ひと頃、「偶然ではなく必然です」というセリフでスピリチュアル系番組がもてはやされました。
一体世の中にはどれだけ必然的なことがあって、どれくらい偶然の結果があるでしょう。
今日ご紹介するのはナシーム・ニコラス・タレブ著「まぐれ」(ダイヤモンド社 原題はFooled by Randomness~The Hidden Role of Chance in Life and in the Markets)です。
昨日は世界有数の成功者の代表選手ビル・ゲイツがハイスクールで行ったスピーチをご紹介しました。彼の人生訓はもっともらしいのですが、ではそれを実践したどれだけがゲイツと同じような成功者になれるでしょうか。ビル・ゲイツの成功は必然?それとも単なる偶然なの?
そんな疑問に対して「はい、偶然、まぐれです」と答えるのがこの本「まぐれ」なのです。
※ ※ ※ ※
著者のタレブ氏は、元トレーダーでとして20年をマーケットで過ごし現在はマサチューセッツ大学教授でもあります。彼はそのトレーダー人生の中で、マーケットの一瞬先を読み違えて会社に大損害を与え、消えて行く同僚トレーダーを何人も見てきました。
彼自身は数理統計学、不確実性科学を専門としているのですが、消えて行くトレーダーもいれば、確実に利益を出し続けれるトレーダーもいるのに気がついています。
確実に利益を出せるトレーダーは消えて行くトレーダーと何が違うのでしょうか。実はその答えも「まぐれ」の三文字でしかないのです。
なぜか?
世の中にトレーダーが数人しかいなくて、そのなかの一人が何年にも亘り常に勝ち続けているとしたらこれは何かの能力があるのかもしれません。しかし現実には、世界中に何万人ものトレーダーがいて、毎年その半分が消えていったとしても、何人かは消えずに残る人がいる。これは確率論的に言えること。
結果として消えずに残っている人に、「ねえ、どうやったらこの世界に残っていられるの?」と訊いて見ましょう。訊かれた彼は、「実は私は過去の経済トレンドを読み取って、どの指標がどう動くとマーケットの値が上がるのか、また下がるのかが分かるのさ。だからこれまで消えずにいられたんだ」と言うかも知れません。
しかしそれがこと自分のことだとしたら、とても偶然の結果だとは思えないし、思いたくない。答えは、明日の経済を読む推定計算式の善し悪しではなくて、リスクをリスクとは感じないという人間心理学の領域の問題なのです。
そして結果として今日も自分は生き残っているものの、十年経ったらだれもマーケットの世界にはいない、というわけ。過去を予測することが上手い連中が、自分は将来を予測するのも上手いのだと勘違いして自分の能力に自信をもっているだけなんですから。
こういう人たちは、9.11にツイン・タワーが崩壊することさえあの当時、予測出来たような気がするもののようです。
※ ※ ※ ※
タレブ氏が冒頭で述べているのは、「この本は、運でないもの(つまり能力)のように見え、運ではないものと受け止められているが、実際は運であるものに関する本である」ということ。
つまり一般的に、我々人間は【偶然が果たす役割を過小評価している】ということ。そして「勇気」とは、【自分の信じるところと心中出来る気高い能力のことではなくて、むしろ物事がどれぐらい偶然に左右されるかを過小評価すること】のようなのです。
※ ※ ※ ※
実は人間の頭は確率や不確実性を真に理解出来るようにはできていないのだとか。世の中の科学者と呼ばれる人たちですらそう。だから科学者でも自分の人生の生き方を往々にして間違える。自分は確率が分かっていないと言うことを認識すら出来てもいないのです。
ところがこういうことが分からない人ほど楽観的な説教をします。
「幸せになる20の方法」??ふーん、自分たちが生まれつき備わった性質などどうでもできるし、いい話をすればそれに感化されて生き方を変えるだろう。太りすぎを直すには「健康に気をつけなさい」と言ってやればよいのだ、という一派がそれ。
「まぐれ」の著者一派はその逆に、人間の考え方や行動には限界や欠陥があるから、それを前提とした行動を考えるべきだ、と考えています。著者自身も(まぐれにはだまされない)理性と、(まぐれに完全にだまされる)感情との激しい葛藤を経験したのだとか。
その結果得た人生訓は、理性で感情を抑え込むのは無理で、せいぜい感情をなだめすかすことしかできないという現実。仰々しく道徳的なお説教ではなく、ずるがしこいごまかしこそが必要なんだということ。
上手くいかない説教なんぞやめちまえ!ってこと。
【不思議な怪文書のお話】
ある月始めに「今月の市場は値上がりするでしょう」という匿名の手紙が届きます。「ふーん」とあなたは無視。実際に値上がりしたけれど、たんなる偶然よ。
翌月もまた手紙が来て「今月は値下がりするでしょう」。「ふーん」実際今月は値下がり、これも偶然…?
以下こんな事が続いてマーケットは全部予言通り。もうあなたは匿名の手紙が待ち遠しくなっています。そして8月の手紙には「この自分が特別に運用するファンドに投資してみませんか?」と勧誘が書かれていて、あなたは全財産を預けます。もう翌月が楽しみでなりません。
二ヶ月後、あなたの全財産はすっからかんで消えてしまう、要は単なる詐欺だったわけ。お隣さんの方にしがみついて泣いていると、お隣さんはこう言います。「そう言えばうちにもそんな手紙が来てたわね。でもうちに来た手紙は二度目には予想が外れて、もうそれ以降は来なかった」と。一体何が起きていたの?
答えはこう。詐欺師は電話帳から1万人を抜き出して、5千人に強気の手紙、5千人に弱気の手紙を出す。翌月、予想が当たった方の五千人のうち、2500人に強気の手紙、2500人に弱気の手紙を出す…。
そんなことを続けて、予想が当たり続けたグループが500人になったところで「どうです?投資してみませんか?」ともちかける。
500人のうち200人が犠牲者になったとしても、ちょっとした投資で詐欺師は多大のお金が手にはいるって分け。
自分だけに来た予言者からの手紙?ふふふ、単なるまぐれだったでしょう?
※ ※ ※ ※
単なる数理統計の堅い話ではなく、たくさんの物語の中で人間はいかに心理的にバイアスのかかっている存在か、そして実は多くの偶然の中に生きた今日があるのか、ということを繰り返し教えてくれる本でした。
古典から哲学、多くの過去の賢人の論を縦横に駆使する教養溢れる本を読むのは実に楽しいものです。
人生ある程度生きていると、良い本に巡り会うことがあります。もちろんそれも「まぐれ」なのですが。
一体世の中にはどれだけ必然的なことがあって、どれくらい偶然の結果があるでしょう。
今日ご紹介するのはナシーム・ニコラス・タレブ著「まぐれ」(ダイヤモンド社 原題はFooled by Randomness~The Hidden Role of Chance in Life and in the Markets)です。
昨日は世界有数の成功者の代表選手ビル・ゲイツがハイスクールで行ったスピーチをご紹介しました。彼の人生訓はもっともらしいのですが、ではそれを実践したどれだけがゲイツと同じような成功者になれるでしょうか。ビル・ゲイツの成功は必然?それとも単なる偶然なの?
そんな疑問に対して「はい、偶然、まぐれです」と答えるのがこの本「まぐれ」なのです。
※ ※ ※ ※
著者のタレブ氏は、元トレーダーでとして20年をマーケットで過ごし現在はマサチューセッツ大学教授でもあります。彼はそのトレーダー人生の中で、マーケットの一瞬先を読み違えて会社に大損害を与え、消えて行く同僚トレーダーを何人も見てきました。
彼自身は数理統計学、不確実性科学を専門としているのですが、消えて行くトレーダーもいれば、確実に利益を出し続けれるトレーダーもいるのに気がついています。
確実に利益を出せるトレーダーは消えて行くトレーダーと何が違うのでしょうか。実はその答えも「まぐれ」の三文字でしかないのです。
なぜか?
世の中にトレーダーが数人しかいなくて、そのなかの一人が何年にも亘り常に勝ち続けているとしたらこれは何かの能力があるのかもしれません。しかし現実には、世界中に何万人ものトレーダーがいて、毎年その半分が消えていったとしても、何人かは消えずに残る人がいる。これは確率論的に言えること。
結果として消えずに残っている人に、「ねえ、どうやったらこの世界に残っていられるの?」と訊いて見ましょう。訊かれた彼は、「実は私は過去の経済トレンドを読み取って、どの指標がどう動くとマーケットの値が上がるのか、また下がるのかが分かるのさ。だからこれまで消えずにいられたんだ」と言うかも知れません。
しかしそれがこと自分のことだとしたら、とても偶然の結果だとは思えないし、思いたくない。答えは、明日の経済を読む推定計算式の善し悪しではなくて、リスクをリスクとは感じないという人間心理学の領域の問題なのです。
そして結果として今日も自分は生き残っているものの、十年経ったらだれもマーケットの世界にはいない、というわけ。過去を予測することが上手い連中が、自分は将来を予測するのも上手いのだと勘違いして自分の能力に自信をもっているだけなんですから。
こういう人たちは、9.11にツイン・タワーが崩壊することさえあの当時、予測出来たような気がするもののようです。
※ ※ ※ ※
タレブ氏が冒頭で述べているのは、「この本は、運でないもの(つまり能力)のように見え、運ではないものと受け止められているが、実際は運であるものに関する本である」ということ。
つまり一般的に、我々人間は【偶然が果たす役割を過小評価している】ということ。そして「勇気」とは、【自分の信じるところと心中出来る気高い能力のことではなくて、むしろ物事がどれぐらい偶然に左右されるかを過小評価すること】のようなのです。
※ ※ ※ ※
実は人間の頭は確率や不確実性を真に理解出来るようにはできていないのだとか。世の中の科学者と呼ばれる人たちですらそう。だから科学者でも自分の人生の生き方を往々にして間違える。自分は確率が分かっていないと言うことを認識すら出来てもいないのです。
ところがこういうことが分からない人ほど楽観的な説教をします。
「幸せになる20の方法」??ふーん、自分たちが生まれつき備わった性質などどうでもできるし、いい話をすればそれに感化されて生き方を変えるだろう。太りすぎを直すには「健康に気をつけなさい」と言ってやればよいのだ、という一派がそれ。
「まぐれ」の著者一派はその逆に、人間の考え方や行動には限界や欠陥があるから、それを前提とした行動を考えるべきだ、と考えています。著者自身も(まぐれにはだまされない)理性と、(まぐれに完全にだまされる)感情との激しい葛藤を経験したのだとか。
その結果得た人生訓は、理性で感情を抑え込むのは無理で、せいぜい感情をなだめすかすことしかできないという現実。仰々しく道徳的なお説教ではなく、ずるがしこいごまかしこそが必要なんだということ。
上手くいかない説教なんぞやめちまえ!ってこと。
【不思議な怪文書のお話】
ある月始めに「今月の市場は値上がりするでしょう」という匿名の手紙が届きます。「ふーん」とあなたは無視。実際に値上がりしたけれど、たんなる偶然よ。
翌月もまた手紙が来て「今月は値下がりするでしょう」。「ふーん」実際今月は値下がり、これも偶然…?
以下こんな事が続いてマーケットは全部予言通り。もうあなたは匿名の手紙が待ち遠しくなっています。そして8月の手紙には「この自分が特別に運用するファンドに投資してみませんか?」と勧誘が書かれていて、あなたは全財産を預けます。もう翌月が楽しみでなりません。
二ヶ月後、あなたの全財産はすっからかんで消えてしまう、要は単なる詐欺だったわけ。お隣さんの方にしがみついて泣いていると、お隣さんはこう言います。「そう言えばうちにもそんな手紙が来てたわね。でもうちに来た手紙は二度目には予想が外れて、もうそれ以降は来なかった」と。一体何が起きていたの?
答えはこう。詐欺師は電話帳から1万人を抜き出して、5千人に強気の手紙、5千人に弱気の手紙を出す。翌月、予想が当たった方の五千人のうち、2500人に強気の手紙、2500人に弱気の手紙を出す…。
そんなことを続けて、予想が当たり続けたグループが500人になったところで「どうです?投資してみませんか?」ともちかける。
500人のうち200人が犠牲者になったとしても、ちょっとした投資で詐欺師は多大のお金が手にはいるって分け。
自分だけに来た予言者からの手紙?ふふふ、単なるまぐれだったでしょう?
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単なる数理統計の堅い話ではなく、たくさんの物語の中で人間はいかに心理的にバイアスのかかっている存在か、そして実は多くの偶然の中に生きた今日があるのか、ということを繰り返し教えてくれる本でした。
古典から哲学、多くの過去の賢人の論を縦横に駆使する教養溢れる本を読むのは実に楽しいものです。
人生ある程度生きていると、良い本に巡り会うことがあります。もちろんそれも「まぐれ」なのですが。
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