね。
奈保子。日本語の「再生」というのは英語では「rebirth」が相応しいでしょうか。
先生。そうだね。「regeneration」や「reformation」だと「更生」という意味になるものね。
奈保子。時間の逆行というと、心理学的には「regression(退行)」がすぐ思い出されますが、それと『あまちゃん』関連で言いますと、「潮騒のメモリー」という「記憶」がキーワードになっていますね。
先生。そうですね。そういえば、ドラマの中では過去の回想シーンが多いよね。
奈保子。ドラマの常套手段なのでしょうが、殊に、『あまちゃん』で多用されているのは、やっぱり「メモリー」と「時間の遡行」というカイロス(意味のある時間性)と「三陸(地方)」と「東京(都市)」というトポス(意味のある空間性)を重層的に織り成そうという意図があるのかもしれませんね。
先生。そうそう。ミルフィーユ状にね。それは、未来的には、一つの模索すべき「第三の道」なのかもしれませんよ。
奈保子。なるほど。作者の意図はそこにあるのかも、ですね。
先生。クドカンさんは宮城県出身でしょ。
奈保子。3.11の被災地ですものね…。
先生。東日本の一部は破壊されたけど、果たして、rebirth、reformation、remakeできるのか…。地方と中央とが分断されていないのか。
奈保子。「時間の逆行」ということで言えば、亡くなられた方はもう戻らないわけですよね。さぞかし、縁者の方々は「時間の逆行」させたかったんじゃないでしょうか。
先生。実際に、3.11直後の避難所では、そういう言葉もずいぶんと聞かれましたよ。
奈保子。はい。私も直接伺ったことがあります。
先生。今現在も、まだまだ直接の被災者や「サバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)」を抱く人たちは大勢いますでしょ。その心が「再生」されていかないと救われないですものね。
奈保子。原発事故によって破壊された自然環境や人間生活の「再生」には、数十年単位の時間が必要ですものね。
先生。そう。人によっては半生近くの時間がかかるんですね。
奈保子。「見つけてこわそう」という劇中劇では、なんだか、一度壊れたものは元には戻らないものもある、ということを暗示しているようにも思われてきましたね。


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