駒子の備忘録

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八月納涼歌舞伎第一部『ゆうれい貸屋/鵜の殿様』

2024年08月20日 | 観劇記/タイトルや・ら・わ行
 歌舞伎座、2024年8月18日11時。

 江戸京橋に近い、炭屋河岸にある弥六(坂東巳之助)の家。評判の桶職人だったが、母親を亡くしてからというものの、仕事をせずに酒におぼれる日々を送っている弥六。今日も伊勢屋の番頭(坂東彌三郎)が注文の桶を取りに来たが、弥六は作っておらず、女房のお兼(坂東新悟)が詫びている。家主の平作(坂東弥彌十郎)も意見してやろうと息込んでやってくるが…
 原作/山本周五郎、脚色/矢田弥八、監修/中村福助、演出/大場正昭。1959年明治座初演の世話物、全2幕。

江戸時代の芝居業界では、ベテランの幹部役者は夏は土用休みを取り、若手が普段できない大役に取り組んでチャンスを得る夏芝居をしたんだそうです。観客に涼しくなってもらえるよう、本水を使った水狂言や、早変わりや仕掛けを使った怪談を作って、客席を夏枯れさせないよう工夫したのだとか。
 歌舞伎座の八月は昭和55年まで20年連続で三波春夫の公演だったそうで、それはそれで夏休み興業の目玉だったのでしょう。若手による八月納涼歌舞伎がスタートしたのは平成2年からだそうで、古典、新作、怪談に水狂言と江戸の伝統を引き継ぎ、建替えによる中断もあったものの、今年で34年目とのこと。その歴史を思うと、ホント歌舞伎ってすごいなー、と思います。
 でも私は素人なので、3部制だと1部が短くて気楽でいいよね、とかつい考えちゃうのでした(笑)。
 そして、武家の忠義のなんの、とか廓の色恋がどうの、とかもいいんだけれど、こういう長屋の人情ものが、私にはホント「ザッツ・歌舞伎!」って気がして、楽しく観たのでした。さすが山本周五郎…! 最後はうるっとさせられました。
 2007年の納涼歌舞伎で、十世三津五郎と福助さんで上演しているんだそうですね。今回の弥六と染次(中村児太郎)はその長男同士での上演、という趣向になっているわけです。こういうのは、長く観ている観客にはたまらないんでしょうね…!
 さて、私はそこまでの思い入れはないので、あくまでお話として観たわけですが、まず私はミノさまにはもうちょっとノーブルなイメージを持っていたので、こういうしょーもない男のお役もやるもんなんですねえ…!とまずそこがおもしろかったです。でも、弥六ってさすが主人公というか、まあ歌舞伎の場合は主人公でもホントどうしようもない男とか悪党とかもいるわけですが彼はそうではなくて、今ちょっと疲れて落ち込んでグレてるだけの人なんですよね。そこがいいなと思いました。仕事自体は嫌いじゃないし、腕もいいし、人助けにひょいっと作業してやったりもする。でも、きちんと働いてもその賃金だけじゃ食べていけないしんどさにちょっと疲れちゃって、そこに母親を亡くしてもうしょんぼりしてしまったのでしょう。結局政治が悪い、ってなわけです。妻のお兼が甲斐甲斐しく支えちゃうのもかえってよくなくて、でも結局彼女もつらくなって実家に帰ってしまう。そこへもとは辰巳芸者だった幽霊の染次が現れるわけです。
 弥六は染次の美貌にころりと…となっていますが、児太郎さんはキュートでチャーミングなんだけど体も立派だし、柳腰の楚々とした美女…では残念ながらありません。でもこの愛嬌が抜群で、調子良く商売を始めちゃうまで、楽しいったらない展開です。
 お隣の魚屋夫婦がまた良くて、お勘(市川青虎)は単に面倒見がいいだけじゃなくて、なんならちょっと弥六に気がありそうな感じなのがいいですよね。それだけ弥六のご面相がいいのかな、というのはミノさまだし説得力があります。旦那の鉄造(中村福之助)は悋気持ちなんだけど、ホントのところは単に口うるさくて了見が狭いだけで(笑)、女房の浮気心には本当のところ気づいていない感じなのです。それもまた、ああこんな夫婦いるよね、って感じでおもしろかった。でもいざことが起こるとこの鉄造も気働きができてとてもいい人で、口うるさいだけで実は何もしない嫌な男、ではなくなるんですよね。そこがいい。井戸端会議の場面があったりもしましたが、長屋のみんなが助け合って和気あいあいと暮らしている様子が演出されているのも、とてもほっこりしました。もう失われて久しい空気なのだろうからこそ、演劇の舞台の上だけども残し、伝えていけたらいいですよね…
 商売をするなら幽霊にもいろいろいた方が、というんで一応壮年男性?の又蔵(中村勘九郎)と娘のお千代(中村鶴松)、爺(市川寿猿)と婆(市川喜太郎)が揃えられるのもおもしろい。てか寿猿さんの年齢いじりは毎度のことの気もしますが、94歳で幽霊役が初めて、ってのもすごいなと思いました。やってそうなものですけどねえ…! あと、筋書のコメントページで「SNSでのご感想もとても有り難い」って言っていて、シェー、でもさすが!と思いました。
 勘九郎さんはしょぼしょぼしゃべるし、鶴松くんはギャルくて可愛いし、楽しいな幽霊!(笑)
 で、商売が当たるんですけど、ここからのミノさま弥六が本領発揮だと思うんですよね。彼は小金を稼いでハイになりご陽気になりはするんだけれど、それを博打につぎ込むとかしないし急に偉ぶるとかもしない。卑しくないんですよね、そこがいい。お金で変わらない人柄なんです。
 だからこそ、幽霊稼業も楽じゃないとか、浮世は金次第だがあの世も金次第で…なんて又蔵の愚痴が響くし、最後は心を入れ替えるのにじんわりするわけです。幽霊だって成仏できた方がやっぱりいいわけで、寂しいけれど、よかったね、さようなら…と言える。まあ成仏の機会を逃した霊もいたし、結局女性のやきもちとか浮気とかをネタにするんだから…という引っ掛かりはなくはなかったけれど、様子を見にそっと戻ってきて近所の人に交じって経緯を聞いているお兼さんがいじらしくて、オチの一言は来るとわかっていてもやっぱり気持ちが良くて、幸せな気持ちで拍手したのでした。ビバ・人情話! 素晴らしき哉人生!!
 そういえば冒頭に彌三郎さんの昇進祝いいじりもあって、みんなで拍手で来て、それもよかったです(^^)。


 後半の『鵜の殿様』は原案/山川静夫、作・振付/西川右近。1984年に名古屋おどりで初演された舞踊を、今年2月の博多座で歌舞伎化。その再演。
 博多座初演を観ているものを、再演も観るなんて私って通みたい!?とちょっと舞い上がりましたが、まあたまたまですね(笑)。幸四郎・染五郎親子はママ、腰元は撫子/笑也、浮草/宗之助、菖蒲/高麗蔵。ピンクが可愛いな、とか思っていましたがさすが笑也さま…!
 尺がちょっと短くなりましたかね? 博多座の方がもっとどったんばったん、人はこんなにも長袴で滑り飛び転び踊れるのか…!と驚き感動した記憶があるのですが、それはやはり初見だったからかもしれません。でも変わらず息ぴったりで、おもしろくわかりやすく、ドリフみを堪能させていただきました。楽しかったです!










 

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