『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

育児相談

2024-03-30 09:00:09 | 形而上的事

 

きのうは午前中は
台風ばりの雨風だったが、
そんな中を
春休みの「ラーメン紀行」で
郊外の新店に行ってみた。

好物のワンタンメンがあったが、
麺が極細ですぐに伸びてしまい
スープは煮干し臭く雑味があって
感心したものではなかった。

今の処、
数あるラーメン店で
リピータブルな店は一軒だけである。



*

帰路、文房具店に
切れていた朱墨と
緑の顔彩を買いに寄ったが、
金の墨汁があったので
高価だったが買ってみた。

帰宅後、
さっそく書室で
試し書きをしてみたが、
目先が変わって面白かった。

春休みになって、
毎日のように
書の稽古と
茶室で琴の稽古に勤しんでいる。

きのうも
自宅カウンセリングの親子に
茶を振る舞い、
『さくら変奏曲』を
お聞かせした。

きょうも
別な親子がおいでになるので、
カミさんが土産で買ってきた
最高級(25g5千円)のお濃茶と
生麩饅頭をふるまい、
筝曲をお聞かせしようと思う(笑)。


*

午後からは雨があがり
陽が射したので、
気が向いて、
到着したばかりの
エアコン・ガスの充填作業をやった。

去年の夏に入れたばかりだが、
もう抜けたようで、
雨降りの車内の湿度計が
まったく除湿の効果を果たさず、
冷風も出なくなっていた。

時間にして
5分ほどの作業だが、
一缶1000円くらいなので、
スタンドでやってもらうより
遥かに安上がりである。

充填後のチェックでは、
吹き出し口から
凍えるほどの冷風が噴出したので
今回も上手く出来たようだ。

盛夏の8月まで
ちゃんともってくれればいいが・・・。

**

今朝方、カミさんは、
京都から帰ってきたばかりなのに、
二日ほど出勤したら、
きょうは上京して
ナッちゃん/アキちゃん夫婦と
ディズニーランドへ
観劇しに出かけた。

「帰りは、夜の10時過ぎになるね・・・」
と、言い残して、
さっさと出かけた(笑)。

「トーチャンは仕事なのに・・・」
と、イヤミを返したら、
「ハハハーっ!!」
と、高らかに笑っていた(笑)。

元々、旅行好きで
「出ずっぱり」の性格なので
「おうち大好き少年」の
トーチャンとは
共行動の機会が少ない(笑)。

お互いに稼いでいるから、
互いのやりたい事には干渉しない
というのが40年来つづいている(笑)。

ま、夫婦の形は
それぞれだから、
こんなんも「あり」なのだろう(笑)。

*

喜多方や白河といった
県内のラーメンの名所の店が
出張して出店する物産館に
しばしば赴いている。

駅前だけあって、
駐車場の近隣には
ホテルのビル群があり、
このアングルのみが
唯一、都会っぽい錯覚に陥る(笑)。

もっとも、東京や大阪のように
ビルが乱立する風景は
しょうじき、田舎者には
落ち着かず、こころが
ささくれ立つような気がする(笑)。

 



やっぱ、山や海といった
自然と触れ合ってる方が
性に合うんだねぇ・・・。

 



そう。
ビルの谷間に住んでたって、
「音楽」なんぞ
できやしない・・・。

京都では、
高層マンション群に
住んでたけど・・・
なんだか、
地に足が付かない感じだった(笑)。

***

***

今朝方、メールをチェックしてると、
大阪の教え子からの
「育児相談」が来ていたので、
ブログ執筆前に返事を済ませた。

一昨年、上洛の際、
もひとりの教え子と
一緒に京都散策したが、
かつては、ふたりでフクシマまで
泊りがけで遊びにもきた子たちである。

***

なんだか、
育児ノイローゼっぽいなぁ・・・。

子育てに悩むいうのは、
まだまだ、自分にも「伸びしろ」ある、
いうことやで。

ほんまの毒親は、悩む前に
我が子を殺してまうもん。

そういう親、仰山、
ニュースになってるやろ。

【育児は育自】やねんで。

【ママというのに、ままならぬ】
というのもあるわ(笑)。

子どもは「自然」だから、
車や電化製品みたいには
コントロールや操作はできひんのや。

「教育」には
他動詞として「教え、育てる」という面と
自動詞として「教わり、育つ」という
両面があんねん。

親にあまり力が入り過ぎると
子どもの「教わり、育つ」という
自然の力を邪魔する事になるから、
時には、種が芽を出すように、水をやり、
芽が出たらお天道様になって照らすような
つもりにならなあかんわな。

「愛」という字は
「受ける」と「心」で出来てるから
「心から受け入れる」ということやで。
シンドウても・・・。

たとえどんなに反抗しようが
言うことを聞かなかろうが、
いつかは本来の道に戻るであろうと、
望み、信じ、願う・・・という
強い思いを抱くことも大事やねん。

それが「祈る」という
人の最も崇高な姿であり、
偉大な力でもあんのや。

何々教でのうてもいいから、
神仏のような大いなるものに
祈ったり、任せたりするのも
「形而上的な子育て」として大切やで。

具体策としては、困った時には、また、
「黒字ノート」をきちんと実践して、
「目かけ・声かけ・心かけ」の「三かけ」を
きちんとして、
褒めること、共に喜ぶことをせなあかん。

自分のアダチルを矯正してくれるのは、
カウンセラーよりも「我が子」なんだ
と思ったほうがええで。

「へたれ」返上のチャンスやないかい(笑)。

それに、お姉ぇやオカリンや旦那、
ワイも含めて、仰山、相談できる人が
おってやろ。

それは、幸せで有難いことやで。

金光教では
「不平不満にお陰なし」
言うねんで。

まずは、娘が生まれてきてくれた事に
感謝して、日々、成長してくれてることに
感謝せなあかんわな。

 ちちははも
  子どもと共に生まれたり
   育たねばならぬ
    子もちちははも

・・・やで。


 


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