駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『ローマの休日』

2020年10月18日 | 観劇記/タイトルや・ら・わ行
 帝国劇場、2020年10月16日18時。

 ヨーロッパのとある国の王室の一員であるアン王女(この日は朝夏まなと)は、諸国歴訪の旅に出ていた。連日の公式行事や数々の祝宴、会合への出席と多忙な日々が続く中、初夏のローマを訪れる。その夜も王女歓迎の舞踏会が催されている一方で、街ではローマっ子たちのお祭りが夜を徹して続いていた。王女とはいえ内実は遊びたい盛りのうら若き女の子、束縛から解き放たれたいという欲求を抑えようもなく、王女は大使館をそっと抜け出すが…
 原作/パラマウント映画『ローマの休日』、脚本/堀越真、演出/山田和也、音楽/大島ミチル、作詞/斉藤由貴。1953年製作の映画を世界初ミュージカル化、1998年青山劇場初演、2000年には帝国劇場で再演した舞台を、オリジナル・クリエイティブ・スタッフはほぼそのままに、脚本、音楽、歌詞などを一部刷新した三演。全2幕。

 コムちゃんアン王女で三人芝居のストプレ版も観ましたし、宝塚歌劇のチギみゆ版も観ました。もちろん映画も見ています。というかデジタル・ニューマスター版DVDを持っているくらいです。私はそんなにはオードリー・フリークとかではないけれど、これが映画初主演作だったなんて本当に運命的だと思うし、作品としてもあくまで小品だとは思いますがものすごーく良くできた映画だと思っています。というかほぼ完璧な出来なのでは? グレゴリー・ペックがまたいいんですよね。もちろんローマというロケーションも素晴らしい。だから舞台化に関してはそもそも点が辛いところがあると思います。今回もやや「どうせ…」と舐めた感じで劇場に行きました。
 が、ボロ泣きしました。
 まず、楽曲がいいんですよね、感心しました。私は常々、日本のオリジナル・ミュージカルは楽曲が弱いと思っていたのですけれど、20数年も前にこんな作品がちゃんとできていたなんて驚きです。キャラクターの心情を歌うようなアリア系の曲もいいし、アンサンブルが踊って回すような楽しいにぎやかなナンバーもいいし、いかにもミュージカルらしく登場人物数人が掛け合いで歌うような曲もいい。歌詞もやや単純明快すぎるきらいはありましたが、明晰でわかりやすく、聞き取りやすかったです。
 だからもっと歌の上手い人で観たかった…というのは、ありました。元基くんはなんの問題もありませんでした。声量も音程も立派で確かで、元気で溌剌としたアメリカンなジョー・ブラッドレー(平方元基)で、スクープ取ってギャラもらって凱旋帰国したるで!な明るい、気持ちの良い青年でした。タッパがある、というか大柄なのもとても良くて、この時代っぽいややオーバー・シルエット気味のスーツ(衣裳/前田文子)もよく似合っていました。アーヴィング役の藤森慎吾もとても達者でそつがなく、舞台での居方がとても上手でした。あとはそんなに歌わないからいいとして、ソロがある女優陣が残念でした。伯爵夫人役の久野綾希子は、最近の舞台も観ていますがもう往年の歌唱力はないと思うんですよね。痛々しさすらある…そしてまぁ様は高い音がよく出るようになっていましたが、それでもやっぱり危なっかしいところがあるし、聞いていてヒヤヒヤするので現実に引き戻されがちなのです。ヒステリーを起こすところなんかは特に、もしかしたらそういう芝居なのかもしれないけれど本当に苦しそうなやたら高い声で台詞をしゃべるので、そもそも喉の使い方があまり上手くないというか、舞台向きじゃない人なのでは…とすら思ってしまいました。街へ出てヒールを脱いでサンダルになって踊り出すくだりで俄然輝いたので、やはりダンスの人だと思うんですよね。『フラッシュダンス』でやっとファンがちゃぴの卒業後の舞台に満足したのと同じようなことだと思うのです。つい、次の再演ではきぃちゃんで観たいよね、とか思ってしまいました…が、それだと若すぎて王女としての務めに縛られるアンが痛々しくなりすぎるかなー、とも思い直しました。そういう意味ではやはり、まぁ様でよかったんだとも思うのです。つまりお芝居は本当によかった。たたずまいその他も素晴らしかった。そして私は結局のところ、まぁ様がそういうお芝居で作り出したアン王女の生き様に泣かされたのでした。
 まず、登場からして完璧に美しいのが素晴らしい。あたりを払う気品、威厳、美貌、ドレスの着こなし。けれどすぐ椅子に座ろうとしちゃって将軍(今拓哉)にたしなめられてしまった、みたいな顔したり、すぐおすましして賓客をもてなすんだけどだんだん退屈してきてダンスが待ちきれなくなってソワソワし出したり、あげく靴が脱げて転がってどうしよう!みたいになったりの表情が、もういちいちチャーミングでめっカワで、誰もがこの王女を好きにならずにはいられない!!となるのです。薬が効いて寝ちゃうのも、正気に返ってからのオタオタも、その後の街歩きでのプチ冒険にワクテカしているところもみんなカワイイ。ジョーと再会してからも、決してベッタリ甘えすぎる感じにならないところもいい。そう、これはラブロマンスというにはあまりに恋以前の、淡い、ささやかな感情の交錯の物語なのではないか、と私は思っているのです。だからとても品があって、ちょうどよくて、あたたかで、せつなくて、よかったのです。
 でも、最初に号泣したのは、最初のキスシーンでした。映画でキスってあったっけ、でもいかにもしそうな流れだな…とか考えていたらひょいっとしたような、そんなキスシーンだったんですけれど、でも一拍おいて号泣しちゃったんですよね。アンにとってこういうキスってこれが初めてだったことでしょう、そして今後二度とこういうキスをすることはないのでしょう。一生このときのこの思い出を胸に抱えて彼女は今後の人生を生きていくんだ、と思うと、かわいそうなような、でもせめてもの思い出ができてよかったねと思うような、もう母のような乳母のような姉のような、立ち位置不明の号泣をしてしまったのです。別れの時が迫るにつれて二度、三度とキスシーンがありますが、最後に元基くんジョーに抱きつくまぁ様アンが爪先立ちしていて、あのまぁ様が…!ってのにもキュンキュンしてまた号泣しました。このあと王女はいずれどこぞの王族の子弟と政略結婚することになると思うのですけれど、どうかその人がいい人で、ゆっくりとではあっても愛情が育てていけるような人でありますように…と、彼女のために祈らないではいられませんでした。それでもやはりこういう情熱的な、性急な、とっさの、感情の高ぶりによるふいのキスはもうないんだと思うので、そのせつなさに泣けて泣けて、仕方がありませんでした。
 でもアンは、自分で選択して大使館に戻ってきたのです。そして今までとは違った覚悟で、王族としての義務をきっちり果たしていく、と宣言します。一度逃げ出したことで、こういう家に生まれた者の務めだから…と、頭でわかってやってはきたものの心がついていかなかったものが、やっと受け止められ、受け入れられ、すべて引き受ける気になれたのです。この感じは歳若すぎるあまりにキラピカした女優さんがやっちゃうと出せないな、と思いました。ある程度ちゃんといいオトナな歳に見える女優さんがやって見せてくれた方が、しみるしいいんだと思うのです。青春を終わらせる覚悟、運命と人生に向き合う覚悟、そのまっすぐさ、ひたむきさとその裏にどうしてもにじむ悲哀を見せてほしいからです。自分の寝室に戻って赤いガウンをまとって、ミルクを断るまぁ様アンの凜々しく神々しく美しかったことよ…! また号泣。
 ラストも本当に映画どおりで、王女が退室して空っぽになった玉座と、それをひとり眺めて、そして背を向けて部屋を出るジョー…という構図がせつなく美しく、大満足でした。最後にあのレタリングで「The end」と紗幕に写してくれたらさらによかったんですけれどね。
 ハコはもうちょっと小さいところでやってもハマったかもなと思いつつ、盆がガンガン回るのもよかったし、スペイン広場の映像も階段も、スクーター疾走シーンもよかったです(美術/松井るみ)。取材陣から街の人々まで歌い踊るアンサンブルもとてもよかった(振付/桜木涼介)。冗長になるギリギリのたっぷりしたナンバーがいかにもミュージカルで、豊かで楽しく、本当にいい舞台になっていました。世界中で未だに深く愛されているこの映画の、いい舞台化になっていたと思います。
 アンのブラウスは途中で襟が変わっていたようで、ちょっと残念だったかな。映画でも、元の長袖ブラウスの袖をどんなにまくり上げてもあんなに綺麗な半袖になるわけないので、途中で変わっている嘘があるんだけれど、首元まできっちりボタンを留めていたのがひとつ外しふたつ外し、ネッカチーフを巻き、袖をまくり上げたくし上げ…ってどんどん解放されお洒落になっていくのが素敵なんですよね。
 お伽話なんだけれど、王女と記者が手に手を取って駆け落ちしてめでたしめでたし、なんて話じゃないところがいい。この選択から受ける印象は世につれ時代につれ変わるのかもしれませんが、だからこそ愛され続ける不朽の一作なのでしょう。とてもシンプルなお話なところもとてもいい。だからやはり、改変するならミュージカルがいいんだろうな、と思いました。ストプレには合わない題材な気がします。この形で観られてよかったです。
 ちなみにダブルキャスト回を観た知人の感想によれば太鳳ちゃんはやはり歌が弱く、太田くんのアーヴィングは顔が良くてジョーを食いそうだったとか(笑)。そちらも観てみたかったなあ。
 あとから追加で売ったのか最前3列ほどは全席お客が座っていて、あとは市松模様でした。完売したのかな? まだ苦しいのかな…でも、たくさん観られて愛されてほしい演目でした。またいいキャストとハコで再演していただきたいです。


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