駒子の備忘録

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『あわれ彼女は娼婦』

2016年06月27日 | 観劇記/タイトルあ行
 新国立劇場、2016年6月24日18時半。

 中世のイタリア、パルマ。勉学に優れ人格的にも非の打ちどころがないと将来を嘱望されるジョヴァンニ(浦井健治)は、尊敬する老修道士(大鷹明良)に、類まれな美貌の妹アナベラ(蒼井優)を女性として愛していると告白し、修道士の忠告も聞かずにアナベラに気持ちを伝えてしまう。愛するがゆえに道ならぬ恋に身をゆだねるふたりの運命は…
 作/ジョン・フォード、翻訳/小田島雄志、演出/栗山民也、美術/松井るみ。マリンバ/中村友子。1632年初演の、いわゆるエリザベス朝演劇の一作。全2幕。

 タイトルは聞いたことがあって、興味はあったのですがチケット入手まで動かないでいたところ、お友達にお誘いいただいたので出かけてきました。舞台を横切る大きな十字がこちらの方にまっすぐ伸びる下手奥の席で、たいそう観やすかったです。お世話になりました。
 私は弟がいるので、実感的にもまた妄想的にも、近親相姦なるものは全然ありえるだろうけれどそれは恋愛なんかとはまた全然違うもっと別の何かであって、家族として小さいころからともに育っていたら「美しいから好きになりました」なんてことはありえない、と考えています。離れて育って他人として再会して恋に落ちる、とかならまだしもね。
 なのでそのあたりの設定はどうなっているのかと思っていたら、のっけからあっさり恋心を告白し合ってまとまってから始まる話なので、なんかリアリティないなあ、とちょっと心が離れかけました。やたら詩的で冗長にすら感じられる台詞も、主人公たちに感情移入できれば耐えられるだろうけれど、これでは…と気が遠くなりかけたのです。
 けれども、私はこの話を単なる近親相姦の話かと思っていたのですが、意外に他にも登場人物が多く、そのキャラクターやドラマで回していくけっこうベタで下世話な話で昼ドラチックで、それがわかってからはすっかり楽しく観ました。当時も今も、これは別に「近親相姦が許されるのか否か」みたいな辛気臭く説教臭い話ではなくて、欲にまみれた人間たちの悲喜劇、みたいに受け取られるべき作品なのでしょう。滑稽で、皮肉や風刺にあふれていて、おもしろかったです。
 アナベラの求婚者のソランゾ(伊礼彼方)とその元カノ・ヒポリタ(宮菜穂子)、その夫リチャーデット(浅野雅博)と姪フィロティス(デシルバ安奈)、ソランゾの従者ヴァスケス(横田栄司)と、この筋だけでもこんなにキャラクターがいて、ドラマがてんこ盛り。
 求婚者は他にグリマルディ(前田一世)とバーゲット(野坂弘)、そこにバーケットの叔父ドナード(春海四方)と召使ポジオ(佐藤誓)、兄妹の父フローリオ(石田圭祐)にアナベラの乳母プターナ(西尾まり)と、他の筋にも多士済々。そしてみんな癖のある、聖人なんかじゃない人間たちです。
 だからといって、では禁断の恋に身悶えている兄妹が純粋で美しく見えるかというと、意外にそうでもないところがまたよかったと私は思いました。特別醜いとか愚かということはないけれど、普通の男女の恋人同士のように浮かれていて愚かで浅ましく視野が狭く、打算的で弱い。そういう人間臭い人間たちが織りなす、人間臭い物語でした。
 だから、冒頭で私が教条的だわ事なかれ主義で役立たないわですぐ嫌いになることに決めた老修道士しかり、ラストにタイトルを台詞として言う枢機卿(中嶋しゅう)しかり、聖職者たちの人間臭さというか宗教家にあるまじきダメっぷりには、わかっていても怒りたくなりましたけれどね。こんな坊主に断罪されたくない、と心底思いました。
 タイトルの「娼婦」というのは適切な訳語とは言えず、けれどこの時代には女性の区分として娘(処女)と、妻ないし未亡人(母)と、それ以外、しかなくて、この三番目のところに未婚で身ごもった女や子供がなく離縁された女、プロの売春婦といった女性が入れられていて、そこにあえて日本語をはめるとすればこの言葉しかないのだ、とかなんとかいった解説を読んだことがあった気がします。要するに一般的(とされている)な婚姻関係から逸脱し疎外された女、ということですね。今となってはちゃんちゃらおかしい区分であり、当時ですらそういう視線はもちろんあったことでしょう。女の本質なんて娘であることと妻であること以外のところにこそあるようなものなのですから。誰から産んでもらった気でいるんだろうね世の男どもは?
 だからこれは、兄弟だけど純愛、みたいなことに涙するような作品ではなくて、人の世の哀れさ、悲しい愚かさに薄笑いしつつやがてしょんぼりして観るような、しみじみと悲しくおかしい作品なのではないかな、と私は思いました。おもしろかったです。

 ウラケンは毎度、ちょっと朴訥で生真面目な好青年を演じている気がしますが、今回もニンで好演でした。
 蒼井優ちゃんは声がホントいいよね、そして立ち姿や身のこなしなど佇まいが音楽的で美しい。すっごい美貌の美人女優さん、とかではないと思うのだけれど、少女らしさといい舞台でのあり方といい、美しさが十分に表現できる女優さんだと思います。
 伊礼くんはまたいい感じの恋敵役でよかったです。しかしトータルで物語の主役かつ勝者だったのはその従者ヴァスケスでしたよねホント! いい暑苦しさだったわー、鮮やかだったわー!! してやったり、って感じだったろうな、と思いました。
 みんなさすが芸達者揃いで、美術も照明も音楽も美しく効果的で、いい舞台になっていたと思いました。さすが時代を超える作品は違うなあ、と底力を感じました。



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