駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『秘密』再読

2020年06月05日 | 日記
 完結時の感想はこちら。(ところで今さらながらに『月の子』の記事がないじゃんと気づいてしまいました…近く再読して何か書こう…)
 その後の続編『秘密season0』も買い続けているのですが、愛蔵しているわりにはあまり読み返したことがなく、「画力は素晴らしいし個々のエピソードもすごいんだけど、なんかメインの話が…?な印象だった気が…もう手放してもいいかも。最後にもう一度読むか」みたいな感じで読み始めたら、なんか後半、というか最終話を私は全然覚えていなくて、めっちゃ夢中になって読み耽ってしまいました。いったい私は何を読んでいたんだ…
 個々のエピソードが扱うネタが、当時も今読んでも、めっちゃリアルでアグレッシブで今日的で政治的で少女漫画らしからぬ国際的かつ社会的な視野を感じさせるもので、でもそれらを通して作者が声高に何かを主張しているということはなく、あくまで薪や青木の信念みたいにものを描き出すことに収斂されていき、ストーリー展開はいたって鮮やかです。以前の私はこれの何をどう読み逃していたのだ…
 そして最終話も、というかこの物語全体を貫いていた事件の真相も、決着の描かれ方が鮮やかすぎて感心します。たいてい、こういう犯罪の物語って、正義側の主人公たちの活躍によって犯行が阻止され、犯人とか動機とかが明かされ、スッキリして終わる…みたいなものを目指されることが多いと思うのですが、この作品はそうではありません。主人公たちとはほぼ関係ない、というか市井の人々の日々のつましい暮らしにはほぼ関係のないような、政治的、歴史的、国際的なパワーゲームにある種巻き込まれたようなもので、真犯人がわかろうが誰か要人がその責を負って処罰されようがなんかあんまりスッキリしない、というか別にそういう問題ではない、あるいはあまり関係ない、ということがわりと淡々と、しかしクールにはっきり描かれるのです。このドライさは、なかなかない。そして事件の決着で何かがスッキリすることよりも、事件に巻き込まれる過程で主に薪さんの心がどう動いたか、また薪さんと青木くんの関係性がどう変化したか、が描かれて、完結します。
 ドライと言えば、作者の流麗な画力はますます冴え、それとともにどうしても線にブレとか可愛げとか愛嬌といったものが失われていくので、たとえば青木くんの目があまりに小さく描かれすぎることなんかが私は不満で、それでなんか全体としての印象が良くない記憶が残っていたのだと思います。薪さんの美貌…というかなんというか…を際立たせるためにも、その他大勢、というか一般的な容貌の人々についてはフツーに描かなければならない…というのはわかるんだけれど、青木くんは仮にも主人公(とは言わないかな、正確には「視点人物」であって主人公は薪さんなのかな)なわけだからさ。というか別にふたりともを主人公格と認定したっていいんですけれど、あるいは個々のキャラクターよりはその「関係性」を描くことにこそ眼目がある作品なのかなと私は考えているので、でもとにかくそんなメインのキャラクターはホントはもっとパッとした描写をされていいはずなんですよ、漫画のコードにおいては。ましてや少女漫画ならなおさら。でもこの作家はそうしない。オトナになっちゃったのかもしれません。でももちろん愛嬌が全然ないわけではなくて、その数少ない、ごくごくレアな部分を読者はありがたく受け取り、噛みしめ、萌えときめき尊びながら読み進めることになります。でももうちょっとファンサービスしてもええやろ、と私はナンパなのでつい思うのでした。
 でも、総じてとてもよく計算され抑制され、狙いどおりに描かれた、とても完成度の高い作品だと思います。そしてやっぱり、ごく単純に、いいな、好きだな、と思いました。なので手放しません!(笑)

 扱っているMRIなどの特異さを別にすれば、これは「天才の孤独」を描いた、よくある物語なのかもしれません。孤高の天才と、凡庸だけど純真な相棒とのバディもの、もよくある。たとえば『BANANA FISH』も同じ構造の物語かもしれません(滝沢さんは私にはフォックス大佐にしか見えなかった…そしてこの作品ももう長く愛蔵しているのに記事を書いていないことが発覚した…)。もっと言えば、これが男女なら、学園一の人気者のクールなヒーローがドジだけど一途で一生懸命なヒロインを振り向いてくれて…みたいな、ベタベタな少女漫画設定なんですよね。つまり、ものすごく目新しいことを描いているわけではない。
 あるいは、猫タイプと犬タイプのキャラクターふたりの関係性を描くことに注力しているのだ、と言ってもいいのかもしれません。そしてこれも組み合わせとしてはそんなにレアなものではないと思います。単純でまっすぐで愛情と忠誠心に満ちあふれていて、体力限界までがんばっちゃうワンコは、同種の犬はもちろん猫にだってどんなにつれなくされても愛情を注ぎ尻尾を振りまくります。世界のすべてを肯定し、愛し、信じているから。一方でクールでドライで哲学者肌で厭世的で唯美主義的な孤高のニャンコは、世界のあらゆることが信じられず疎ましく、傷つけられまいと常に身を守っている。だからウザく絡んでくる犬なんざ相手にしたかないのだけれど、そうはいってもやっぱり絆され流され丸め込まれてしまうこともある…だって本当は猫だって世界を信じたいと思っているのだから…みんな神様の生き物なのだから…というような世界観、関係性の物語、ありますよね。アッシュも山猫(リンクス)でした。でもそれでいうと、過酷な境遇が天才をさらに加速させた不幸で孤高の天才…という点で薪さんやアッシュと同類の『PARM』のジェームスは、犬タイプなんだよな…それがあのキャラの特異な点のひとつでしょう。脱線すみません。
 作者はこの作品で、この薪さんというちょっと特異な天才キャラクターを通して、いたって普遍的な、人間の愛とか正義とか理想とか希望とかを、描きたかったのだと思います。そしてそれは別に青木くんが薪さんに与えたものではなくて、ちゃんと最初から薪さんの中にあるものなのでした。薪さんがどんなに天才で変人でやたら若く見える化け物みたいな男だろうとなんだろうと、要するにちゃんとただの人間なのだ、ということが、根底にある。この長大な物語は最終話まで読むと、そんな不思議と単純な真実が見えてきて、静かな感動があるのでした。そこに「秘密」はないのでした。

 ただ、ふたりは同性同士で、青木くんは良くも悪くも完全にヘテロなので(まあ本当のところは性指向なんてものはその場になってみたらなんとでも変容するし少なくとも許容し受容するものだとは思うのだけれど)恋愛にはならないけれど、そしてこの時代にまだ同性婚が認められていないわけはないと思うけれど(でもこの作品の未来の設定はMRI以外は不思議とあえてわざと現代とほぼ同じに描かれているようでもある)とりあえずふたりは結婚もせず、だからただの上司と部下で、職場を離れたら赤の他人かもしれないのだけれど、でもたとえば「家族」になれるんじゃない?「家族」ってこういうことじゃない?というようなことを提示して、物語は完結します。私は以前の記事では、そこに舞が利用されるような形に見えて、やっかみ半分で怒り狂ったわけですが…難儀なシスへテロですみません。
 ただ、前日譚で描かれますが薪さんは幸せな育ちをしておらず、天涯孤独の身で、それでも世の不当さを憎み、それを排除しようとし、人間は真実に耐えられると信じて仕事に邁進してきた強い人です。そんな苦しい生き方をしてきた薪さんが少しでも報われ、救われるのなら、少しでも幸せになれるのなら、これでよかったのではないかしらん…と思うのでした。たとえそこに恋があるとして、それが実らないものであったとしても…
 ただ、目隠しブレイ(オイ)場面があったとはいえ、薪さんはバイというよりはアセクシャルっぽいのかもしれません。まあ別に性愛はそんなに重要ではない、という考え方もありますが。となると、恋というよりはやはり愛、なのかな。
 誰かが誰かを愛し、その相手に愛される幸せ、というものは何物にも替え難く、世界を丸ごとひっくり返すパワーすら生む、ひとつの奇跡です。だからこそ、「愛しているが、そう言えない」という状況、葛藤にはものすごくドラマが、萌えが、エモさが湧きます。あるいは、「愛しているが、その愛に自分は値しない」という考え方、とかがもう、ね…
 タイトルの「秘密」は、捜査員たちがMRIで故人が見たものを見ることによって知ってしまう隠された真実のみならず、その人の内心、明かされてしまう想い、を差しています。薪さんは捜査の最前線にいながら、その尊厳を守ることにとても腐心しています。そんな彼が、この物語の最初と最後で、「自分の脳を見られること」に関して、それを拒否する理由が、180度変化する。その変化こそがドラマです。それが物語の真のキモです。
 そして、だからこそ、誰にでも秘密はある、と言える。たとえそれが真実の愛だとしても。これは、そんな物語だと私には思えたのでした。

 ところで私は小池さんがキャラとして好きです。あと宇野さん、メガネだから。あと今井さん、デキる男だから(笑)。

 しかし今この状況下で再読して感じたのですが、私ももちろん家族とか同僚とか友達とかの存在を心の支えにしていると思うんだけれど、メールとかLINEとかツイッター越しとかでのコミュニケーションで十分でオンライン飲み会とか別にそんなに頻繁にしたくない…って感じで、でも本当にオタクなので、こうして物語があってそれを受け取れて、そこで自分が感じたこと考えたことをこうして書けて発信できて、たとえ明確な反応がなくても読み手がいると信じられるだけで十分救われ幸せでいられている気がするので、私は家族など要らない心の冷たい人間なのかもしれない…とかはちょっと考えたり、しました。真人間でなくてすみません…





コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする