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「脳治療革命の朝」を読む

(柳田邦男著「脳治療革命の朝」)

中国の出張に2冊の文庫本を持って行った。一冊は山本一力の「あかね空」で、もう一冊が柳田邦男の「脳治療革命の朝」という本である。2冊とも1、2年前に購入してあったが、この際に読もうと思ってバッグに入れて出張した。

その中で「脳治療革命の朝」について書込もうと思う。ノンフィクション作家の柳田邦男は自ら命を絶った息子が脳死に到るまでの経緯の中で、最新の脳治療の現場に関心を持ち、この本を書くに至った。

人間は心肺機能が停止してもしばらくは脳が生きている。やがて脳神経が一つずつ死んで行き、やがて脳死となる。心肺機能が回復しても脳神経の死滅は進行して死に至る場合が多い。たとえ回復したとしても、それまでに死滅した神経が多い分、大きな障害が残る。

ここでいう脳治療革命とは体温を3、4度下げて治療すれば、脳神経の死滅が進行しない。それで治療に成功すれば脳神経は無傷で回復できる。あるいはダメージが最小限に押さえられる。そうすれば障害も最低限に抑えられ、社会復帰も夢ではない。

体温を下げるためには全身を温度調整できる水のマットで覆い、少しづつ下げてゆく。体温は脳神経の死滅も進行させるが、逆に体内に入る病原菌への抵抗力も著しく低下させる。長い時間体温を下げて置くと重い感染症にかかる危険が高くなる。体内の状況をコンピューターでチェックし、細かく体温管理をしながら、脳や心肺の治療をしてゆく。体温を管理する治療法で、治療を諦めていた、頭部に重傷を負った人、一時的に心肺機能が停止してしまった人、あるいはくも膜下出血のような脳の病気の人などが治療出来て、多くの人を生還させることが可能になってきた。「脳治療革命の朝」はそんな治療の実態を実例を追跡して記録している。

そんな治療方法の発展は死の定義を大変難しくする。従来であれば心肺停止のあと、脳死の判断に瞳孔のチェックなどで判定したものが、治療方法で生還の可能性が出てきたのである。一方に臓器移植の医療があり、脳治療の医療と生死の境にいるドナーを前に綱引きが行われるという妙な状況が出てしまう。

アメリカであれば、もっと早い時点で死亡と判定され、臓器移植に回されるが、日本ではさらに臓器移植を待つ患者には狭い門となってしまう。臓器は誰のものかといえば、もちろん死に掛けている人のもので、可能性があるのに取り出して移植に回す権利は誰にもない。しかし、そう考えていけば、日本で臓器移植は限りなくゼロに近くなってしまう。今後にさらに難しい問題を残すことになった。
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