駒子の備忘録

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アントンシク『リンドバーグ』(小学館ゲッサン少年サンデーコミックス全8巻)

2020年06月26日 | 乱読記/書名や・ら・わ行
 周囲を絶壁に囲まれた高地の国・エルドゥラ。空を飛ぼうとすることが禁じられた王国で、大空を翔る冒険を夢見る少年ニットが、不思議な生き物プラモとともに羽ばたいていくSFアドベンチャー。

 作者が何に萌えて何にときめき何にこだわってこの作品世界を構築したか、手に取るようにわかります。
 空を飛びたいという願い、恐竜やドラゴンへの憧れ、品種改良、複葉機、リンドバーグにライト兄弟、アメリア・エアハート、空中浮遊都市、動物と心を通わせること、空挺騎士団、女王の統べる王国、戦争のない新たな未来…
 しかしてこの画力とイマジネーションの豊かさをもってして、このストーリーテリングの残念さ…もったいなさすぎました。
 てかニットってのはどこから来た名前なんでしょうね? 不思議。もうちょっとだけ両の目を離して描くとより幼く可愛くなって愛嬌が出るのになー。むしろ何年か経たせてより少年らしくなったときの方が、ずっとヒーローっぽくて素敵でいいビジュアルでした。ああもったいない。
 彼が主人公なんだけれど、本当のドラマは彼の親世代にあります。そういう確執がキモになる構造の物語は、実はわりとあるので、それはそれでいい。でもディエゴを主人公にしちゃった方が話が早かったんじゃないの?とは思わなくはありませんでした。
 自由闊達、豪放磊落な軍人のディエゴと、研究熱心で優しくて紳士のアルベルトは親友同士、さらにそこにのちの女王アメリアが加わる仲良し三人組の青春。アメリアはディエゴと恋に落ち、密かに娘を産み、歳の離れた妹だということにする。一方でアルベルトの愛情と嫉妬を利用し、リンドバーグの研究を悪用し兵器とし、王国を強大化させる…捻れていく運命。
 ニットの父はいっそアルベルトということにしちゃった方がよかったろうなあ、と思いました。メリウスって別にキャラ立ってないし…てか彼とナンナに実は何がどうあったのか全然語られていないのって、なんなんでしょうかね。てかメリウスの妻、ニットの母ってどうしちゃったんでしょうかね。あとモーリンは、故郷で待っている幼なじみのガールフレンドとしてこの物語のヒロイン格であるべきなので、もっと立ててほしかったです。それでティルダと三角関係にするのが筋だったと思うんですよね。そしてルゥルゥはその前に現れる、憧れの年上の女性ポジションに置かれるべきだったんです。でも彼女はディエゴ/シャークを愛していて、三角関係を築くのはむしろキリオなんだけれど…彼がニットのライバルの位置に上手くハマらないのがまた弱い。ホントなんかいろいろとちぐはぐなのです。
 そもそもニットがエルドゥラを出ていくときに、空を飛びたいとか外の世界が知りたい、みたいななんか抽象的な目的ではなくて、もっと具体的に、たとえば父親を探し出して母の元に連れ帰りたい、みたいなものを据えた方がよかったんじゃないですかねえ。それで父親が記憶の問題はあったとはいえ(むしろエルドゥラにいたときが記憶を失っていた時代になるのかもしれませんが)アルベルトだったということになれば、これは『スターウォーズ』のルークとダースベイダーの構図になったわけですよね。ディエゴはオビ=ワンです。
 でも、このディエゴ/シャークがいい人なのか悪人なのかわからないまま、また彼のバックボーンが全然説明されないままに話がガンガン進み、かつこの人がやたら強烈というか押し出しのいいキャラなので、ニットの存在がかすんじゃってるし、巻き込まれ型にしてもあまりに理不尽で情けなくて不甲斐なくて、主人公に同調して読んでいる読者はイライラさせられすぎるんです。こんな中途半端じゃなくて、主人公の目的に合致しているから今は利用してやるされてやる、なのか、意に反してさらわれ拘束されている形ならもっとさっさと反抗して脱出するとかさせてくれないと、フラストレーションが溜まるばかりでスッキリしなくて、読んでいて楽しくないのです。レースとかしている場合じゃない。
 また、ディエゴではなくニットを主役にした方がいいのは、貴重な古代種のリンドバーグと心を通わせ、新たな世界への扉を開く資格があるとされているのが彼だからですが、だからディエゴが彼に戦わせない、銃を持たせない…というのは無理があるなーと思いました。銃を持たずとも相手を殺傷することはありえるし、戦争に参加しないからってそれが神に認められる平和で賢く優しい新人類の証だとするのは屁理屈に思えます。やはりニットは戦いの中で怒りや恐怖や狂気をコントロールすることを覚え、リンドバーグとともに進化し、それで真の「空の王者」になる…という流れを描くべきだったのではないでしょうか。それでこそ少年漫画の王道だったと思うんだけれど…
 こんなにパーツやピースが揃っていて、でも全部がちぐはぐで、終盤は尺がなかったのか話が巻き巻きでバタバタで、いかにももったいない作品でした。全部最初から組み直したら、もっといいお話になりそうなのになー。ああもったいない。
 ちなみに個人的な萌えは、もちろんマティアスにありました(笑)。
 
 
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