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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

コクピット改造

2021-06-16 06:36:00 | 

郵便受けをのぞいたら、
自分宛のワクチン接種便が
届いており、
オッ!! と思った。




開封してみると、
基礎疾患の有病申告を
期日内にせよ・・・
というお達しだった。

ネット操作で
記入するようになっているが、
14項目のチェックリストをみたら
「慢性呼吸器疾患」
「慢性腎臓病」
「ステロイド剤使用」
「睡眠時無呼吸症候群」
「精神通院施設/自立支援
 重度・継続」
と裕に5つも該当していた。

こんだけありゃ、
接種優先されて
然るべきだろう(笑)。





夕餉の買い出しで
カナダポークを買ってきて
"ぼっちフレンチ"で
『ソテ・ド・ポール・ブールノワゼット』
をこしらえた。

ブール・ノワゼットとは
「ハシバミ・バター」
のことで、
「焦がしバター」ソース
のことである。

ケイジャン・スパイスで
エキゾチックな風味にした。









ヤフオクで落札した
『電車でGO!』の
ジャンク・コントローラーが
届いたので、
古楽器工房の電動ノコで
真っ二つにして、
断面を電動サンダーで均し
さっそく車に取り付けてみた。

左側には、
フラップ・レバーを
右側には、
ギア・レバーに
見立ててみた。

いずれも、
航空機のコクピットにある
補助翼装置と車輪格納装置である。

出勤時の退屈な車通勤を
少しでも和ますのに
"パイロットごっこ遊び"の
附属品である。







こんなのを
一生懸命自作して
せっせとクルマに取り付けてると
(アホな事してんなぁ・・・)
と世間体を気にする
もひとりの自分が
嘲笑している(笑)。

クルマ屋さんにも
苦笑されそうだが、
へっちゃらだい!
屁の河童だい!
というガキみたいな
自分もいる(笑)。


★゜'・:*:.。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。

()()
(・_・)  
~ ~      

★゜'・:*:.。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。



『養老大人 箴言論』より



 昨日の寝る前の「私」と起きた後の「私」は明らかに別人ですし、去年の「私」と今年の「私」も別人のはずです。
 しかし、朝起きるたびに、生まれ変わった、という実感は湧きません。
 これは脳の働きによるものです。



 生き物というのは、どんどん変化していくシステムだけれども、情報というのはその中で止まっているものを指している。
 万物は流転するが、「万物は流転する」という言葉は流転しない。
 それはイコール情報が流転しない、という事なのです。



 近代的個人というのは、己を情報だと規定すること。
 本当は常に変化=流転していて生病老死を抱えているのに、「私は私」と同一性を主張したとたんに自分自身が不変の情報と化してしまう。



 知るということは、自分がガラッと変わることです。
 したがって、世界がまったく変わってしまう。
 見え方が変わってしまう。
 それが昨日までと殆ど同じ世界でも。

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こっつぁがなし

2021-06-05 07:11:00 | 
きのうは
梅雨入りしたような
雨降りの一日だった。




関西では
例年よりも二十日も早く
梅雨入りしたそうなので、
東北もそろそろ
といった感じである。

庭のアジサイが
花芽を持ってきたので
そろそろだなぁ・・・
と思った。

Y中では、今、
狭いカウンセリング室でなく
隣の広い視聴覚室に
「三密」対策で移動して
勤務している。

室内は20℃なかったので、
やや肌寒く
エアコンを暖房設定の
23℃にした。






文章仕事をしようと
ノートパソコンを持参したが、
結局、その暇がなく
まんま持ち帰ってきた(笑)。

二週間ぶりの
出勤だったので、
連絡ボックスには
またぞろお菓子が
どっさり入ってた。

久しぶりに食べた
麦焦がしは
なんだか懐かしい味がした。









きのうの給食の主菜は
シシャモのフライだった。

AETのマーク先生が、
「シシャモだめなんで、
先生どーですか・・・」
とお皿をもってきたので、
「No thank you」
とお断りした。

「Do you hate fish ?」
と尋ねたら
「シシャモだけ・・・」
とのことだった(笑)。

「Why?!」
とまでは訊かなかったが、
なんか彼なりの物語が
あったのかもしれない。

きのうは、
初めて見る
不思議な小袋が付いてたが、
コンニャクを原料とした
ホタテ風味の珍味であった(笑)。

三年生の男子が、
カウンセリングの時に、
「ご飯に牛乳は
合いませんよね・・・」
と、しみじみ言ってたので
いたく同意した(笑)。

給食後の昼休みは、
いつものように
体育館ピアノで
久石 譲の『初恋』の練習をした。

リリカルなメロディーが、
フルオープンにした
グランドピアノから
館内に鳴り響き、
リヴィングのアップライトでは
出せない表現ができて
楽しかった。






出勤時に限り、
クルマに乗ったら
パイロットの
コールごっこ遊びをしている。

「リクエト・プッシュバック」
(庭でバックしての方向転換)

「クリアード・タクシング」
(国道に出るまでの側道を
シフト2でゆっくり運転)

「クリアード・テイクオフ」
(国道でのシフト3で速度アップ)

「フォーティ!」
(40㎞/hに達したらシフトD4にする)

「V1」
(離陸決心速度)

「VR」
(機種引き起こし速度)

「V2」
(安全離陸速度)

「ポジティブ」
(機体が10m浮揚したとする)

「ギャアップ!」
(車輪あげ)

車輪格納操作は
正面のコップホルダーを
カチャンと押し込むことで
それに見立てている(笑)。

次に、フラップ(補助翼)を
格納するのに
「Flap20 → Flap5 →
Flap1 → Flap Up」
とコールするのだが、
この時のレバーがないので、
ヤフオクで『電車でGO』の
コントローラーを入札した(笑)。

左側のレバー部分を切断して
車のフロントパネルに
ネジ止めしようかと
考えている(笑)。

大人の"ごっこ遊び"も
ここまでくると
【病膏肓に入る】
である(笑)。

ついでに、
YouTubeに「エンジン離陸音」
というのが沢山あるので、
それをCDに録音して
カーステで長そうかしらん・・・
とも考えている。





親しい人たちとの
食事会では
年に一回くらい
パイロットのコスプレで出かけ
悦に入っている(笑)。

こういうのを
フグスマ弁では
"こっつぁがなし"
と言う(笑)。

関西弁だと
"しょーもないことしぃ"

東京弁だと
"ばか丸だし"
かな(笑)。

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体も車もメンテ

2021-04-08 07:41:00 | 
月曜の事件を
まだ引きずっていて、
フラッシュバックのように
「やっちまった」瞬間の
後味の悪さと
面罵された時の情けなさを
日に何度も自動的に
想い返してしまう。

まさに、
プチASD(急性ストレス障害)
のような状態である。

なんだか、
クライエントの追体験を
実習させてもらってる感じで、
身に沁みて理解できそうだ(笑)。

かつて、
霜山 徳爾先生という
精神分析家の著書で、
「ロハ(タダ)の分析は
痛みを伴う」
というフレーズがあり、
なるほどな…と、
痛い思いをした時ごとに
その言葉を想い返していた。

まさに、
今回もそうである。

今回は、
最近、頓に増えてきた、
ど忘れ、うっかりミス、
のたぐいでもある
「現状認識」の
誤認でもあったので、
老化問題のひとつだなぁ…と、
いささか気が滅入ったのもある。

そしたら、
それに追い打ちをかけるように、
今度は目の調子が
おかしくなってきた。

読書中に焦点がぼやけて
怪訝に思っていたら、
新しい「飛蚊症」が
右眼視野の中央に出来ており、
トイレでうつむいたりすると
ピカリと光を感知するようになった。




4年前には
左眼が眼底出血して、
飛蚊症が悪化し、
その折にも
「光視症」があったので、
いよいよ右眼も
老化してきたんだなぁ…と、
老化と病弱化の現実と
否が応でも
向き合わされている。

なので、
明日は、4年ぶりに
眼科で眼底検査を受けてくる。

また、
あの瞳孔拡張剤を点眼され、
眼底鏡の前で
目を上下左右せねばである。

検査後も
瞳孔が開きっぱなしになり、
超まぶしくなるので
車での通院は禁じられていて、
仕方ないので
歩いて出向かなきゃである。

でも、
【ふたつ悪い事さてないものよ】
で、瞳孔が開いたままだと、
世界が輝くばかりに
マブシイばかりでなく、
隅々までハッキリと
ディテールが見えるのである。

それは、
スキーで時折経験する
快晴の雪山で
樹氷のディテールが
クッキリ見える現象と同じで、
戸外で光量が多いと
こうも世界は美しいんだ…と、
感動させられるひと時でもある。

・・・だからじゃないが、
死んで、瞳孔が開くと、
純粋魂の存在では、世界が
隅々まで輝かしく見えるのかな…と、
考えたこともあった。

それを「天国」とも
いうのかもしれない。

それであれば、
「覚醒剤」も意識が拡張され、
「超ハッピー気分」
「気分はパラダイス」
になるのも理解できる(笑)。

まさに、
超・覚醒状態になれば、
気分も爽快になるから、
やめられなくなるのだろう。

合法的な
瞳孔拡張剤なら、
しばし、眩しさを我慢しながら
世界の美しさを再発見してみよか、
とも思っている(笑)。

信号機の
碧はエメラルド、
黄色はトパーズ、
赤はルビー、
になる(笑)。





冬タイヤを
履き替えるついでに、
エンジンオイル交換をしてきた。

長年、家族ぐるみで
世話になってる
工場長が言うには、
ダイハツの『ムーヴ』は
オイル漏れが欠陥としてあるが
リコールの対象になるほどではない、
とのことで、二か月に一度
補充せばならず
不便と不経済性を感じている。

なので、
今回はじめて、
充填剤なるものを入れてみた。

オイルも
スタンドにはない特注の
いちばん「硬い」タイプだという。

これで、
様子を見て下さい、
とのことだったので、
二ケ月で空になるのが、
半年くらいに伸びてくれれば、
これ幸いなのだが…。

カラダのメンテも、
クルマのメンテも、
ココロのメンテも、
面倒くさがらずに
丁寧に続けていくことが
長持ちさせる秘訣なのだろう。

最近、宗教学の勉強で、
我われが自分の意志でなく
この世に誕生したのは、
神の意思であり、
ゆえに、このカラダも意識も
「所有物」ではなく、
神からの「貸与物」なのである、
というのを読んで
愕然とした。

そうなんだぁ…。

であればこそ、
大事に、大切に、
有り難く
使わせて頂かなければ
ならないはずである。

もっとも、
我われ自身は
神の分身であり、
この世界も我われが
創り上げたものである、
という解釈もあり、
この世は、宇宙も含め、
すべての事物は
神の「自作自演」なのである、
という考えもある。

我われが夜見る夢には
様々なものが登場する。

知人、ストレンジャー、
バケモノ、動物、神様、
車、石ころ、食べ物…
それらすべては
夢見の最中は
リアルに感じられている。

であればこそ、
覚醒後に言語化もでき、
描画化もできるのである。

しかし、
夢というものは
脳が創り上げた
電気生理的なヴィジョンであり、
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚
という五感だけでなく、
喜怒哀楽の情動も発動する。

"この世は神の見てる夢"
という喩えもある。

ならば、
我われ個人の自意識のようなものは
夢の登場人物にはないではないか、
というツッコミもできそうだが、
いやいや、夢の登場人物は
好き勝手に振る舞っている。

それは、あたかも、
動物と同様に、
自由意志があるが如く
自律性を持っている。

小説家がよく言うには、
書き始めてから
登場人物が勝手に
動き出すと、
その作品は成功する、
という。

それを作者が、
「右向け右!」
のように操り人形にすると
たいていは駄作になって
人の心をうたないのだ、
という。

これは、
自分で短編や長編を
書いてみると実感できる。

ある時点で、
作中人物たちが
勝手にものをいい出し、
背景がそれにあわせて
変化するのである。

書き手は、
そこに起こっている
「今、ここ」の出来事を
忠実に筆記しているにすぎない、
という状態になることがある。

・・・なんで、
こんなハナシに
なったんだっけ?(笑)

あ、タイヤ交換か…(笑)。

なんだか、
アタマがロンバケで
非日常的になってんなぁ…(笑)。

あ、そそ…
私という存在は
「神の貸与物」だった(笑)。

もちっと、
『コーラン』を読み込んで、
アラブ系の宗教観と
仏教・キリスト教・金光教
との比較論をしっかりやらんと、
ちゃんとした事は
言えませんのぉ…。

こういうのは、
ヒマ人で、
尚且つ、病気やら
事件事故に見舞われながらも
挫けずに、周囲に励まされ、
「世と人のお役に立ちたい」
と思えなきゃ
できない仕事でんなぁ…。

 (ーωー).oO ウーン





散歩に出たら、
空き地の野ッ原で、
毎年、雑草のあいだに
生えてくるアスパラを
4本も見つけて
収穫してきた(笑)。

近所のアスパラ畑から
種子が運ばれて、
空地いったいに
バラまかれたとみえ、
あちこちにクラスターがある。

それらが、
この時季になると
新鮮な芽を出すのを
毎年、散歩の楽しみとしている(笑)。

雑草の合間に生え出るのは
フレンチでは
『アスペルジュ・ソバージュ』
(天然アスパラガス)
という。

これは、
畑物よりも一段と
生命力があって、
味が濃い。

空き地のものも、
ポキリと心地よい音で
折れてくれて、
その断面からは
ポタポタと水が滴り落ちた。





散歩から戻ると、
すぐさま、採りたてのものを
30秒ほどレンチンして火を通し、
『グリル・ダニョー』
(仔羊のグリル)の
ガルニチュール(添え合わせ)とした。

ソースには
新鮮なイチゴをマッシュして、
ヴイヨンを加え
ブールモンテ(バターつなぎ)した。

メインの仔羊に負けない
力強いアスペルジュで、
むしろ、こちらこそが、
このひと皿のメインであっても
おかしくないようだった。





もうひと皿、
仔羊をメダイヨン(メダル状)に
カットして、
同じ組み合わせで
ドレッセを変えてみた。

火を通さない
フレーズ・フレ
(生イチゴ)の甘酸っぱさが
仔羊のセニャン
(ミディアム・レア)に
よく合っていた。

*

散歩も、
アスパラ採りも、
創作フレンチも、
傷心・病身を
慰めてくれる
レ・クリエーション
(再創造の過程)
なのかもしれない。
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アラーム発令 

2021-02-26 07:12:00 | 
きのうの朝、
出勤しようと、
車のドア前に立つも
いつものように
ガチャリとオートロックが
開錠される音がせずに
怪訝に思いながらも
しばらく立ち尽くしていた。

待てど暮らせど
ウンもスンもないので、
仕方なくリモコン側に仕込んである
リアル・キーを引き出して
開錠するや否や
警告音が鳴り響き
それこそ近所迷惑になりそうで
胆を冷やした。

この止め方を知らなかったので、
無駄にハンドルを
ガタガタさせただけだったが、
何の役にも立たなかった(笑)。

その間も、
クラクションと同じ騒音が
近所にまき散らされているので
気が気でない(💦)。

((;'∀')。アワワワ

初めての体験で、
すっかりパニクッてしまった…。

車内でガタガタやってたら
アラームは自ずと止んだものの、
今度はキーレスのスターターが
ウンともいわないから、
エンジンのかけようがない。

これも、対処の仕方がわからず、
どーすべー…と、
茫然としてたら、
突然、何事もなかったように
オール・システムがノーマルに戻り
無事、エンジンがかかった。

後で、冷静になってから
思い出したが、
ドアを開けた鍵で
キーレス・スターターの中に
リアル・キーを差し込めば
よかったのである。

きっと、それで、
アラームも解除できたのだろう。

それでも、なぜに、突然、
オートロック・システムが
異常を起こしたのかは
怪訝なままである。




考えられるのは、
スマートキー側の電池切れである。

今のムーヴに変わってから、
まだ一度も電池交換していなかったので、
ダイソーで買ってこなっきゃである。

ユーチューブを見たら
ちゃんとスマートキーの開け方が
アップされていて助かった。

ちなみに、
「防犯アラーム」のことは、
「イモビライザー」と言うらしい。

なんだか、イモッぽい
ネーミングだなぁ…(笑)。

出掛けのスッタモンダも、
何かしらの意味があるのだろう…と、
すぐに、分析屋の性 (さが)で
あれこれと、その「建設的意味」を
考えてみた。

愛車をいずれも
ネーミングしてきたが、
初代のコルサの「コルちゃん」
二代目のEKスポーツの
「イーケーちゃん」、
そして、今のムーヴが
「ムーちゃん」である。

「愛車」を人格を持つものとして、
乗る時には「よろしくね」
降りる時は「ありがとね」
と声かけをしている。

なので、
ムーちゃんが、
時間にして数分間の
出発を遅らせてくれたことで、
何らかの事故に遭遇する
「時」と「場」を
そのピンポイントから
回避させてくれたのかな、
と想像してみた。

そしたら、
家を出てすぐ、
初心者マークをつけた
白髪の爺様が
勢いよく目の前を
バックで突っ切って行き、
唖然とした(笑)。

これかぁ…と、
なんだか、心ン中で
腑に落ちたような気がした。

この危険を
アラームを鳴らして
警告してくれたのだろう。

ありがとね、
ムーちゃん。





T中の椅子には
オシリ痛用の
便座が置いてあり、
これとクッションとを
交互に用いては
痛みを緩和させている。

時折、生徒や保護者にも
暴露して
笑いのネタにしている。

( ´艸`)






カウンセリング室に
備え付けの加湿器を
無用の長物とばかり思ってたが、
なんと、きのうは
湿度20%しかなかったので、
あわてて稼働させてみた。

教室用の大型機なので
水量が5ℓも入り、
我が家の小型の
500㎖との10倍もの
タンクで驚きだった。

部屋の隅に
ほったらかしのまんまで
ホコリをかぶって
汚れていたので、
キレイに拭いてあげて
「お世話になります」
と働き初めてもらった(笑)。

 世話になる
  すべてに禮をいふこころ
   神をあらはし
    神になるこころ

        碧水歌







事務室にコピーをとりに行ったら、
普段から女性教員の悩みを
聴いておられて
時折カウンセリング室にも
来られる女性事務長が
「先生。
この本、面白かったですよ」
と言って
『ブタのいどころ』
というのを貸して下すった。

見たら、
四コマ漫画で、
ブタは「仏陀」で、
聴き手は「シッタカブタ」という(笑)。

『ネコネコ日本史』みたいな、
ブタによる仏教哲学の
入門編のようでもある(笑)。

毎日、通退勤の車内で
中村先生による
仏教学の講義を聴いてるので、
なんだか、それとも
つながるものでもあった。









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捕まった・・・

2021-01-15 07:39:00 | 
きのう
学校帰りに、
信号のない所で、
歩行者が横断歩道がある
側道に立ってたのに、
停止しなかった、っていうんで、
たまたま後続に居た
ミニパトに捕まってしまった。

( ;∀;) ヒェ~ン

罰金9000ウォンに(笑)、
ゴールド免許もパー❗

\(_ _) ガックシ




退勤時の五時過ぎで
ヘッドライトを点けるような
薄暗さで、前見て運転してるのに、
側道に立ってる人まで
いちいち視認なんて
してないよー・・・
と言いたかったが、
"犬のオマワリさん"に
従うしかなかった。

パンフもわたされ、
信号がない横断歩道に
歩行者が立ってたら、
車は一時停止義務がある、
という道交法を
きのう初めて知った。

免許更新の講習会でも
そんなこと
おせーてくれなかったもんねぇ。

それにしても、
九千万円は
高い授業料だった。

それに、
ゴールド免許でなくなると、
任意保険料の特割も
なくなるので、
実質、罰金の倍以上の
損失である。

ずいぶん、
痛い目にあった。

ほんでも、
ゆんべはカミさんにも
愚痴をこぼさず、
黙って夕飯食べたら
『刑事コロンボ』観て、
そのまま寝ちゃった(笑)。

***

青切符も罰金も
十年ぶりくらいかもしれない。

やっとゴールド免許になって
やれやれと思ってたら、
また青免許に逆戻りである。

早寝したせいで、
今朝は三時頃に目が覚め、
まだ寝静まる家々を横目に
ゴミ出しに行った。

先日視た
『半地下の家族』での
暴漢の包丁刺殺シーンを
ふいに思い出し、
こんな真夜中に
通り魔に襲われでもしたら、
サンダル履きでは逃げようもなく
ブスリとやられるなぁ・・・と、
想像してしまった(笑)。

子どもの頃から、
こんなふうな
妙な空想癖があったのである(笑)。

そこから、
長じて知ったトリビア知識が
また絡んでくるが、
「宝くじに当たるよりも
確率の低い、隕石が降って来て
頭を直撃して死んだとしても、
それもまた神の御意思である」
という
妙な格言を思い出した。

続いて、
宗教哲学者・高橋 正雄の
「在るもの みな美しく
 起こること みな良し」
という
【究極の悟り】が湧いて出た。

この「悟」については、
3.11で2万2千人もの犠牲者が出た時に、
さんざん悩んで、
どう受け止めるか、というので
数年の思考実験を経て
ようやく腑に落とせた
大変な「禅問答」であった。

それは、
「生と死」という
人間的な区別、判別を
超越せねば理解できない
形而上的な命題である。

今は、コロナ禍で
身も心も
縮こんでいる時代だが、
この「悟」や
自分が得心した「理解」は
この情勢にも適用でき得る筈なのだ。

なにせ
「起こる事 みな良し」
であり、
何もかも「自ずから然る」
神の御意思なのだから・・・。

それから、
本来的な意味での
「予定調和」というのが
厳然として在るのだから。

物事は、為るように為る、のである。

自分の63年の
生育歴において、
常に「ピンチはチャンス」であった。

「ふたつ悪い事さてないものよ」
でもあった。

病気やケガ、
敗戦や不合格、
困った事、問題が起こるたびに
何かを気づかされ、
その後の良き事につながった。

だから、
今回もそうなのだろう、
と何処かで楽観している。

知らなかった交通ルールで、
気付かなかった歩行者で、
停まらなかった事で、
罰せられ、
「歩行者ファースト」
と若い警官に教えられた。

これらの事にも
大いなる意味が
隠されているのであって、
その事に気付くのが、
深層心理学者としての
自己探求の課題でもあり、
信仰者としての
神の御意思に触れる
チャンスでもあるのだ。

日頃の
「リフレーミング」思考法であれば、
「大難を小難にお奉り替え頂いた」
と解し、
日暮れて薄暮となる頃は
「逢魔が時」とも「大禍時」
(おうまがとき)とも言う。

なので、
ひとつ「間」が悪かったら、
一秒、一ミリ、
「間」が違っていたら、
「間違い」が起こっていた
可能性がある。

人身事故を起こしていたのを
「違反切符」に
奉り替え頂いたと考えれば、
有り難い大み陰を頂いた、
と言えるのである。

「毎朝」の祈りは、
その日の魔を避ける、
とも言われている。

俗世間では、
それが「信仰」抜きになり、
「朝茶はその日の難のがれ」
という格言になつている。

朝茶の「こころのゆとり」が
一日に「間」の狂い、
「間のび」「間ぬけ」「間ちがい」を
避けるというのかもしれない。

それと、
カフェイン作用による
たしかな覚醒が起こるから、
という屁理屈もつけられる・・・(笑)。

じつは、
昨日に限って、出勤前、
朝の祈りのルーティンで
ひとつ欠いたことがあった。

それは、
神棚に上がっている
御神酒(おみきさん)を
いつもなら唇を湿し
左指でそれを拭って
指先でオシリ痛の処に
ペタペタして
「早く治りますように」
という儀式をやるのだったが、
昨日に限ってやらなかった。

それも、
トイレから出て
手を洗わなかったから
不浄の手で
御神酒を触りたくない
という潔癖な気持ちが
儀式を割愛させた。

時間にして、
わずか十数秒のことだが、
その「間」があれば、
あの時間、あの場所を
車は通過しなかった筈で、
捕まることもなかったのである。

これも、
「間違い」が生んだ
一連の事なのだろう。

でも、
人身事故を起こすような
大きな事故への
「間違い」でなかったのは
幸いであったと思っている。

***

自由連想法をやってみたら、
なんと・・・
中学時代のテニス部の顧問で
後に校長にまでなったⅯ先生が、
去年、人身事故で死亡させ
交通刑務所に収監され、
地方紙にも載った事を
思い出した。

そして、先日、
墓参りに出かけた
マサヒロはテニス部の
チームメイトだったが、
そのダブルスのペアで
これも親友のYから
いつだったか聞いた
エピソードも同時に思い出した。

「横断歩道を渡ってる
歩行者の前を左折して
つっきったのを
パトカーに見咎められて
『歩行者保護違反』で捕まった」
という話だったので、
それ以後は、自分も
そのような場面では
必ずや止まるように
心がけていた。。

なんだか、
みんな一本のラインで
つながっているような
気がする。

これから
Y中へ出勤するが、
朝一で銀行に寄って
9000万ドルを国庫に納めて、
空になった財布を補充すべく
同額を引き出さねばである(笑)。

(^♀^)ゞ







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