金光大阪の30周年記念誌が完成して
送られてきた。
元同僚の久本先生が
編集をしていたので、
原稿依頼があり、
長尾先生と二人の
思い出が載っている。
11年間奉職した学校なので
自分史の中の
大切な一時期である。
カウンセラーになってから
十数校に勤務したが、
校歌が歌える勤務校は
金光大阪高校だけである。
**************
道落もの随談
奈保子 京都ライフはいかがでしたか。
先生 そうですね、ハッキリ言って、マンション周辺の住環境はあまりよくありませんでした。
奈保子 そうなんですか。
先生 奈保子ちゃんは上京区でしょ。
奈保子 はい。下賀茂神社の近くです。
先生 私んところは、南区でね。久世橋通り沿いだったんですが、あの辺りは小さな工場地帯があってね、昼間は排煙が漂っていたんですよ。ところが、マンションの下見に行ったのは休みの日でしょ。だから、工場も休みで、ちっとも煙たくはなかったのね。
奈保子 そうだったんですか。市内でそんな箇所があるなんて知りませんでした。
先生 京都市は広いからね。
奈保子 でも、平日はお仕事に出ていらっしゃるから、あまり影響はなかったんじゃないですか。
先生 そうなんだけどね。いつも7時過ぎに帰ってたから、その頃には、煙たくもなかったしね。ただ、風邪で休んだりしたときに、平日、窓を開けてみたら煤煙の匂いがして驚きましたよ。
奈保子 今は、どうなんでしょうね。
先生 去年、平日に寄ってみたら、煙くなかったので、工場がなくなったのか、規制が厳しくなったのかもしれませんね。もう20年も経ってるからね。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます