駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

アントンシク『リンドバーグ』(小学館ゲッサン少年サンデーコミックス全8巻)

2020年06月26日 | 乱読記/書名や・ら・わ行
 周囲を絶壁に囲まれた高地の国・エルドゥラ。空を飛ぼうとすることが禁じられた王国で、大空を翔る冒険を夢見る少年ニットが、不思議な生き物プラモとともに羽ばたいていくSFアドベンチャー。

 作者が何に萌えて何にときめき何にこだわってこの作品世界を構築したか、手に取るようにわかります。
 空を飛びたいという願い、恐竜やドラゴンへの憧れ、品種改良、複葉機、リンドバーグにライト兄弟、アメリア・エアハート、空中浮遊都市、動物と心を通わせること、空挺騎士団、女王の統べる王国、戦争のない新たな未来…
 しかしてこの画力とイマジネーションの豊かさをもってして、このストーリーテリングの残念さ…もったいなさすぎました。
 てかニットってのはどこから来た名前なんでしょうね? 不思議。もうちょっとだけ両の目を離して描くとより幼く可愛くなって愛嬌が出るのになー。むしろ何年か経たせてより少年らしくなったときの方が、ずっとヒーローっぽくて素敵でいいビジュアルでした。ああもったいない。
 彼が主人公なんだけれど、本当のドラマは彼の親世代にあります。そういう確執がキモになる構造の物語は、実はわりとあるので、それはそれでいい。でもディエゴを主人公にしちゃった方が話が早かったんじゃないの?とは思わなくはありませんでした。
 自由闊達、豪放磊落な軍人のディエゴと、研究熱心で優しくて紳士のアルベルトは親友同士、さらにそこにのちの女王アメリアが加わる仲良し三人組の青春。アメリアはディエゴと恋に落ち、密かに娘を産み、歳の離れた妹だということにする。一方でアルベルトの愛情と嫉妬を利用し、リンドバーグの研究を悪用し兵器とし、王国を強大化させる…捻れていく運命。
 ニットの父はいっそアルベルトということにしちゃった方がよかったろうなあ、と思いました。メリウスって別にキャラ立ってないし…てか彼とナンナに実は何がどうあったのか全然語られていないのって、なんなんでしょうかね。てかメリウスの妻、ニットの母ってどうしちゃったんでしょうかね。あとモーリンは、故郷で待っている幼なじみのガールフレンドとしてこの物語のヒロイン格であるべきなので、もっと立ててほしかったです。それでティルダと三角関係にするのが筋だったと思うんですよね。そしてルゥルゥはその前に現れる、憧れの年上の女性ポジションに置かれるべきだったんです。でも彼女はディエゴ/シャークを愛していて、三角関係を築くのはむしろキリオなんだけれど…彼がニットのライバルの位置に上手くハマらないのがまた弱い。ホントなんかいろいろとちぐはぐなのです。
 そもそもニットがエルドゥラを出ていくときに、空を飛びたいとか外の世界が知りたい、みたいななんか抽象的な目的ではなくて、もっと具体的に、たとえば父親を探し出して母の元に連れ帰りたい、みたいなものを据えた方がよかったんじゃないですかねえ。それで父親が記憶の問題はあったとはいえ(むしろエルドゥラにいたときが記憶を失っていた時代になるのかもしれませんが)アルベルトだったということになれば、これは『スターウォーズ』のルークとダースベイダーの構図になったわけですよね。ディエゴはオビ=ワンです。
 でも、このディエゴ/シャークがいい人なのか悪人なのかわからないまま、また彼のバックボーンが全然説明されないままに話がガンガン進み、かつこの人がやたら強烈というか押し出しのいいキャラなので、ニットの存在がかすんじゃってるし、巻き込まれ型にしてもあまりに理不尽で情けなくて不甲斐なくて、主人公に同調して読んでいる読者はイライラさせられすぎるんです。こんな中途半端じゃなくて、主人公の目的に合致しているから今は利用してやるされてやる、なのか、意に反してさらわれ拘束されている形ならもっとさっさと反抗して脱出するとかさせてくれないと、フラストレーションが溜まるばかりでスッキリしなくて、読んでいて楽しくないのです。レースとかしている場合じゃない。
 また、ディエゴではなくニットを主役にした方がいいのは、貴重な古代種のリンドバーグと心を通わせ、新たな世界への扉を開く資格があるとされているのが彼だからですが、だからディエゴが彼に戦わせない、銃を持たせない…というのは無理があるなーと思いました。銃を持たずとも相手を殺傷することはありえるし、戦争に参加しないからってそれが神に認められる平和で賢く優しい新人類の証だとするのは屁理屈に思えます。やはりニットは戦いの中で怒りや恐怖や狂気をコントロールすることを覚え、リンドバーグとともに進化し、それで真の「空の王者」になる…という流れを描くべきだったのではないでしょうか。それでこそ少年漫画の王道だったと思うんだけれど…
 こんなにパーツやピースが揃っていて、でも全部がちぐはぐで、終盤は尺がなかったのか話が巻き巻きでバタバタで、いかにももったいない作品でした。全部最初から組み直したら、もっといいお話になりそうなのになー。ああもったいない。
 ちなみに個人的な萌えは、もちろんマティアスにありました(笑)。
 
 
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清水玲子『月の子』

2020年06月25日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名さ行
 白泉社花とゆめコミックス全13巻。

 人間よりはるか昔に宇宙に出ていった「人魚」たちが、産卵のために地球に帰ってくる。だが人魚は存続の危機に立たされていた。わずか数百年のうちに激変した環境、そしてたったひとつの裏切りから始まった人間たちの容赦ない「魔女狩り」。鍵を握るベンジャミンの運命は…

 長らく愛蔵しているにもかかわらず、感想をまとめていないことに気づいたので、久々に再読してみました。
 着想はわかりやすく、アンデルセンなどで有名な人魚姫のモチーフと、鮭など産卵で河に帰ってくる魚がいること、そしてクマノミなどもともと両性であるとき群れの中で身体の大きな個体が雌に変化すると残りは雄となって種をつないでいく魚がいること…などから紡がれた、壮大でロマンチックな物語です。
 私もお姫さま童話の中では『人魚姫』が最も好きです。悲劇、アンハッピーエンドに終わるせつなさが大好き。人間の王子さまに恋をした人魚姫は、魔女に頼んで声と引き替えに足を手に入れ、海を出て王子に会いに行く。しかし王子は人間のお姫さまと結婚してしまい、恋に破れた人魚姫は海の泡と消えてしまう…
 人間と恋に落ちる禁忌を犯した人魚姫セイラが、人間たちによる人魚の迫害を引き起こして、人魚たちは激減し、さらに宇宙に泳ぎ出て産卵のために帰ってくるたびに地球の自然環境が悪化しているので、ますます絶滅の淵に追い込まれている。セイラの子供は今度こそ人魚と恋をして卵を産まなければならない。なのにまた人間と出会ってしまった…
 結局は、その恋の奇跡がこの地球の運命を変え、チェルノブイリの事故は起きず、核が廃絶され月で新エネルギーが発見され有人火星飛行に成功する1992年を迎えて、この物語は終わります。けれど当時も、今も、読者が生きている世界はそんな歴史を辿ってはいません。チェルノブイリは爆発し、戦争は起き、森は焼かれ、人々は嘆き苦しみながら黄昏のときを死に急いでいるかのようなのです。実はこの物語そのものが、ジミーの、あるいは地球の見た「ユメ」なのでしょう。なんて悲しい、せつない、しんどい作品を生み出すんだこの悪魔的才能の持ち主である漫画家は。実際にはこんな奇跡は起きなかった、真実の愛があれば起こしえたかもしれないのに。人類はなんと愚かで救いがたい生き物なのか…そんな現実を突きつけられ、絶望に打ちひしがれながらも、それでも愛さずにはいられない、これはものすごい作品なのだと私は思います。

 この作品は『人魚姫』と違って大団円のハッピーエンドとなります。さすが少女漫画、かくありたい。そしてハッピーエンド目指してお話が突き進む場合、途中の片想い構造はせつなければせつないほど良いのです。その意味でこの作品の構造は完璧です。ティルトはセツを幸せにしたいと願い、セツはショナを愛してしまい、ショナはベンジャミンを愛していて、ベンジャミンであるジミーはアートに恋をして、アートは元カノのホリーに未練タラタラなのですから。
 この食物連鎖(?)のゴールがこの中で唯一人間の女性であるホリーなのが、いいですよね(笑)。この作家の弱点として残念ながらほの見えるミソジニーがあると私は考えていて、この作家の作品に女性キャラクターが出るときはたいていカマトトちゃんか、こういう強くてずるいタイプのキャラになりがちなんだけれど(リタの造形にだって悪意がほの見えると言っていいと思う)、ホリーはいっそすがすがしくて素敵なキャラだよな、と思えて好きです。
 そして私はティルトがたまらなく好きです。こういう立ち位置の、そこそこ優秀なのに貧乏くじを引きがちなキャラクターを「だったら私が愛してあげる、だから大丈夫だよ」と愛でないではいられない性癖が私にはあるのでした(いったい何が大丈夫だというのだろうか)。逆に主人公だろうとジミーみたいなおバカでコドモなキャラは嫌いです。こういうのが純真とされている、というのはわかっているんだけれど、私には愚鈍に思えるので。そして私はセツも好きです。セツも弱さ、甘さ、ずるさはとても女っぽいと思う。そこが好き。セツが報われてよかったよ嬉しいよ…そしてショナの甘さやゆるさ、フラつき加減はとても男性っぽいと思う(笑)。誰にでも適当に優しくて、でも意外に押しに弱くて、結局は近くにいる相手に惹き寄せられてしまう感じとか、すごーくわかる。それからしたら好きな女にしか優しくないタイプのアートはずっと骨っぽいというかマッチョなんだけれど、これまたやっぱりいかにも男性っぽいと思います。どれもおもしろい、よくできたキャラクターと関係性ですよね。
 しかし魚の産卵って雌が放出した卵に雄が精子をぶっかけるんじゃなかったでしたっけ…そういう意味では別に交尾なんかしないしつがいも作らないんじゃないの? …というのは無粋なつっこみですねそうねそれは魚の話で彼らは人魚ですものね。まあでも愛もセックスも性別も、実はけっこうあいまいなものなのかもしれない、というような思想もまた、この物語からは見え隠れしているようにも思うから、それはそれでいいのかな…
 アートが「自分より/このかけがえのない青い星よりも」大事に想ったジミーは就学前の男児みたいな外見で、中身もまあ人魚なので厳密には人間と同じ基準では考えられないのでしょうがどっこいどっこいで、でもだからってああショタだねとかペドだねとかってことではなくて、ちゃんとした、しかも地球を救う、運命を変える、妖精を人間に変化させる奇跡を生んだ愛、だったのです。一方でショナとセツの恋もまた、見た目は完全にただのBLでしたが、次の世代を奇跡的に育んだ愛でした。この唯一無二の一対、というものに、多くの人は憧れるのではないでしょうか。同性愛差別とかではなくて、単に数の問題として、少女漫画読者の大半はシスへテロ女性だと思うので、あらまほしきイメージがこうした形に結実していくのだと思うのです。美しい、奇跡のような、夢のような物語だと思います。私は、好きです。

 余談ではありますが、三つ子が何故かいつも蝶ネクタイに白スーツを着ている、というところに私はものすごくセンスオブワンダーを感じます。すごくSFみがあると思う。ツボ。
 あと、私はUK音楽とかの流行りにはまったくもって疎いのですが、ネーミングなんかに見られるこの頃のバレエ・ネタがわりとわかるので、そのあたりも好きでツボです。同じように萩尾望都『マージナル』にもバレエ・ネタが使われていて、そういえばあれは四つ子でしたが成長したのは三人で、キラが先にグリンジャと対応したからアシジンとはアレで…と、星丸ごとを変える愛の奇跡を描いた、似たモチーフを巡る似た物語ではありました。でもあちらは一対ではなく三人の一組で終わったけれどな…

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清水玲子『竜の眠る星』

2020年06月23日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名さ行
 白泉社花とゆめコミックス全5巻。

 24世紀のニューヨーク。ロボットで探偵のジャックとエレナは、とある依頼のために竜のいる星「竜星王」に向かうことになる。だがこの星にはエレナの閉ざされた記憶の秘密があった…

 『秘密』の感想を書いたときに気づいたのですが、私は清水玲子のコミックスは『輝夜姫』以外はすべて持っているにもかかわらず(この作品も読みましたが、友達から借りたか、持っていたけれど完結したところで満足して手放したか、だったと思います)、まったく感想を書いていなかったのでした。コロナ禍の暇に飽かせてひととおり再読し、『ノアの宇宙船』『22XX』『パピヨン』『MAGIC』『月の子』『WILD CATS』そして『秘密』とこの作品だけ残して、あとは手放すことにしました。いずれもSFとして好みなのです。その他の短編集は、その気になればまた電子とかでも読めるでしょうしね。初期、まだ人気や作風が確立されるまでは、現代日本を舞台にしたラブコメなんかもわりと無理矢理描いていて、その迷走っぷりが今読むと痛々しいやら微笑ましいやらです。でもちゃんと栴檀は双葉よりかんばしく、今も素晴らしい活躍をしている漫画家さんなのでした。

 さて、私はジャックは好きですがエレナはわりと嫌いです。万能だからこそのワガママさ、みたいなのがイヤ(笑)。私は子供っぽいキャラクターがわりと嫌いな、実は子供っぽい人間なのです。
 というかそもそもこのロボットの設定はかなり無理があると私は考えていて、そこに目をつぶらないとこのシリーズは読めない、というのが実はなかなかネックなのです。それもあって、このふたりの関係性にうまく萌えることが私にはできないのでした。これがけっこう痛いとは思います…
 ロボットが感情を持つことはあってもいいし、いくらでも再生できて簡単に死ねないので先に先に死ぬ人間相手には恋愛できず、ついロボット同士でつるむというのもわかります。エレナはセクスレスだから乳房も男性器も女性器もないのでしょうが、ジャックは男性型だから精巣はなくてもペニスと睾丸があるんですかね、それでどういうセックスをしているんでしょうね、とか私はついお下劣なことを考えるわけですが、そういうのもあってとにかくなんかあんまり萌えないんで、そこはまあいいです。とにかく、ジャックはともかくとして、エレナは性能が良すぎて強力すぎて万能すぎて無敵すぎて、殺し屋として働かされていた過去もあったりなんかして、それでも今は誰のなんの管理下にもなく、自律して自由に生きている(稼働している?)というのが、どうしてもありえない気がしちゃうんですよね。お金はあるからいいということなのかもしれませんが、そもそもロボットが財産を持てるのか?てか人権ないよね?みたいなことがどうしても気になってしまうのです。でもこのシリーズは、そして特に今回のエピソードは、とにかくそういう世界観の中で、無敵で死ねなくて狂えないからつらいことを忘れてただジャックだけを愛することで生きることができているエレナ、と、そんなエレナを愛していて、でもエレナほど強力じゃないしなんでも覚えていてすべて背負い込んでいるジャック、を描くものなのですから、そこを飲んで読むしかないのでした。

 萩尾望都なんかもそうですが、女性漫画家とでSF志向がある人は動物の行動学とか生殖とか進化論とかに興味を持って本を読んだりして勉強して、そこからわりとそのままイマジネーションを広げて作品にすることが多いように見えます。この作品でも、人間が(そういえばこのシリーズには宇宙人は出てこなくて、ワープ航法を手に入れた地球人類があちこちに出向いているだけの宇宙なのでした)セレツネワに入植してたかだか三百年くらいでふたつの人種に枝分かれして進化し戦争していて、しかも一方は両生類よろしく水中でかなりの長時間動けるようになっている…という設定がまずあって、そんな簡単に変化するかいなと早くもつっこみたくなります。
 あとはカッコウの託卵よろしく自分の娘をルルブの女王の子供とすり替えさせるシュマリ王、という設定にも、こういう権力が世襲される世界で血筋が問題となるときにいつも、DNA鑑定とかができない時代に(セレツネワは入植後に銀河文明との交流をほぼ断っていて科学的、文化的に後退している設定)単に自分の愛人が産んだというだけでそれが自分の子供だと信じられる男って脳天気だなーとしか思えず、つっこみたくなるどころかあきれてお話につきあうのをやめたくなる気持ちになるのですが、一応飲み込んで読み進めるのでした。
 しかしモニークってのはなかなか不憫なヒロインですよね。このエピソードにおいては彼女が主人公格の存在だと思うんですけれど、エレナにフラれるのはもちろんのこと、実際には血などつながっていない愛する母親の立場を守るため、自害するというのはなかなか破格の不憫さだと思います。ルルブの風習で王族の子供は成人するまで王宮には入らず、民間の家庭で育てられるそうなので、カテアとモニークはいわゆる親子っぽい生活をまったくしておらず、しかも血の血ながりがないことが発覚して、なんで親子の情愛なんか湧くのかね、という気もするんですけれど、少なくともモニークの方は美しく凜々しいカテアをずっと敬愛していたのであり、それが死後ではあれど最後の最後にはある程度報われて終わるので、まあよかったと言えば言えるのかもしれません。
 この星に隕石が降りがちなのはもともとという設定で、入植した人類のせいではないけれど、いろいろあってその隕石の落下のために避難し遅れていた人類始めすべての動植物が一度死滅し、しかし地下の洞窟に生き延びていた動植物がいて、恐竜もまた絶滅を逃れ…というのが、この物語の結末です。地球と違ってこの星では、人類が滅びて恐竜が生存した。その生存には人類からの寄与がちょっとだけあった…というのがミソの、物語です。無意味なことなんてないよね、生き物はただ生きていくしかないんだよね…というような、お話です。言葉にしちゃうと、アレですが。
 でも、エレナのために泣きエレナを抱きしめるジャックが愛しいので、やはり嫌いになれない作品なのでした。





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『EXIT』の出口はどっちだ?

2020年06月21日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名は行
 何度か語っていますが、私は自分にまったく素養がないのでだからこそ音楽もの漫画(何故か映画や小説、演劇ではそこまで惹かれないモチーフなのです)が大好きで、クラシックのくらもちふさこ『いつもポケットにショパン』や二ノ宮知子『のだめカンタービレ』、アイドルというかロックシンガーがモチーフの作品ですが上条淳士『TO-Y』など、いくつかのコミックスを愛蔵しています。『おしゃべりなアマデウス』とか『花音』とかも好きでした。才能と愛憎の絡み合い、みたいな物語が大好物なのと、漫画が音楽を直接は聴かせられないのに表現できてしまうところ、に妙味を感じているんですね。
 バンドものとしてより私はラブストーリーとして評価しているのですが、矢沢あい『NANA』も好きで、続きを待っています。こちらはあと1巻か2巻で完結しそうなところで連載がストップしていますよね。ストーリーとしてはほぼ見えているようなところはありますが、それでもきちんと完結まで読ませてほしいなー。ご病気とも聞きましたが、その後いかがお過ごしなのかしらん…首を長くして待っています。
 そしてそれと同様に「ねえ、まだなの…?」と涙目になりながらずっとずっと続きを待っているのが、藤田貴美『EXIT』です。白泉社花とゆめコミックスのときから買っていて、掲載誌が変わって版元が変わって、新装版で出直したときにも買い直しました。ソニーマガジンズのきみとぼくコミックスで7巻まで、8巻以降は幻冬社バーズコミックスで出て、2011年4月刊行の12巻で止まっています。最後の方は雑誌掲載ではなく電子配信だったようで、08年7月の記載があります。ちなみに第1話の掲載は89年6月だったとのこと。うーん、歴史を感じるなあ…
 BOOWYがモデルだとも聞きますが、私はそれこそ素養がないのでそういうことは全然どうでもいいのです。ただ、キャラクター布陣がすごくよくできていて、話が着々と展開しているので、そしてこういう物語って描き始めたときには作家の中ではもうオチは決まっていてそこ目指して描かれていたんじゃないの?と思えるので、読者としてそのラストまできっちり読ませてほしい、というだけなのです。キャラ萌えはそんなにしていないので(強いて言えば凡ちゃんですが)、あくまで物語を追いたい、この先とオチを知りたい、という感じです。まだあと5、6巻分はあるのかなと思いつつ、終わりの始まりはもう仕込まれているように見えるだけに、なおさらです。

 主人公はボーカルの少年。クラスメイトとバンドを組んで、プロを目指してコンテストに出て、夢を追って事務所に所属して、バイトして、バックシンガー務めて、事務所の先輩バンドに仲良くしてもらって、ギタリストを身請けして、元カノが出戻ってきて、ベーシストと出会ってドラマーと出会って、事務所の社長に独立されるも居残ってアルバムデビューし、やる気のないマネージャーに放置されてツアーし、気に入ってくれる音楽ライターが現れ、契約期間切れを機に独立し、買ってくれるレコード会社の社員が現れ、かつてのクラスメイトに経理とローディを任せ、大手レコード会社のディレクターにコナかけられ、かつての事務所社長が独立した先と契約し、熱心なマネージャーに恵まれ有能なプロデューサーに恵まれてロンドンでレコーディングし、応援してくれる音楽評論家が現れ、追っかけを撒くようになり、テレビの音楽番組で司会者を泣かせ、渋谷公会堂を埋め、日本武道館が決まってチケットがハケた…ところまでで、お話は止まっています。
 このバンドの曲はすべて、ボーカルの卓哉が作詞、ギターの凡ちゃんが作曲しているもので、どのバンドもほぼそうだそうですがこのフロントふたりがバンドの要、とされています。が、卓哉がなんとはなしに作曲したものをあるとき凡ちゃんが聴いて、ある種のショックを受けるエピソードが、わりと早くに描かれています。一方で凡ちゃんには、シンガーソングライターとしてアイドル的な人気があったものの実は作曲家にゴーストライターがいたことが発覚してスキャンダルになった女性シンガーの復帰アルバムに、ギタリストとして参加の口がかかる。「かけ離れて」るから、今までと何も変わらないはず、だけれど、曲のアレンジでもライブの演出でもなんでもツーカーだったふたりの感覚が、少しずつズレていきます。さらに一方で、事務所の先輩格で人気絶頂の、業界トップのバンドのボーカルは喉を痛めていて、ステージが中断される…
 ね!? ドラマが十分に仕込まれているんですよ!
 凡ちゃんはこの女性シンガーとラブになるんだろうし、卓哉はひなちゃんとずっと同棲していてラブ的には波風ないんだけどバンドの人気がここまで来るとスキャンダルになる展開も控えているのかもしれないし、卓哉の歌に惹かれてドラムとローディの見習いをちょっとだけした少年ユズルがこの先どう絡んでくるのかも伏線あるし、先輩バンドはボーカルの才能と人気とカリスマでバンド内がむしろぐちゃぐちゃで(もちろん「一之瀬くん」がツボです。てかこの4人もいいキャラ、いい関係性なのでスピンオフが読みたい!)、薬で騙し騙し歌っているような状態では業界トップの座交代の日も近そうです。卓哉の「勝ちたい」という想いが実を結んでしまうかもしれない、でもそこがはたしてゴールなのか? 卓哉もまたその先で彼のようになってしまうというだけのことではないのか? そこでこの物語は何を描くのか? それを知りたいのです。
 バンドって、ちょっと考えればあたりまえのようですが長く続くものも解散しないものも稀だそうで、それはやはり音楽性の違い、ひいては人間性の違いが原因となるそうで、それは人間同士のやることなんだからこそなのかもしれません。この物語も、「天下取ったぜやっぱり俺たちサイコーだぜ、これからもさらに高み目指して一緒に突っ走ろうな!」完!!か、「喧嘩別れじゃないよ、みんな音楽を愛しているしそれぞれお互いの音楽をリスペクトもしているよ、でも違うんだ笑顔で別れよう元気でな」完…かの二択だろうとは思うのです。誰かが刺されて死んで引き裂かれて終わるような悲劇的結末はさすがにないと思っているのですが、どうだろう…鬱ターン、どん底展開はあるかもしれませんよね、それもまた少女漫画の醍醐味です。ともあれ作者の中には絶対に物語の筋道ができているはずだし、一時期荒れた絵も少し戻ったし、もはやレコードとかランキングとかライブ動員数とかの時代ではないのかもしれないけれどそれでも、全体としてまだまだアリだと思うので、続きを描いていただきたいのです! 読みたいのです!!

 数年前にはラノベか何かの挿絵の仕事をやっていたとも聞くので、完全に廃業してしまったわけではないのかもしれませんが、どうしているのでしょうねえ。もう復帰の芽はないんでしょうかねえ?
 漫画の絵(イラストとは違う)が描けることとネームが切れることって私はとても特殊な才能というかテクニックだと思っていて(まあなんでもそうなのかもしれませんが)、この先フルデジタルフルカラー縦スクロールのボーンデジタル漫画が主流になっていくのだとしても、誰にでもできるものではないし、この技を持っている限り仕事の需要は尽きないと思うんですよ。業界全体の原稿料レベルはデジタル隆盛でむしろ落ちていると聞くので、残念ながら食いっぱぐれがないとまでは言えないんだけれど、その気になればいくらでも商業的な発表の場はある、と思うんですね。大手版元のメジャー誌で連載しなくなっても、BLでもTLでも電子でもなんでも、引き続き描いている漫画家さんってたくさんいます。そこに貴賤はないし、そこも同じように玉石混淆で、ちゃんとしているものもおもしろいものもたくさんあります。だから他人と最低限のコミュニケーションが取れて、手が病的に遅くなければ(なんせ上がらないものは載らないので)、仕事は切れない、のではないかと思うんですよね。あとはもちろん作家本人の「描く情熱」みたいなものが枯渇していなければ、なんだけれど、これまたオタクって死ぬまでオタクで描くのやめるなんてできないんじゃないかと私は思っているんですよね…
 なので、なんで描かないのかなあ、続き…と謎ですし、勝手に心配しているのです。描けないのかなあ、自分のためだけにでも描けばいいのになあ。それともちょっとエゴサすれば「続き待ってます」なんてコメントはすぐ何百と拾えると思うんですけど、たとえばそういうのは励みにならないのかなあ。
 このコミックス、どうしようかなあ…続きが別の版元から別のレーベルで出たときに、また出し直してくれるなら、今は手放してもいいのだけれど、今どきそんな体力あるところって少ないですよね。今、版権どうなっているんでしょう、せめてちゃんと漫画のレーベルがあるところと仕事してくれてればなー…これ多分、電子化されていませんよね? となるとコミックスを手放すともう読めなくなるわけです。表4に毎巻いろんな形の「X」が入っているのも含めて、カバーイラストもカバーレイアウトのコンセプトも粋でお洒落で素敵なコミックスなんですよね。手放したくはない、でももう本棚に空きがない。コロナ禍でまた買い込んじゃったコミックスを収める場所がないのです…
 ほとんど暗記している感じはあり、もう未完で終了だというなら、ここまでということですべてなかったことにして、売って場所を空けたい気もしているのです。未練を残させないでほしい…
 と、本棚を前に悶々とする日々なのでした。ちなみに棚板がたわんできているので本棚も買い換えたい、とかさらに悶々としています…出口はどっちだ!?


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田辺イエロウ『BIRDMEN』

2020年06月17日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名た行
 小学館少年サンデーコミックス全16巻。

 変わらない日常に不満を漏らす日々を送る、中学生の烏丸英司。だが学校中で広まる「鳥男」の噂が、彼の変わらなかったはずの日常を大きく変えていくことに…!?

 『結界師』がツボらず、というか酷評に近い感想を書いたワタクシですが、これはハマった! とても良い作品だと思いました。
 今年の冬に完結したばかりの作品ですが、寡聞にして評判をあまり聞かなかった気が…? 週刊少年誌に月一回掲載、という連載だったようなので、雑誌での人気はあまりなかったのかもしれません。ただコミックスの部数自体はまあまあ出ているようなので、好きな人にはちゃんと読まれていたのかなー。もっと話題になり、評価されてもいい、良質のSFジュヴナイルというか青春群像劇というか、な作品だと思います。
 ちょうど真ん中くらいでお話のギアが一段上がってから、スケールアップした分、ストーリー展開もやや早巻きになってしまった印象があり、最終回ももうちょっと大団円感とかまとめ感とか余韻が欲しかったかなーというのもあって、世紀の大傑作!とまでは言いづらいのですが、意欲作だし、とても良くできているし、少年漫画ファンなら、またSFファンなら抑えておいていい一作なのではないでしょうか。
 そして私には、『結界師』からしたら化けたなあ、というのが何より大きな感動でした。試しに読み始めたときには、「ああ、こっちに進んじゃったか」って思ったんですよね。デジタルに移行したのか、端正な絵柄がむしろ無機質な方向に進化していて、ルサンチマンあふれる主人公像で、ああ病んだ方に転んじゃったか…と思っちゃったのですよ。それがどうしてどうして、読み進めていったらヒーローもので戦隊もので上位互換人類もので学園青春もので壮大なSFだったんですよ! そしてネームもストーリーテリングもとても上手い!! ワクワクしました、熱くなりました、たぎりましたよ!!!

 空を飛びたい、翼が欲しい、自由になりたい、ここではないどこかへ行きたい…というのは、思春期の少年少女に特に顕著かもしれませんが、むしろ全人類の普遍的な夢、欲望、逃避のひとつでしょう。それが、困った人を助けたい、誰かの役に立ちたい、褒められたい、ともに戦う仲間が欲しい…みたいなものと結びつくと、ガッチャマンみたいなヒーローもの、戦隊ものみたいなものに結晶していく。さらに運命を変えたい、力が欲しい、世界を救いたい…となっていくと、スーパーヒーローものというか、SFになっていく。
 私がまずおもしろいなと思ったのが、まあ私が戦隊ものといえばゴレンジャーという世代だからかもしれませんが、主人公の英ちゃんがブラックなことです。主人公なのにレッドじゃない。黒なんてそもそも基本五色にない色なんです。でもキャラというか立ち位置というかが、英ちゃんはブラックにぴったりなキャラなんですよね。で、レッドは鷹山くんが持っていってしまう。でも彼もまた別の意味で全然主人公っぽくない、レッドっぽくないキャラなんです。レッドはグループの中心で太陽タイプ、でも鷹山くんの在り方はそれとは全然違うものだからです。でもこのメンバーだとレッドと言いたくなる、それもすごくわかる。そして唯一の女子メンバーのつばめは、ピンクでなくブルーを取ります。英ちゃんがちょっとときめいたりするので、少年漫画的には主人公の恋の相手役としてのヒロインであるはずのつばめは、でも鷹山くんのことがちょっと気になるようになっていってしまう。その捻れ、かつブルー。まあピンクはレッドとカップルになるよりはメンバー内女子として独立していることが多いイメージですが(ガッチャマンではジュンはケンのガールフレンドだけれど)、それにしてもピンクでなくブルー。そこがまたいい。ブルーはレッドと人気を二分することもあり、クールな二枚目が担当することが多いイメージですけれどね。でも「海野」だからね(笑)。鴨ちゃんはイエローでもいい気もするけれどグリーンで、これはのちにアーサーが登場したときにカバーイラストが黄色になったのを見て膝を打ちました(そしてフィオナのピンクも。それ以降はわりと複雑な中間色になっていってしまうことも)。そして鷺沢くんがホワイト、これもなんかわかります。そして『結界師』のときに私が引っかかっていたこの手のキャラクターが、こういう形で描かれるようになったことに私はとても感動しました。あの人好きのしなささは本当につらかった…人間に対する見方、捉え方こそクリエイターとしての個性であり、そうそう変わらないものかと私は考えていたのだけれど、作家ってここまで確変できるものなんですねえ…!(「お前はメルつかねえだろが」名言! きゅん!!(笑))
 五人の翼あるヒーローが定型に収まらない、この新しい感じにまずワクワクしましたし、世界に対してグレていた英ちゃんがとまどいながらも徐々に強くなり優しくなり前向きになっていく姿に、読んでいてとても心打たれました。
 あと、ハカセがいるのがいい。この人間の大人、の重要性はのちにけっこう効いてきます。
 英ちゃんたちは、鳥男になった拒否反応として定期的に出現するブラックアウトと戦い、そのブラックアウトは彼らのストレスとかトラウマとかコンプレックスを反映した形を取るので、彼らはそれにだんだん容易に打ち勝てるようになることで成長し、心が強くなり広くなっていくのですが、それは人間から離れていくことでもある…とこの物語ではされているからです。
 この思想が、とにかくいい。私にはすごく響きました。この、種が違うから精神の在り方が違う、という点を描けていないダメSFって、けっこうあるからです。
 だからやはり鷹山くんの描かれ方がすごい。ドライな瞳といい、地に足ついていない感じといい、最初からもうこの世界に半分しか属していない空気感がすごい。漫画のキャラクターとして必要な愛嬌を犠牲にすらしているところがあるのがすごい。彼は英ちゃんたちに出会ったときに、もはや人間だった時間より鳥男になってからの時間の方が長くなっていたのですから、当然でもあるのでしょう。でも彼はずっとひとりだった。だから覚醒しなかったのでしょうし、だからさらに次の次元に行けたのだと思う。英ちゃんはたまたま、友達たちと一緒に鳥男になった。その中だからこそ、英ちゃんはリーダーになったようなところがあります。でもそれは従来の、典型的なりーダーとかボスとかではなく、あくまで「先導者(ベルウェザー)」なんですよね。そこがいい。思考に対しても感情に対しても意志に対しても言語化能力が高く、みんなの気持ちを言葉でまとめ、言葉で高め、強く賢く優しく誘い導く、存在。すごく今っぽいし、サンデーっぽい主人公像だと思います。ジャンプやマガジン作品の主人公セレクトと少し違うんですよね、そこが好きです。そしてたまたまだろうとなんだろうと、それが英ちゃんの運命だったのです。彼はなるべくしてなったのです。

 人類の生き物としての進化は停滞している、ないし行き詰まっていて、遺伝子操作なりなんなりで新人類を生み出そうとする科学実験が施される、とか、あるいは現行人類の中からたとえばエスパーみたいな、異能力、特殊能力を持った新人類が自然と生まれてくるようになる…というアイディアは、SFではごくメジャーなものです。最近自分が再読した中では『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のニュータイプなんかも、同じものです。あれは宇宙空間、無重力空間で暮らすようになった人類が変異する、覚醒する、というものでした。そしてこれもまた、「よりわかり合える存在」になる、というものでした。
 現行人類の脆弱さ、駄目さを、筋力・体力みたいな生物学的な弱さとか少子化みたいな種の保存性の弱さに見るのではなく、「理解し合わないこと、常に争い合うこと」に見る視点もまた、メジャーなものです。
 この作品の鳥男も、飛べることより何より、つながれる、わかり合える、共有できる、という能力があるとされているのが、大きいのです。彼らは言語を越えて、想いや考えが伝え合え、理解し合える。反目することも、奪い争うこともないのです。そういう新人類、上位互換人類なのでした。
 そういう意味では、よくある、目新しくはない作品だとも言えます。でも、この作品には斬新とまでは言えないまでも、きらりと輝くものがあるのでした。それは新人類になった主人公の感性です。
 前半の、「鳥部」に象徴されるいかにも学園青春ものめいたパートも私はとても好きなのですが、後半にいたるこのテーマはわりと早くから提示されていて、そして英ちゃんの主張は最初から最後までわりと変わりません。
「戦うべきは今の世界だ。/でも、今の世界を壊す必要はない。」「みんなまとめて連れてってやるよ、/新しい世界に。」
 鳥男とはまた違った生まれ方、生み出され方をさせられたクローンや強化人間たちは、またそれぞれ思うところがあるわけですが、結局はここに収斂されていく。最初は人間に戻ることも選択肢に入れていた、というかそれを第一の目的にほとんどしていた英ちゃんも、やがて人間でなくなってしまったことを受け入れ、改めて鳥男として生きることを選び取り、しかし人間を他者、異物として捨てることはしません。まして復讐のために滅ぼそうなどとはしない。
 それは結局、英ちゃんが最初から最後まで、あたりまえですが英ちゃんだったからなのではないでしょうか。彼はこんな事態になる前からずっと、クラスでいつもひとりでいる、窓の外ばかり眺めている無口な転校生だった鷹山くんのことを気にしていました。そしてその鷹山くんがついに宇宙レベルの、次の世界の、別の次元の、鳥男たちとは違う白い翼を持つ存在になってしまったあとも、「お前が友だちじゃなくなるのは…/嫌だ!!」と叫ぶのです。
 彼は決して、孤高の、孤独のヒーローではない。他者とつながりたがる、そうでないと生きていくのがしんどい、社会的生物で、だから人間のことも見捨てないし、鷹山くんともつながり続けようとする。そして鷹山くんもまた、だいぶ希薄で、わかりづらくなっているかもしれないけれど、応えようとしてくれ続け、ちゃんとネオ鳥部の記念撮影に現れて、物語は終わります。
 これは少年漫画誌に連載された少年漫画で、でも現在の少年漫画誌の購買層のほとんどはすでに少年ではなく、この物語で言えばセラフに進化できない、おいていかれる人類側にいます。それが寂しくないのは、英ちゃんが人間を敵対視したり見捨てたり滅ぼそうとしないからでもあるし、彼もまた鷹山くんから見捨てられはしないであろうことが窺えるからです。我々人類は同種ですら完全にはつながり合えない駄目な種族なのだから、種を越えてわかり合えるなんて口が裂けても言えない。でも英ちゃんとなら、彼がいるセラフとなら、友達にならなれる気がする。英ちゃんは友達だと思ってくれる。そして鷹山くんがさらに上位の何かになってしまったのだとしても、英ちゃんたちセラフを介して我々もまた彼と友達でいられると夢見られる、信じられる。これはそんな友情の物語だったのではないでしょうか。英ちゃんはそれを体現してくれる、見事な主人公だったのでした。
 英ちゃんの「俺は、/あいつほど自由に空を飛ぶことはないだろう。」という、ややせつない、ある種のあきらめや悲しさすら漂うモノローグは、我々人間読者のものとしても還ってくる。そしてそれに続く「それでもーー」も、また。とてもとても美しいラストシーンだと思いました。

 本当は終盤、人類の半分を死に至らしめるウィルスはその後どうなったのか、とか、描かれていない部分も多いです。大人の半分が死ぬなんて、現行の社会機構の運営に多大な支障が出るだろうし、何より親兄弟がボロボロ死んでは残された若者からセラフになる元気だって奪われそうです。「帰れる人は1回おうち帰りなさいって言われ」て帰宅したセラフたちの親兄弟が死んでいた描写はなかったので、ワクチンがなんとかなったということなのかもしれません。それでもセラフと各国政府と、というか人間たちとの交渉は面倒なものになるでしょうし、むしろ人間同士の争いが激化することもありえるでしょう。そのあたりは描く紙幅が足りなかった印象があり、本当ならもっときちんといろいろと描きたかっただろうようにも見える部分です。でも最重要ではない、としてカットされたのならそれはそれで正しい判断でしょう。社会的すぎる部分とかは、あまり突き詰めると青年誌めいてきちゃう部分かもしれませんでしたしね。作家には描く力量が十分ありそうでしたけれどね。
 もうひとつ、この作品が友情とは別に家族とか家庭とかを大事に描いている点も、私はとても好感を持ちました。少年漫画が、ぶっちゃけ男性が愚かにも疎かにしがちなものだと思うから。でも絶対に必要不可欠なものなのであり、それをもっと物語の中でも周知徹底させていかなければならないものだと私は考えています。
 ラストの里帰りのくだりにあるように、英ちゃんたちの望みはもしかしたら、運命を変える力が欲しいとかそういったことよりもむしろ、萩尾望都『訪問者』でいうところの「家の中に住む許される子供でありた」い、というものの方が強かったのかもしれません。それはもちろん彼らが子供だからかもしれないけれど、子供で若くて幼くてセラフに進化できる可能性があるということと、親に愛され慈しまれ安心安全に育ててもらう必要がある、それを望んでしまう求めてしまうということは、矛盾しないというか表裏一体のことなのです。
 それが報われて、よかった。もちろん親側にとっても大事なことだったと思います。そのあたりがきちんと描かれていて、とてもいいなと私は思いました。
 あとは、逆にもしかしたら、全体を通してもう少しだけ、英ちゃんと鷹山くんの関係と、なんならそこにつばめの恋を絡めて三角関係を描くようなテイストにすることもありえたのかもしれません。鷹山くんに惹かれていたつばめがやがて英ちゃんに恋するようになる展開の、そして見ようによっては鷹山くんを追い続ける英ちゃんの構図がBLめいて見えるような。よりウェットで深く、より好みになったかもしれません。
 でも、それこそ女性作家が匂わせであれやりがちに思えることをやらないのが、またこの作家らしいところなのかもしれません。描きたい眼目はそこにはなかったんでしょうしね。怖いことを言えばセラフはもうそんなふうには恋愛し生殖しない生物なのだ…ということもあるのかもしれませんが、これはあくまで友情と、成長と、未来を描いた少年漫画、なのでした。でも七翼が男女半々に両性具有者ひとりだったのには配慮を感じたし、こういう配慮は残念ながら女性作家ならではなのではのことなのではないかな、とも思いました。あとあやめちゃんが早々にセラフ化を決断するところとか、とてもヨイ!

 ああ、新しい、おもしろい作品に出会えて幸せでした。カバーイラストやレイアウトのコンセプト始め、目次や奥付、空きページの埋め方のアイディアもセンスも素敵で、持っているのが嬉しくなるコミックスなのも幸せです。愛蔵し、読み返し、人に勧めまくり貸しまくっていきたいと思います。私の背中に翼が生えることはもう決してないのだとしても、翼ある者を愛することが私はできるつもりでいるのですから。







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