『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

母性性と父性性

2016-08-28 06:58:00 | TV・ドラマ
高畑淳子の息子が
強姦罪で逮捕され、
母親の謝罪会見が行なわれた。

ユーチューブで
その一部始終を見てみたが、
その姿は、出から登壇するまで
さながら筋書きのない
「針の莚(むしろ)」という
舞台のようでさえあり、
時として、大女優の顔となり、
はたまた、ひとりの母の顔となり、
迫真の身姿を見る思いがした。

ワイドショーの記者たちが
「飯のタネ」とばかりに
ここぞと下種な質問を浴びせかけ、
それに一々侘びながら真摯に返答する
母親・女優の姿は同情を誘い、
ネット評では概ね好感度が高く、
むしろ低俗な記者たちへの
批判の方が多かったくらいである。

高畑淳子は
かつて『金八先生』で
養護教諭役を好演して
好感を持っていた。

『リング』の続篇では、
貞子を集団で迫害し死に追い詰め、
やがて呪われて狂い死にするという
悪役も演じていた。

『さんま御殿』では
たびたび親子で共演し、
面白い息子で、ほのぼのとした
母子関係だなと思っていたが・・・。

彼の出演した
連ドラの『まれ』も
毎日視聴していた。



お姉ちゃんも
『さんま御殿』で見て
可愛い子だなと思っていた。

そしたら、
その愚息・愚弟が
ロケ先で酔った晩に
蛮行をはたらいて逮捕され、
一家を塗炭の苦しみに
突き落した。

それでも、
拘置所の家族接見では、
「死ぬしかない」
と言う愚息・愚弟に
「どんなことがあっても、
お母さんとお姉ちゃんは
あんたを見捨てない」
と言ったという。

これこそが
母性性である。

たとえ殺人を犯しても、
世界中が敵になっても、
決して見捨てず護って愛する、
というのが究極の母性性なのである。

カウンセリングの場でも、
母親が我が子の問題で
世間体を優先するかどうか、
時折、このような極限質問を
ぶつける時がある。

そして、これと同じ答えが
返ってきたケースでは、
不登校でもDVでも精神疾患でも
子どもたちの予後は
概ね良好なのである。

当然の帰結ではあるが・・・。

母親自身から身二つになって
生まれてきた子は
「ウチの子」という感覚で、
悪く作用すると
「ウチの子に限って…」
と現実認知が危うくなる場合もある。

「ウチの子」であるから
どんな状況になっても愛し抜く、
というのが母性であるのに対して、
父性性というのは、
「信義を遵守するものだけが
ウチの子」となる。

この典型例が、
メリメの短篇
『マテオ・ファルコーネ』に
出てくる。

何よりも信義を重んじる
父マテオの息子フォルチュナトは、
官憲に追われ一旦は匿った父の知人を
官憲から差し出された
報奨の銀時計に目がくらみ
その逃亡者を売ってしまう。

帰宅して、事の顛末を知った父親は
息子を裏山に連れ出すと
跪かせて祈らせ、 
命乞いをする息子を
射殺してしまう。

「ウチの子」だから
「どんなにダメでも見捨てずに愛す」
というのが母性性の究極の姿であり、
「ダメなものはダメ」
「信義を守るものだけが、
ウチの子と認められ愛されるに値する」
という、この苛烈さ、厳粛さこそが
究極の父性性なのである。

これは
「我が父(神)を信じ、
契約を守る者だけを神は祝福する」
という一神教の背景が
関与しているのだろう。

多神教的、アニミズム的な
日本にあっては、とかく、
父性性はグズグズになっているのが
今の一般家庭での現状であり、
これが、不登校やDVや少年凶悪犯罪の
温床になっているとも考えられる。

健全な母性性と父性性というのは
子どもの心理的発達にとっては
車の両輪なのである。

高畑家も二度の離婚歴のある
父性性不在の母子家庭であった。

恥ずべき行為と迷惑行為で、
自ら死ぬしかない…と、
思ったとしたら、
酒と性衝動の酩酊から醒めて
ウチなるマテオ・ファルコーネ
(健全な元型的父性性)が
自己を罰したいという思いに
かられたのであろう。

後悔を先に立たせて
 後から見れば
  杖をついたり
   転んだり     





いつも京都散策と
「ご飯食べ」に
付き合うてくれてる教え子から
「十月は何処いくのん?」
というメールが来たので、
今回は未訪の泉涌寺塔頭「雲龍院」と
六盛の「手桶弁当」コース
と連絡した。

女子テニス部顧問時代の教え子
オカリンとツーラには
いつも車を出してもらい、
もう何度、京都散策をしたことか。

どちらも既婚者で
四十路のオバハンになったが、
今も一緒に
遊びに付き合うてくれるのが
頼もしい。

まさしく・・・

ギャンブラーは一瞬の愉しみ
 農夫は一年の愉しみ
  教師は一生の愉しみ






今年の『復興支援リサイタル』で
わざわざドイツから来てくれて、
ヴォランティア出演してくれた
教え子のオハギが、
その節、会場におられた
さる方から招聘されて、
来年、音楽堂小ホールで
ソロ・リサイタルを
開催して頂く運びになったそうな。

なんとも
嬉しくも有り難い話である。

本当に
あの時のソロの
『冬ソナ』組曲は絶品で、
アンケートの誰もが、
もっと彼女の演奏を聴いてみたい、
という思いにかられていたようだった。

それぐらいに見事な演奏で
復興支援として
被災者の私たちの心を
癒したのであろう。

来年の第4回『復興支援リサイタル』では
彼女の『冬ソナ』組曲の
シングルCDをロビーで
販売しようと思っている。

その「推薦ライナーノート」も
決めてある。

***

「奇跡の名演! フォルテさえ優しい!」

 2011年の3.11の東日本大震災では、2万2千もの尊い命が失われた。
 フクシマにおいては、3.11は人類史上、未曾有の超巨大地震、超巨大津波、超規模原発事故のトリプル・パンチの複合災害であった。
 2016年の今日も尚、放射能汚染による低線量被曝を懸念して5万人もが県外に移住したままである。
 
 ピアニストの北垣はぎは、私の大阪での高校教員時代の教え子である。
 3.11以前に、ドイツからフクシマを訪れ、裏磐梯国立公園や温泉などを共に探訪して、福島の素晴らしさに感激していた彼女は、3.11に心を痛め、『復興支援コンサート』に是非ヴォランティア出演したいと買って出てくれた。
 
 ドイツから24時間かけ、実家の大阪経由で、母親と共にフクシマ入りした彼女は、体調が完全でなく、本番直前まで、懸念される状態であった。
 しかし、そこはさすがにプロの根性で、本番では背筋をピンと張って全プログラムを弾きこなした。
 リハーサルの時に、彼女の高校時代の恩師だったO先生が亡くなられたことを伝えると、大変に残念がっていたが、それが本CDの『冬ソナ組曲』の演奏中に甦り、ふと涙がこぼれそうになって堪えたという。
 遠路遥々ドイツからやってきて、体調が完全でなく、恩師の死を知り、原発事故で傷ついた美しいフクシマの地に立ち、彼女への感謝と尊敬の気持ちを抱いている聴衆・・・という幾つもの条件が重なって、この珠玉の奇跡のような名演が生まれた。
 それは、一人の恩師へのレクイエムでもあり、また、22.000人もの犠牲者の魂をすべからく癒すべく鎮魂の歌でもあった。
 多くの聴衆が涙したのもこの目で見た。
 
 なんと尊い仕事をしてくれたのだろう。
 ほんとうに素晴らしい教え子をもったものだ・・・と、私は胸が熱くなった。
 
 余談だが、ドイツに帰国後、彼女のもとにウクライナのキエフ交響楽団からの共演オファーが入ったという。
 やはり、神様はちゃんと見ておられて、彼女の「魂の仕事」に報うべくご褒美を下さったのだろう。
                     




コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 老々介護 | トップ | ミーハー心理 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

TV・ドラマ」カテゴリの最新記事