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峡中紀行上 8 九月八日、小仏嶺(とうげ)(3)

(土手のマツバウンラン)

朝から一日雨、夜に入って激しくなる。

荻生徂徠著の「峡中紀行 上」の解読を続ける。

を下る。一、二曲りにして、谷の深きこと千仭ばかりなるを俯瞰すれば、人家あり、数楹(えい、柱)あり。空翠映発し、清麗羨むべし。人物皆寸大、盤中の物を睟(み)るが如し。迺ち能く活動す。仏経に曰く、如来身を虚空百由旬に躍(おど)らし、下、十方国土無量の衆生を覧(み)れば、なお掌中の菴摩羅果如からんと言う。またこれの如きか。忽ち疑う、青渓(あに)郭璞詩中の人に非ずやと。
※ 盤(ばん)- 大きな平たい岩。
※ 俯瞰(ふかん)- 高い所から見下ろし眺めること。
※ 空翠(くうすい)- 深山の緑の樹林の間に立ちこめる、みずみずしい山気。
※ 映発(えいはつ)- 光や色彩などが互いにうつり合うこと。
※ 寸大(すんだい)- 一、二寸大。(遠くより見下ろしているので、小さく見える)
※ 由旬(ゆじゅん)- 古代インドでの距離の一単位。帝王の軍隊が一日に進む距離といわれ、約10km、約15kmなど諸説ある。
※ 菴摩羅果(あんもらか)- マンゴー(果)のこと。
※ 青渓 - この緑一杯の谷に住む人を指す。
※ 郭璞(かくはく)- 中国、東晋の学者・文人。河東・聞喜の人。経学・詩文・暦数に通じる。「遊仙詩」14首は代表作。この「詩中」は「遊仙詩」のこと。


急にその人を睹(み)るを欲すなり。則ち轎を棄て下る。忙しき事甚し。(故に)路を下ることの、路を上るより嶮なること覚えず。至れば則ち、窮民家なり。闒茸言うべからず。一老嫗を見る、繿縷百結、孫有り、八、九歳、菜色鬼の如し。なお訝る、甚だ能く人語することを。皆諤然たり。余独り癡想未だ消えず。
※ 闒茸(とうしょう)- 微賤。品格や地位が卑しいさま。
※ 老嫗(ろうう)- 年をとった女。老婆。
※ 繿縷(ぼろ)- 襤褸(ぼろ)。着古して破れた衣服。つぎはぎをしてむさくるしい衣服。
※ 百結(ひゃっけつ)- やぶれ衣。
※ 菜色(さいしょく)- 栄養の悪い、青ざめた顔色。
※ 諤然(がくぜん)- 愕然。非常に驚くさま。
※ 癡想(ちそう)- 痴想。おろかな考え。


なお、道(い)う、石髄叔夜に値(あわ)ば、則輒(すなわ)ち凝結して餌(くら)うべからず。これ安(いずくん)ぞ知らず、雲房先生丐人と化するにや。頗る嗤笑し見る。
※ 石髄(せきずい)- 鍾乳石のこと。
※ 叔夜(しゅくや)- 嵆康(ケイコウ)。中国、三国時代の魏の思想家。譙国銍の人。叔夜は字。竹林の七賢の一人で、 自然を尊び、礼教に批判的な言辞を多く残している。
※ 雲房先生(うんぼうせんせい)- 中国の仙人。八仙の一人。 姓を鍾離(しょうり)といい、名は権(けん)である。雲房先生は号。
※ 丐人(かつにん)- 乞食。
※ 嗤笑(ししょう)- あざけり笑うこと。
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