『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

創作童話『もしもし ハイハイ』

2022-12-15 09:15:45 | 創作

  静かな日曜の午後でした。

  朝からチラチラと雪が降りだして、ひさしぶりに「ホワイト・クリスマス」になりそうな予感がしました。

  ター君のお父さんは、おコタにとっぷり足をいれながら、一人でボンヤリとお酒を飲んでいました。それは葡萄から造られた「ワイン」というお酒で、ツルのように足の長いコップのなかで金色にキラキラ輝いていました。  

 お父さんはワインをチビリチビリと飲みながら、どんどんと白くなってゆく外の景色をながめていました。
  空からヒラヒラ舞い降りてくるちぎれた綿のような雪を見つめていると、だんだんと自分の方が雲の上へと昇ってゆくような感じがしました。

  おコタの上に頬杖をつきながら、ボンヤリと部屋のなかを見まわしていると、お父さんはホコリをかぶったピアノの上に、ちいちゃな赤いプッシュフォンを見つけました。
  それはター君のものでした。

  受話器と数字がかかれたボタンのとこだけが白い、可愛いらしいプッシュフォンでした。
  ター君のプッシュフォンをおコタの上にのせると、お父さんはしばらくそれをながめていたました。
  ボタンが  1  から  0  まで十個ついていました。

  お父さんは  1  のボタンを指先でちょこんと押してみました。
  すると、「ポーン」というきれいな音が、部屋中に鳴り響きました。
    2  のボタンを押すと、今度は少し高い音が「パーン」と鳴りました。

  お父さんは、  3  も  4  も押してみました。そのたびに「パーン」「ポーン」と澄んだ音が鳴り響きます。
  そうして、はじめて、それらのボタンが「ドレミファソラシド」の順になっていることに気づきました。

  お父さんは出鱈目に三つのボタンを押してみると、「ポン、ピン、パン」と不思議な音が部屋中にこだましました。

  お父さんはワインをガブリと一口飲むと、足の長いコップをおコタの上にトンとおきました。金色したワインはゆらゆら揺れながら、チカチカと小さな十字架の形をたくさん光らせました。

  お父さんは受話器を左手でとると、それを耳にあてて、右手のひとさし指で、  1、3、5、8  という順でボタンを押しました。 ゆっくり押しました。
  すると、今度はきれいな音が鳴り響きました。それは「ド、ミ、ソ、ド」という音だったからです。

  でも、お父さんの耳には、受話器をあてても何も音が聞こえませんでした。本物だったら、「プー」とか「ツー」とか聞こえるはずなのに。
  お父さんは、しばらく受話器を耳にあてたまま、ボンヤリとおコタの上をながめて
いました。
  なつかしそうにター君の電話をながめていました。

  お父さんは唾をゴクンとのみこむと、ちょっとかすれた声で
「もしもし。ター君ですかァ」
  と明るくいってみました。

  それからしばらく、お父さんはまた黙ってしまいました。
  お父さんの目が少しだけ光りました。

  ワインを一口飲みました。

「ター君    。お父さんだよ    元気?」
  と明るい声でいうと、今度はお父さんの目から、大きな大きな泪の玉が三つぶ、おコタの上に、ポタン!  ポタン!  ポタン!    と落ちました。
  しばらく、時計の音だけが、コチッコチッ    と部屋中に静かに響いていました。

  その時です! 

  虫が鳴くようなかすかな音が、受話機の向こうから響いてくるではありませんか。
  それは糸電話の声みたいに小さく震えながら、虫の囁きと同じぐらいにかすかに
「もしもし    もしもし    」
  と聞こえてきます。

  それは、とってもなつかしい響きの声でした。

「    もしもし。もしもし    お父さん?  お父さんなの?    」

  お父さんはハッとして、体を起こすと、
「ター君かいッ?    」
  と驚いて、大きな声をだしました。

  すると、電話の向こうの男の子も、驚いた声でいいました。
「お父さん?  ほんとにお父さん?」

  時間が真っ白になって、止まってしまったようでした。

「うんうん!」
  お父さんは、何べんもうなずきました。

  男の子がいいました。
「うそォ!  なんか信じられないや!」

  たしかに、それは間違いなくター君の声でした。
  お父さんは自分の耳の穴を大きく開いて、ター君の声を一生懸命に聞こうとしました。

  ター君が電話の向こうにいるんです。

「お父さん    ぼく元気だよ。もう、どこも痛くなんかないし、手だって、足だってホラッ!  ちゃんと動かせるんだよ」

  お父さんはウンウンうなずきながら、はなをすすりました。
  泪があとから、あとから、ポトポト、ポトポトこぼれました。

「ター君    お父さんなァ・・・  」
  そういうと、お父さんはその後がいえません。

  ター君の声は、お父さんにやさしくいいました。
「お父さん。ぼく、さびしくなんかないよ。だって、おじいちゃんも、おばあちゃんも一緒だもん。タロタロもしっぽをふって、ここにいるんだよ」

  タロタロは、ター君と散歩をしていたときに、一緒に車に轢かれました。

  お父さんの耳には、たしかに「ウォン!  ウォン!  ウォン!」と元気にほえるタロタロの声が聞こえました。

「お父さん。元気でね・・・  。ぼく待ってるから。それまで、おじいちゃんたちと一緒だから安心だよ」

  お父さんはウンと、一つうなずきました。
  そしてまた、一つ泪をポタリと落としました。

「さよなら。お父さん ・・・  」
「・・・・・・    」

  お父さんは、もっともっとター君と話をしたいと思いました。
  ですが、それができないことだ、ということを感じました。

「ぼく待ってるよ」
  ター君はやさしく、お父さんにいいました。

「うん。さよなら。ター君・・・ 」
  お父さんは、やっとそういいました。

  そして心のなかで、もう一度
(さよなら・・・  )
  と、つぶやきながら、しずかに小さな受話器をおきました。

 

          

 

 

 

 

 


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