赤坂ACTシアター、2017年10月20日13時。
花咲き乱れる6月、ロンドンは最も美しい季節を迎えていた。閑静な高級住宅地ハムステッド・ヒースの一角にある「Hanna’s Florist」はデンマーク人のフラワーアーティスト、クリス・ヨハンソン(明日海りお)が営む花屋で、そこで働く従業員たちには活気があふれていた。ある時、クリスが栄誉あるヴィクトリアンフラワーショーに入賞し…
作・演出/植田景子、作曲・編曲/斎藤恒芳、瓜生明希葉、協力/認定NPO法人難民を助ける会、葉祥明美術館。全2幕。
演目、というかタイトルが発表になったときの周囲のさざめき具合が印象的でした。絵本のような、童話のような、牧歌的なタイトルそのままの、ハートフルなちょっといい話…みたいなものを展開するつもりなんだろうか、たとえば私は生では観てないけれど映像で見てまあまあいいかなと思った『プチ・ジャルダン』みたいな群像人情劇に仕上がるならまあいいかもな…みたいに考えて、評価を保留していました。
配役発表があって、キャラクターの国籍・人種設定にきな臭いものを感じ、現代劇でもあるようだし、今なお解決に至っていないデリケートな問題である民族紛争とかを付け焼刃の勉強で得た生半可な知識でこれ見よがしに展開するつもりじゃないでしょうね、国籍とか国境とか国家とか人種とか民族とか母語とかに関しては日本は特殊な環境にあるんだから、そんなところから見ただけの浅薄な知識だけでよそのことに口出しするのは絶対にやめた方がいいよ、と激しく心配になりました。
初日が開いて、やはりそういう方面で違和感を感じる感想や、逆に人生や仕事などについて考えさせられたいい作品だった、感動したといった感想も聞こえてきて、さてでは自分はどう感じるかな…と、あくまでフラットに観ようと、楽しみに出かけました。
が、意外なことに…怒るのでもなく、また感動するのでもなく、単純につまらなくて退屈してしまいました、私は。その稚拙さに怒り震えた『邪馬台国の風』よりも、壊れた宗教のようで怖さに震えた『CAPTAIN NEMO』よりも、ある意味でつらかったです。まさか自分が景子作品で退屈するとは思っていなかったんですけれどね…しかしこの三連コンボはつらかったなー。なのに同時期に『All for One』が生まれ『神々の土地』が生まれ、『琥珀色の雨にぬれて』が再演されるんだからホント宝塚歌劇の振り幅って広いですね…
それにしても私は何にそんなに退屈したんでしょうね? 景子作品らしくセットというか装置は綺麗で、新しい作曲家さんの音楽は新鮮で、生徒もタレント揃いで、でもなんか話が全然始まらない印象だったのが大きいかな。というかみりおクリスの、設定はわかったけれどキャラクターが私には上手くつかまえられませんでした。
二幕の送別会で、従業員たちからけっこう雑に扱われている様子はとてもチャーミングだなと思ったんですよね。みりおが演じるキャラクターの在り方として新鮮な気がしたし、でもみりおの素に近い感じもあってすごくよかったです。あれをもっとアタマにおいてくれればもっとわかりやすかったのに、と思います。
というかもっと全体にベタに作ってほしかったです。コツコツがんばってきたら認められて、大きなチャンスもやって来て、でも本当にこれでいいのかな…とちょっと立ち止まり中の青年。モテるんだけどフラれがちで、それは捨て猫をやたらと拾ってきちゃったりメールがやたら頻繁でウザかったりといった、ちょっと残念なところもある男だからで、そんな主人公がある日、事情を抱えた女性と出会って…っていう、ベタな流れでいいと思うんですよ。ふたりが惹かれ合ったり反発し合ったりする中で、主人公が抱えていた父親への屈託が解消されて本当にやりたかった新事業の姿が見えてきたり、ヒロインの方も弟を死なせてしまった罪悪感から逃れられて、幸せになることへの怯えを捨てられる…みたいな話をきっちり見せてくれれば十分だったのではないでしょうか。で、実は彼女も猫を拾っちゃうタイプだしメールがウザいタイプだったんですよお似合いだねちゃんちゃん、というお話でよかったと思うのです。
だからミア(仙名彩世)の出身国も別に架空の国でかまわなかったと思いますし、舞台がロンドンなのはともかくクリスの母国がデンマークであることも別にどうでもよかったかもね…
この作品で扱われている人種問題に関しては、私は予想していたほどざらりとすることはなくて、せいぜいが、クロアチア人であるミアをいじめるのがセルビア人、みたいな展開が乱暴だなと鼻白んだくらいでした。そういういじめというか衝突があったのだとしてもその理由が人種や民族のせいだとは限らないし、経緯や真相は全然説明されないし、百歩譲ってそうだったのだとしてもだとしたら職場のそんな揉め事を正すのは経営者の役目のはずで、エマ(花野じゅりあ)はそれもせずただ愚痴ってるだけみたいなのってどーなの?と引っかかったくらいでした。
ライアン(綺城ひか理)が野心的なのはアイルランド人だからではなくて彼個人がそういう性格だからだろうし、ヤニス(飛龍つかさ)が色男なのも彼がギリシャ人だからでなくてもいいでしょう。アナベル(音くり寿)が生真面目なのも同様です。ここに人種や国籍を持ち込む意味がわかりません。でもまあ流せました。
でも、チェンリン(美花梨乃)だけがワーキングビザがどうのこうので帰る帰るって話が何度も出てくるのはなんなの? 台湾籍で中国籍でないことについてはスルーなの? 彼女自身は今ロンドンにいたくているの? そうじゃないの? トーマス(優波慧)とどんな恋愛をしていることになっているの? 今どきそれこそネットでつながる手段はいろいろあるはずだけれど、そのあたりもスルーなの? グローバル時代の新しい恋愛・つきあい方の形を描くとかでないなら何故こんなエピソードがあるの?
あと、そういった問題とはまた種類が違うけれど、クリスがアナベルに「踊ってみせてよ」みたいなことを言うのってものすごく乱暴だし無神経じゃないですかね? 仮にもプロを目指していたダンサーが、怪我で断念して、今はレッスンもしていなくて、当然今だってウォーミングアップも何もしていなくて、それでたとえたかだか1分だろうとソロの踊りができるわけないじゃん。景子先生は自分が「あんた、芝居書いてんだ? へえ、何かちょっと書いてみてよ」とか言われたらどんな気がすると思ってるんですかね?
なんか、そういういろんなことが私にはとにかく雑に感じられて、怒る以前にちょっとあきれてしまったのかもしれません。
みりおにお花屋さんなんてピッタリっぽそう、というのはいい。花は綺麗だよね、癒されるよね、花を愛でる小さな喜びみたいなものが人生には必要だよね、そういうものを生み出すような仕事ができたら幸せだよね…というテーマ、メッセージも、いい。
でも、それがドラマとして、ストーリーとして、舞台作品として、具現化できていない気がしました。具体的なエピソードや事件がないままに、キャラクターもなく、ただ漠然と設定だけがあるような登場人物たちがそれっぽいことを直接台詞で言ってしまっているだけに、私には見えました。だからつまらなかった、退屈したのです。私はお芝居を観たかったから、ドラマを楽しみたかったからです。いろんな楽曲やダンスナンバーがあってミュージカルっぽくはなっていたけれど、肝心のストーリーがありませんでしたよね…
大きな事件ゃドラマチックな出来事はなくても、日常を丁寧にまた淡々と描きながら、世界や人生の哲学を描き出して見せるようなタイプの物語ももちろん存在しますけれど、これはその域にはとても達していない作品だったと私は思います。手抜きというか、アイディア不足というか…それが嫌で、楽しめませんでした。
クリスたち現代のロンドンと対比させるつもりだったのかもしれない過去のデンマークのアベル(芹香斗亜)パートも、そこまで効果的だったようにも思えず、『人魚姫』からのモチーフも効いていなかった気がします。舞空瞳ちゃんのヒロイン力、娘役力みたいなものは十分感じられたんですけれどねえ…
クリスとジェフ(瀬戸かずや)の相棒ソングみたいなものももっとアタマにあった方がいい気がしましたし、とにかくすべてが大味というか焦点がない感じというか雑で中途半端な感じがして、私はダメだったのでした。すみません。
それでも一応ハッピーエンドで終わるのだし、だとしたらフィナーレは余計だったのではないかしら…お衣装はともかく、すごくおもしろい振りでも場面でもなかった気がするし、せめて休憩込み2時間半でまとめてくれたらまだ傷が少ない感じがしました。
ヒロイン・ゆきちゃんの扱い以上に、図書館職員の扱いが気に障りましたし、エディントン(羽立光来)にもまったく笑えませんでした。というか笑わせようとする意味がありますかね? 彼が提案するものがものすごく魅力的なビジネスチャンスに見えた方が、クリスが結果的にそれを選ばないという展開が効いてくるんじゃないですかね? あんな間抜けの言いなりになるわけないでしょ?って出オチさせちゃダメじゃん。てかホント笑えないんですけどね単に。
生徒は力量ある人ばかりで、ファンも多いだろうに、どういう思いで通っているのかなあ…と思うと、大きなお世話かもしれませんが気の毒に感じました。とてももったいないと思いました。
イヤいいんです、みなさんが、感動した、生きる勇気をもらった、仕事や人生について考えさせられた、がんばろうと思った…となっているのなら、それはそれで。贔屓が素敵で魅力的でカッコよくて最高だ、と思えているなら、何よりです。
ただ、「地雷より花をください」は正論だしそのとおりだからそれはいいんですけれど、それは別の人が作ったものなのだから安易にまるっと取り入れてどーする、と思いましたし、「♪マトカ~」とか歌って家族の尊さみたいなものを押しつけていた『ネモ』とやっていることは精神的に同じだよね?って感じがざらりとして嫌でした。あまりに現実的な、決着がついていないような題材はやはり「清く、正しく、美しく(そして朗らかに)」の宝塚歌劇にはやはり不向きなのではないのかなあ…チャレンジ精神は買わないこともないんだけれどなあ…と思うのでした。
キキちゃんが組替えで役と作品に恵まれることを、切に切に願っています。
花咲き乱れる6月、ロンドンは最も美しい季節を迎えていた。閑静な高級住宅地ハムステッド・ヒースの一角にある「Hanna’s Florist」はデンマーク人のフラワーアーティスト、クリス・ヨハンソン(明日海りお)が営む花屋で、そこで働く従業員たちには活気があふれていた。ある時、クリスが栄誉あるヴィクトリアンフラワーショーに入賞し…
作・演出/植田景子、作曲・編曲/斎藤恒芳、瓜生明希葉、協力/認定NPO法人難民を助ける会、葉祥明美術館。全2幕。
演目、というかタイトルが発表になったときの周囲のさざめき具合が印象的でした。絵本のような、童話のような、牧歌的なタイトルそのままの、ハートフルなちょっといい話…みたいなものを展開するつもりなんだろうか、たとえば私は生では観てないけれど映像で見てまあまあいいかなと思った『プチ・ジャルダン』みたいな群像人情劇に仕上がるならまあいいかもな…みたいに考えて、評価を保留していました。
配役発表があって、キャラクターの国籍・人種設定にきな臭いものを感じ、現代劇でもあるようだし、今なお解決に至っていないデリケートな問題である民族紛争とかを付け焼刃の勉強で得た生半可な知識でこれ見よがしに展開するつもりじゃないでしょうね、国籍とか国境とか国家とか人種とか民族とか母語とかに関しては日本は特殊な環境にあるんだから、そんなところから見ただけの浅薄な知識だけでよそのことに口出しするのは絶対にやめた方がいいよ、と激しく心配になりました。
初日が開いて、やはりそういう方面で違和感を感じる感想や、逆に人生や仕事などについて考えさせられたいい作品だった、感動したといった感想も聞こえてきて、さてでは自分はどう感じるかな…と、あくまでフラットに観ようと、楽しみに出かけました。
が、意外なことに…怒るのでもなく、また感動するのでもなく、単純につまらなくて退屈してしまいました、私は。その稚拙さに怒り震えた『邪馬台国の風』よりも、壊れた宗教のようで怖さに震えた『CAPTAIN NEMO』よりも、ある意味でつらかったです。まさか自分が景子作品で退屈するとは思っていなかったんですけれどね…しかしこの三連コンボはつらかったなー。なのに同時期に『All for One』が生まれ『神々の土地』が生まれ、『琥珀色の雨にぬれて』が再演されるんだからホント宝塚歌劇の振り幅って広いですね…
それにしても私は何にそんなに退屈したんでしょうね? 景子作品らしくセットというか装置は綺麗で、新しい作曲家さんの音楽は新鮮で、生徒もタレント揃いで、でもなんか話が全然始まらない印象だったのが大きいかな。というかみりおクリスの、設定はわかったけれどキャラクターが私には上手くつかまえられませんでした。
二幕の送別会で、従業員たちからけっこう雑に扱われている様子はとてもチャーミングだなと思ったんですよね。みりおが演じるキャラクターの在り方として新鮮な気がしたし、でもみりおの素に近い感じもあってすごくよかったです。あれをもっとアタマにおいてくれればもっとわかりやすかったのに、と思います。
というかもっと全体にベタに作ってほしかったです。コツコツがんばってきたら認められて、大きなチャンスもやって来て、でも本当にこれでいいのかな…とちょっと立ち止まり中の青年。モテるんだけどフラれがちで、それは捨て猫をやたらと拾ってきちゃったりメールがやたら頻繁でウザかったりといった、ちょっと残念なところもある男だからで、そんな主人公がある日、事情を抱えた女性と出会って…っていう、ベタな流れでいいと思うんですよ。ふたりが惹かれ合ったり反発し合ったりする中で、主人公が抱えていた父親への屈託が解消されて本当にやりたかった新事業の姿が見えてきたり、ヒロインの方も弟を死なせてしまった罪悪感から逃れられて、幸せになることへの怯えを捨てられる…みたいな話をきっちり見せてくれれば十分だったのではないでしょうか。で、実は彼女も猫を拾っちゃうタイプだしメールがウザいタイプだったんですよお似合いだねちゃんちゃん、というお話でよかったと思うのです。
だからミア(仙名彩世)の出身国も別に架空の国でかまわなかったと思いますし、舞台がロンドンなのはともかくクリスの母国がデンマークであることも別にどうでもよかったかもね…
この作品で扱われている人種問題に関しては、私は予想していたほどざらりとすることはなくて、せいぜいが、クロアチア人であるミアをいじめるのがセルビア人、みたいな展開が乱暴だなと鼻白んだくらいでした。そういういじめというか衝突があったのだとしてもその理由が人種や民族のせいだとは限らないし、経緯や真相は全然説明されないし、百歩譲ってそうだったのだとしてもだとしたら職場のそんな揉め事を正すのは経営者の役目のはずで、エマ(花野じゅりあ)はそれもせずただ愚痴ってるだけみたいなのってどーなの?と引っかかったくらいでした。
ライアン(綺城ひか理)が野心的なのはアイルランド人だからではなくて彼個人がそういう性格だからだろうし、ヤニス(飛龍つかさ)が色男なのも彼がギリシャ人だからでなくてもいいでしょう。アナベル(音くり寿)が生真面目なのも同様です。ここに人種や国籍を持ち込む意味がわかりません。でもまあ流せました。
でも、チェンリン(美花梨乃)だけがワーキングビザがどうのこうので帰る帰るって話が何度も出てくるのはなんなの? 台湾籍で中国籍でないことについてはスルーなの? 彼女自身は今ロンドンにいたくているの? そうじゃないの? トーマス(優波慧)とどんな恋愛をしていることになっているの? 今どきそれこそネットでつながる手段はいろいろあるはずだけれど、そのあたりもスルーなの? グローバル時代の新しい恋愛・つきあい方の形を描くとかでないなら何故こんなエピソードがあるの?
あと、そういった問題とはまた種類が違うけれど、クリスがアナベルに「踊ってみせてよ」みたいなことを言うのってものすごく乱暴だし無神経じゃないですかね? 仮にもプロを目指していたダンサーが、怪我で断念して、今はレッスンもしていなくて、当然今だってウォーミングアップも何もしていなくて、それでたとえたかだか1分だろうとソロの踊りができるわけないじゃん。景子先生は自分が「あんた、芝居書いてんだ? へえ、何かちょっと書いてみてよ」とか言われたらどんな気がすると思ってるんですかね?
なんか、そういういろんなことが私にはとにかく雑に感じられて、怒る以前にちょっとあきれてしまったのかもしれません。
みりおにお花屋さんなんてピッタリっぽそう、というのはいい。花は綺麗だよね、癒されるよね、花を愛でる小さな喜びみたいなものが人生には必要だよね、そういうものを生み出すような仕事ができたら幸せだよね…というテーマ、メッセージも、いい。
でも、それがドラマとして、ストーリーとして、舞台作品として、具現化できていない気がしました。具体的なエピソードや事件がないままに、キャラクターもなく、ただ漠然と設定だけがあるような登場人物たちがそれっぽいことを直接台詞で言ってしまっているだけに、私には見えました。だからつまらなかった、退屈したのです。私はお芝居を観たかったから、ドラマを楽しみたかったからです。いろんな楽曲やダンスナンバーがあってミュージカルっぽくはなっていたけれど、肝心のストーリーがありませんでしたよね…
大きな事件ゃドラマチックな出来事はなくても、日常を丁寧にまた淡々と描きながら、世界や人生の哲学を描き出して見せるようなタイプの物語ももちろん存在しますけれど、これはその域にはとても達していない作品だったと私は思います。手抜きというか、アイディア不足というか…それが嫌で、楽しめませんでした。
クリスたち現代のロンドンと対比させるつもりだったのかもしれない過去のデンマークのアベル(芹香斗亜)パートも、そこまで効果的だったようにも思えず、『人魚姫』からのモチーフも効いていなかった気がします。舞空瞳ちゃんのヒロイン力、娘役力みたいなものは十分感じられたんですけれどねえ…
クリスとジェフ(瀬戸かずや)の相棒ソングみたいなものももっとアタマにあった方がいい気がしましたし、とにかくすべてが大味というか焦点がない感じというか雑で中途半端な感じがして、私はダメだったのでした。すみません。
それでも一応ハッピーエンドで終わるのだし、だとしたらフィナーレは余計だったのではないかしら…お衣装はともかく、すごくおもしろい振りでも場面でもなかった気がするし、せめて休憩込み2時間半でまとめてくれたらまだ傷が少ない感じがしました。
ヒロイン・ゆきちゃんの扱い以上に、図書館職員の扱いが気に障りましたし、エディントン(羽立光来)にもまったく笑えませんでした。というか笑わせようとする意味がありますかね? 彼が提案するものがものすごく魅力的なビジネスチャンスに見えた方が、クリスが結果的にそれを選ばないという展開が効いてくるんじゃないですかね? あんな間抜けの言いなりになるわけないでしょ?って出オチさせちゃダメじゃん。てかホント笑えないんですけどね単に。
生徒は力量ある人ばかりで、ファンも多いだろうに、どういう思いで通っているのかなあ…と思うと、大きなお世話かもしれませんが気の毒に感じました。とてももったいないと思いました。
イヤいいんです、みなさんが、感動した、生きる勇気をもらった、仕事や人生について考えさせられた、がんばろうと思った…となっているのなら、それはそれで。贔屓が素敵で魅力的でカッコよくて最高だ、と思えているなら、何よりです。
ただ、「地雷より花をください」は正論だしそのとおりだからそれはいいんですけれど、それは別の人が作ったものなのだから安易にまるっと取り入れてどーする、と思いましたし、「♪マトカ~」とか歌って家族の尊さみたいなものを押しつけていた『ネモ』とやっていることは精神的に同じだよね?って感じがざらりとして嫌でした。あまりに現実的な、決着がついていないような題材はやはり「清く、正しく、美しく(そして朗らかに)」の宝塚歌劇にはやはり不向きなのではないのかなあ…チャレンジ精神は買わないこともないんだけれどなあ…と思うのでした。
キキちゃんが組替えで役と作品に恵まれることを、切に切に願っています。
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