『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

二学期

2018-08-27 05:45:00 | 風景
今日から二学期。

今朝は雨で
涼しい。

とはいえ、
寝室は27℃で
湿度70%なので
あまり快適とは言い難い。

昨晩も
熱帯夜だったのか、
寝苦しくて
眠りが浅かった。

夏休みは終わったが、
今週は第5週なので、
非常勤だから
明日から週末までは
まだ休みである。

週2日の
棚倉勤務が始まる
来週からが
本格的な始動である。

この夏休みは
ほんとに猛暑・酷暑にやられたが、
冷房と遮光カーテンで
暗い穴蔵生活をしながら
なんとか生き延びた。

還暦の夏。

朝寝・昼寝・夜寝と
よく寝た。

散歩と筋トレも
欠かさなかった。

マンガを沢山読んだ。

専門の勉強も
よくした。





土日と近所で
朝から花火がドンドンと
あがったので、
虚空蔵さまの夏祭りだと思い、
散歩コースの目的地にした。

途中にある春日神社は
長年近所に住んでいて
一度もお参りしたことがなかったので、
初めて、大鳥居をくぐって
石段を登った。

うまくいけば、
山の頂上で隣の虚空蔵さまに
連なっているかと期待したが、
残念ながら連絡路はなかった。

なので、
低い小山を昇り降りして、
また虚空蔵さま目指して
昇りなおした。

カンカン照りではなかったが、
湿度が80%近くあり、
30℃くらいの陽気だったので
丘登りといっても
かなりシンドイものだった。

それでも、
ブロガーには
「インスタ映え」ならぬ
「ブログ映え」しそうな
被写体がけっこうあり、
「取材! 冒険!」
と、己れに鞭打ってガンバッた。

これがホンマの「蛇口」があり、
「水神」さま「雷神」さまの石塔に
床しさが感じられた。




祭りの二日目だというのに、
以前は山門の外まで
延々と張り出していた
露店の姿がまったくなく、
「エーッ!?」
と怪訝に思い
いささか落胆もした。

ナツホが小学生の時分に
一緒に来て以来だったが、
その時も露店が減っていて
寂しく思ったが、
それでもまだいくらかあって
お祭りらしかった。

なのに、
山門に辿りつくまで
ガランとして店もなく
人もいない。

朝方あがった
威勢のいい花火は
なんだったの?!
と思ってしまった。

“元祖・お祭り大好き少年”なので
隆盛を誇っていた頃の
虚空蔵さまのお祭りに
何度も訪れた記憶から、
こうも寂れて様変わりしたことに
失望を禁じえなかった。

それでも、
宝暦二年建立という山門をくぐり、
百日紅越しに臨む本堂は、
プチ京都の風情があって
ちょっぴり慰められた。

まだ正午前というのに、
誰もが年老いた氏子たちが、
わらわらと祭事の片付けに
汗していた。

カメラを手にした
バックパッカーみたいな
散歩姿だったので、
「今年は露店は出なかったんですか?」
と訊ねてみたら、
Vサインを示して
「二軒だけね・・・」
と寂しげに苦笑いしながら
おせーてくれた。

ふたりの老氏子によって
ゴザの上に賽銭箱が
ひっくり返され、
奉納金がジャラジャラと
出てきた処に立ち合わせたが、
見れば両手にすくえるほどの
十円、五円玉ばかりだった。

なるほど・・・
ここまで寂れたかぁ・・・と、
感慨深いものが
ないでもなかった。

若者はいず、
参拝客は来ず・・・。
どこの宗門も
寂れるばかりである。

オウム事件来、
宗教へのアレルギーが増し、
既存宗教も社会問題や
個人の自己実現問題に処方箋もなく、
SNSに心奪われる若者は
神様・仏様より
スマホ様なのである。

かく言う自分も
訴求力・魅力のなくなった教会から
60年目にして脱会して、
独り信仰に切り替えた。

きのうは
散歩前に家のご神前で
ご祈念をし、
近所の氏神様、春日神社、
水神様、雷神様、虚空蔵様と
神様ショッピング・デーだった。

子どもの頃から
神信心が好きだったと言う
金光教の教祖は
『信心文さ』と
大人たちから囃されもし
崇められもしたという。

自分もそうだったので、
さしずめ、
『信心修さ』かと思って、
苦笑した。

息子たちも
小さい頃は、
家の前にあったお地蔵様に
手を合わせていたことがあったが、
はたして大人になった今、
そういう敬虔な心や
人間を越えるものに対する
畏怖する心があるのだろうか。

神は実在するものか、
人間の創出した
「至高なるもの」の
メタファーなのか、
というのも毎月の
宗教臨床研究会の
テーマでもある。





『瑠璃と料理の王様』に出てきた
李朝期の黄銅匙(サッカラ)というのが
魅力的だったので、
ヤフオクに出品されていたものを参考に
古楽器工房でコピーを作ってみた。

カレー用のスプーンを
ペンチではさんで
まずはバーナーで
真っ赤になるまで熱する。

それから、
金床にのせて金槌で
トンテン、カンテンと
叩くこと数十分。

これがけっこう
たいへんな作業であった。

室内には冷房をガンガン効かしていたが、
それでも汗がしたたり落ちた。

途中から、
ヘンデルの『調子のよい鍛冶屋』の
鼻歌を口ずさみながら、
なんとか真っ平らになった。

それを水を張ったバケツに
ジューっと入れて焼〆る。

それから取っ手の
膨らみを削り落とすのに
グラインダーとベルトサンダーで
ウイウイやること数十分。

その間は、
防塵マスクと
防塵ゴーグル姿である。

なんとか
ストレート・ライン出しができたので、
仕上げは古楽器製作と同じく
オイル研ぎの行程である。

耐水ペーパーに
オリーヴオイルをつけて
根気よく研ぎ出していく。

これまた、
冷房してても
汗が噴き出す。

最後は
金属用コンパウンドで磨きあげ、
洗剤で洗い落として
完成である。

サッカラの黄銅色こそないが、
形はデッドコピーできたので
1.5時間ほどで
ヤフオクの一本1.500円分の
仕事をした気分で
満足した。

明日は、さっそく、
この李朝風のサッカラに似合う
カレーを作って、
使い心地を試してみたい。

キムチがあったので、
ボンカレーに入れて
ラム肉を付け加えてみようと思う。










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