平成18年に60歳を迎える。六十と縦に書くと傘に鍋蓋(亠)を載せた形である。で、「かさぶた(六十)日録」
かさぶた日録
道聴塗説 その四 1
裏の畑の北西隅に、見付けたオオキバナカタバミ。植えた覚えもないから隣地から越境して来たのかもしれない。
午後、信用金庫に二つの用で行く。一つは自分のが、今まで借りたこともないが、ローン付きだった。70歳になると、ローンは使えなくなるというので、その手続きである。もう一つは、会社の山の会の口座が残っていて、1万円少々残があるというので、その解約であった。通帳ももう見当たらないので、解約には1ヶ月掛かるという。下りてきたら山の会の後輩たちに渡そうかと思う。
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今日より「道聴塗説 その四」の解読に入る。
その四
一つ問う。臨終正念を他力と申すときは、口伝抄に相違するに非ずや。かの抄には、皆な自力と定め給う。これゆえに、流義には臨終正念を嫌うと申すは如何ん。
※ 口伝抄(くでんしょう)- 浄土真宗本願寺第三代覚如の著作。覚如が、親鸞の孫にあたる如信より、口授された教義を記した。
答う。口伝抄は自力の正念なる故に嫌うなり。その上に、彼の抄は機を疑いて本願を信ぜざるものに対して示し給う。今、委(くわ)しく、かの文を挙げて註脚を加うべし。
※ 機(き)- 物事の起こるきっかけ。物事を行うのによい時機。
※ 註脚(ちゅうきゃく)- 本文の間に小さく二行に分けて入れた注釈。割り注。ここでは、かっこ内に示す。
鈔に曰く、一つ、信の上の称名の事。(聖人は信心を行の本基とし、給う。信心の上には報恩の称名に油断あるまじ。委しく前段に述べり。標章に先ずこれを示す。)親鸞聖人の御弟子に、高田の覚信房(太郎入道)と云う人ありき。重病をうけて、御坊中にして獲麟に臨むとき、聖人(親鸞)入御(にゅうぎょ)ありて、危急の体を御覧せらるゝ処に、呼吸の息荒くして、すでに絶えなんとするに、称名、懈(おこた)らず隙(ひま)なし。
※ 標章(ひょうしょう)- しるしとする徽章または記号。
※ 覚信房(かくしんぼう)- 下野国高田(現在の栃木県芳賀郡)の住。慶信の父。太郎入道。病をおして上洛し、親鸞聖人のもとで往生したという。
※ 獲麟(かくりん)-(孔子が、「西に狩りして麟を獲たり」の句で、筆を絶って死んだところから)臨終。
この時、聖人尋ね仰せられ宣(のたま)わく、その苦しげさに、念仏強盛の条、先ず神妙たり。但し、所存不審いかんと。覚信房答え申されいわく、喜び既に近付けり。存せん事、一瞬に迫る刹那の間たりと云えども、息の通わん程は、往生の大益を得たる仏恩を報謝せずんば、有るべからずと存ずるに付いて、かくの如く、報謝の為に称名仕るものなりと、云々。(この説の如くならば、報恩の念仏は、臨終の刹那にも懈怠なし。況んや、平生に於いて油断あるべけんや。この人は聖人の面授の御弟子なれば、聖人の御平生に報恩の称名を策励まします事を知るべし。今時の道俗、何そ報恩を忽緒(ゆるがせ)にするや。)
※ 所存不審いかん(しょぞんふしんいかん)- どういう思いで念仏しているのか。
※ 面授(めんじゅ)- 文章などで広く教えるものではない重要な教えを、師から弟子へと直接伝授すること。
※ 策励(さくれい)- 大いにはげますこと。
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