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桑原黙斎の「安倍記」 10

(牧之原公園から富士山)

余りの好天気に、牧之原公園まで車で登ってみた。富士山には雲がかかりそうになって、強風に右手に流れている。大井川を挟んで手前が金谷、向うが島田である。

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桑原黙斎の「安倍記」の解読を続ける。

藤泰(自分)、この程の滞留に、草臥れの退きけるにや、人先にかの刎ね橋に打ち向い、小心翼々として、独り難なく打ち渡り介る。跡に遅れて時連(つれ)も打ち渡りしける。
※ 小心翼々として(しょうしんよくよくとして)- 気が小さく、びくびくして。

橋詰に立ち止まりて、橋の刎ね渡せる様を見るに、大木を角取たるを、十本両岸より元を土中に尓埋め、大岩ども敷きて根を固め、その上に枕木を三通り許り並べて、また十本、めんどり羽に継ぎ出して、大岩以って押えとし、また枕木を並べて、その上に元口三尺、十六間通したる大木を、元口を岸の方へ向け、末口を川表へ出して、三本枕木の上に継ぎ出し、根本を枠木にて狭ばめ、これに重なるに、猿滑りの枝を以って蔓となして、下の十本の刎木に絡み付けたり。かの大木の末口の方に枕木を置いて、両方より差し出でたる上に、三本細丸太木を掛け渡し、蔓にて絡み付けたり。その上に割木を一尺間に敷き並べ、蔓にて梁木に絡み付けて、麁朶を疎らに敷きて、また上に割木を一尺間に、蔓にてかき付けたるなり。

橋長さ五十間、元の方は巾五間許り、それより三間許り、真中十間許りの間は九尺ばかりもあるべし。実に類いなき橋なり。これは公の御普請所にて、十三年目に掛け替えけるとなん。然るに一年遅れける故、橋大いに損じて、中間は弛(たる)みて、今にも落ち絶えんさまにて、戦々兢々たり。よくも難なく打ち渡りしけると、舌振いして恐ろし合えり。
※ 戦々兢々(せんせんきょうきょう)- 恐れてびくびくしているさま。
※ 舌振い(したぶるい)- 驚きおそれて舌を振わすこと。


案内の庄左、打ち笑いつゝ申すは、里人は荷負うて、幾度か往来すれど、少しも恐れなし。平地を歩行(ある)く心地せりとて、笑いながら、こゝより左の方に打ち過ぐるに、谷川の略彴あり。下は巨巌突兀藍水滔々として巌(いわお)に響く。
※ 略彴(りゃくしゃく)- 丸木橋。
※ 突兀(とっこつ)- 山や岩などの険しくそびえているさま。
※ 藍水(らんすい)- あい色の水。
※ 滔々(とうとう)- 水が勢いよく、また豊かに流れるさま。


戦々として打ち渡りて、大崩れと云う、井川の東側なる岩石の崩れの横刈道を、辛じて打ち過ぎ行きければ、川原に下り、崔道(がけみち)を岩に手掛け、とこうして過ぐるに、右の溪(たに)に滝泉あり。この所をあつら沢と云う。なお、川原に沿いて艮(うしとら)へ行く。少し丘に登り着けば、これ岩崎村なり。神明社、観音堂あり。
※ 戦々(せんせん)- 恐れおののくさま。

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