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道聴塗説 その三 6

(散歩道の白のチンチョウゲ)

散歩道で見つけた白のチンチョウゲだが、こちらもまだ開花していない。

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今日で「道聴塗説 その三」を読み終える。

然れば、平生の正念の外に、格別に臨終正念を期(ご)するを嫌い給う。来迎も平生に摂取不捨に与(あずか)る外の、聖衆にてはあるまじ。これ故に開山(親鸞)は、摂取不捨の中にある来迎を取りて、臨終に至りて別の来迎をたて給わず。これ平生と臨終と、始終ただ一の往生なれば、格別に沙汰せざるなり。
※ 摂取不捨(せっしゅふしゃ)- 仏がこの世の生きているものすべてを、見捨てず、仏の世界に救い上げること。
※ 聖衆(しょうじゅ)- 仏・菩薩など多くの聖なる存在。特に臨終の際、阿弥陀仏とともに浄土への迎えとしてやってくる聖者たち。


すべて流義の意は、他力に摂すれば、正念も来迎も、仏智の不思議なり。開山(親鸞)の御臨終に頭北面西の威儀を整え、前念命終、後念即生の正念往生を遂げ給うを、他力の不思議と心得べし。
※ 威儀(いぎ)- 規律にかなった起居動作。また、その作法・規律。
※ 前念命終、後念即生(ぜんねんみょうじゅう、ごねんそくしょう)- 念仏行者は前念に命が終れば、後念にただちに浄土に往生するという意であるが、親鸞聖人は、現世において信心を獲得すると同時に、正定聚の位に入る意とした。


但し、開山(親鸞)の臨終の威儀にならわねば、正念往生に非ずと申すには非ず。駿城、明泉寺の前住、了可法師は、その性質素朴にて、外儀を繕わず、正直に念仏誦経して、さまで勤めたるにも非ず。恭敬の様も、しかじかなき人なりき。隠居して一、二年も、敬儀も有りげに見えしどなん。ほどなく、享保八年正月十日に七十九歳にて往生を遂げられき。
※ 明泉寺(みょうせんじ)- 静岡市葵区上石町にある、浄土真宗大谷派の圓乗山明泉寺。
※ 外儀(げぎ)- 外面に現れた威儀や立ち居振る舞い。
※ さまで - そうまで。それほどまで。


然るに、その正月五日よりして、十日の午(ひる)時には、往生する事を知りて、何の病悩もなきに、平生の朋友を招き、十日の往生には、人々参会あるべき由を、堅く約束し、さてその日に至りて、持仏堂を掃除し、供物、香華など備えさせ、午時も近ずく時に、現住を招き、袈裟衣を着し、人に扶(たす)けられて、起坐せしめよと云う。
※ 起坐(れい)- 起きあがってすわること。

時に現住曰く、元祖(法然)も、聖人(親鸞)も、臨終には、頭北面西の威儀なれば、平臥のままにて整(ととの)うべし。煩(わずら)わしく起坐なくともと、ありければ、隠居もその旨に同じて、念數(念珠)を取り、持仏前にて、頭北面西の威儀にて、念仏数遍申し、また現住に向いて、兎に角に起坐せしめよ。

某申すは、九歳の時より袈裟衣を着し、誦経念仏して、朝夕に仏前に於いて、臥拜せし。せん事なければ、只今すでに臨終に及んで、年来の威儀に背かん事、本意なし、とありければ、現住もその意に随いて、起坐せしめければ、合掌して高声念仏、三、四十遍ほど申し、念仏の声とともに息絶えぬ。

この法師の臨終の起坐合掌は、却って頭北面西の威儀に勝るべし。ともかくも外儀
にはよるべからず。その行者の心得に虚仮の振舞なく、行住坐臥ともに、念仏に便宜なるを取るべし。
※ 虚仮(こけ)- 心の中とうわべとが一致しないこと。偽り。


読書:「錯迷」 堂場瞬一著
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