『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

ソウル・クォーシェント(SQ)

2024-02-05 10:26:36 | 魂理学

きのうは
ソーちゃんの棋王戦
第一局が行われた。

一日制の棋戦なので、
夕方には決着がついたが、
なんと・・・「先手」番なのに
『持将棋』により引き分けとなった。

これにより、
タイトル戦20連勝の記録は
ストップした形になった。

「後手番」の相手方も
作戦として選んだようだが、
勝負を回避したように
「見る将」の素人には映ったようで、
「卑怯・弱腰」などの誹謗中傷の
コメントも散見された。

たしかに、
途中から「持将棋」模様になると
どちらかの王様を
「詰ます」ゲームではなくなり、
ツマラナクなるのは事実であった。

それでも、
ルールはルールなので、
仕方がない。

ソーちゃんのタイトル戦では
「引き分け」は初めてである。

 



*

午前中には
NHK杯の録画により棋戦も
同じ相手で、棋王戦と同じく
『角換り』戦法だったが、
こちらはちゃんと決着がついて
勝利した。

Abema主催の東西戦や
地域戦なぞもやられているが、
昨年度から、「公式戦」以外は
興味がなく視なくなった。



***

社会問題を起こした
『ダイハツ』のムーヴに乗ってるが、
エンジンの構造的欠陥があるようで、
2ケ月に一度、粘性の高い特殊な
オイルを補填しないとならない。

いちいち、専属整備工場に
出向くのが面倒なので、
缶買いしてセルフ・メンテにして
久しい。

一昨年には
7000円くらいで買えた一缶が、
今は小売り希望価格が5万ほどに
爆上がりし、工場仕入れ価格でも
2.2万ほどになったという。

なので、
ヤフオクで旧製品の
在庫処分を10700円で落札した。



*

2023年の
小中高生の自殺が
2022年同様500人越えをしたという。

現在、中高生で
希死念慮を抱く子を
何人もカウンセリングしてるので、
その数は由々しき問題である。

コロナ禍に連動した
「ひとり親家庭」の「生活苦」や
スマホの個人化が進み、
対人関係が薄くなって孤独化した、
などの要因が考えられている。

北朝鮮から脱北して
日本に暮らす人たちの口からは
「こんなに豊かで安全な日本にいて
自殺するなんて、考えられない」
という言葉が吐かれてもいる。

作家の曽野綾子も
落語家の立川談志も
「日本に生まれただけで
どれだけ幸運で、幸せな事か・・・」
と、よく言っていた。

「セルフ・エスティメート」
(自己評価)
「セルフ・フィルフルメント」
(自己充足度)
「セルフ・リアライゼーション」
(自己実現)
などということが、
喧伝・誇張される現代にあって、
それに見合わない「自分」を
取るに足らない「存在」として
自死させてしまうとしたら、
新自由主義や合理的個人主義に
毒されているというよりない。

もとより、
ゲームやスマホに依存しつつ、
ネット内や友人間のみしか
情報源がないような
「思想」や「教養」が
育ちようがない貧困な状況下では、
不景気や災害・災禍により
「自己の定位」が揺らぐことは
否定できないかもしれない。



*

カウンセリングの基本に
「積極的傾聴」と「共感的受容」
という二本柱があるが、
それにより問題・苦難・症状を持つ子は
「専門家/支援者」の「寄り添い」に
安全感・安心感・大丈夫感を抱き、
心身の健全性を取り戻してゆく。

多くのケースでは、
非指示的に受け容れられる事で、
彼・彼女たちの抱く苦しみは
自ら吐き出す事により、
カタルシス(浄化)作用で
愁訴は“ある程度”は軽減する。

だが、それのみでは
埒のあかないケースも多々あり、
釈迦の対機説法ではないが、
そこに様々な臨床的技法が
用いられる。

ケースの軽重・IQ/EQ・
パーソナリティ構造・家族背景・
人間関係などを見て、
認知行動療法・指示的行動療法・
論理療法・箱庭療法・短期療法・
芸術療法・夢分析・・・などが
選択される。

最近では、それに加えて
病理・心理を理解し
「治る」「改善する」という事を
科学的に、合理的に理解を促す為に、
知的レベルの高い子たちには
『心理教育』を多用している。

さらに、
IQ/EQに次ぐ
第三の「指数」として
『SQ』(ソウル・クォーシェント/魂指数?)という
「スピリチュアル・マインド」と
「ソウル・レベル」の両方を見る
「視点」「観点」も複視眼的な
ケース理解やマルチ・アセスメントの
一次元として加えて観ている。

公にはできないが、
HF-ASD(高機能自閉系)の
ギフテッド群の一部には
その「特異性」「有能性」
「公共性」という素質が
有意に備わっているのが観られ、
それ故の「等価の苦しみ」も
背負っているのでは・・・と、
形而上的に解釈できるケースを
多く見てきており、今も観ている。

時として、
彼・彼女たちは、
人類の進化系の一群では・・・
とさえ、生物学的に
想えてしまう事もある。

サイコセラピストとしては、
その症状を安易に取ってやる事に
しばしば疑問を持つ事があり、
そのたびに、
精神科医でもあったユングの
「芸術家の治療はしてはいけない」
という言葉を思い出している。

なるほど・・・
偉大な楽聖に限って言えば、
病んでいたからこそ
偉大な芸術を為し得た・・・
とも言えるからである。

同じコンテクストで、
精神科医のエランベルジェは
『創造の病』
(クリエイティヴ・イルネス)
という概念を示していた。


*















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