河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

1529- スクリャービン 交響曲第3番 河童ライブラリー(リニューアル2013.10.15)

2013-10-15 23:30:04 | インポート

2013年10月15日時点で保有している音源です。

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1
エフゲニー・スヴェトラーノフ/USSRso.
  1966 MELODIYA
2
エフゲニー・スヴェトラーノフ/USSRso.
  1990.4.14 RUSSIANDISC
3
エフゲニー・スヴェトラーノフ/ロシア連邦so.
  1996.5.16-20 EXTON
4
ミヒャエル・ギーレン/南西ドイツRso.(**注**)
1975.5.22-23 hanssler
5
ミヒャエル・ギーレン/南西ドイツRso.(**注**)
  1975.5.28 NHK-FM
6
キリル・コンドラシン/コンセルトヘボウo.
  1976.2.12 ETCETRA
7
エリアフ・インバル/フランクフルトRso
  1978 PHILIPS
8
リッカルド・ムーティ/ベルリン・フィル
  1987.5.31 NHK-FM
9
リッカルド・ムーティ/フィラデルフィアo.
  1988.4.29,30 EMI
10
リッカルド・ムーティ/ウィーン・フィル
  1990.10.21 NHK-FM
11
リッカルド・ムーティ/ウィーン・フィル
  2005.5.2
12
ダニエル・バレンボイム/パリo.
  1987.11 ERATO
13
ジュゼッペ・シノポリ/ニューヨーク・フィル
  1988.1 WQXR
14
ジュゼッペ・シノポリ/ニューヨーク・フィル
  1988.1 DG
15
レイフ・ゼーゲルスタム/ストックホルムpo.
  1989.8.14-15 BIS
16
ヴァレリー・ゲルギエフ/レニングラードpo.
  1989 LENINGRAD MASTER
17
ウラディミール・アシュケナージ/ベルリンRso.
  1990.4.22 NHK-FM
18
ウラディミール・アシュケナージ/ベルリンRso.
  1990.5.23 LONDON
19
ネーメ・ヤルヴィ/デンマーク国立Rso.
  1990.5.31-6/2 CHANDOS
20
ドミトリー・キタエンコ/ベルゲンpo.
  1990 VIRGIN CLASSICS
21
ジョン・プリッチャード/BBCso.
  ?頃 BBC ARTIUM
22
アレクサンダー・ラザレフ/NHKso.
  1994.2.16 NHK-FM
23
ミカエル・プレトニョフ/ロシア国立o.
  1998.3 DG
24
アレクサンダー・ドミトリエフ/ペテルスブルク・アカデミックso.
  2003.9 WLA

以上、24点
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8、9、10、11番
ムーティについては別稿を参照願います。ムーティはこの曲が大好物でたくさん振っております。
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724-(2008/12/03up)
スクリャービン 交響曲第3番 リッカルド・ムーティ フィラデルフィア管弦楽団 1984.2.22
060-(2007/9/18up)
スクリャービン 交響曲第3番 ムーティ フィラデルフィア 1984.2.22
061-(2007/9/19up)
スクリャービン 交響曲第3番 ムーティ
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4,5番
ミヒャエル・ギーレンの演奏は最後の二つの打撃音が無い(**注**)。盛り上がって突然終る。5のNHK-FMのものは放送を聴いていて、編集ミスかと思われたがNHKの解説者は平然と解説を始める。当時、知られていない曲とはいえ、ありえない。のちにどこかで文章を読んだ記憶があるのだが、このように終わる解釈もあるらしい。消化不良気味なのがギーレンらしい。
内容的には4のヘンスラーの正規CDの方が精度で上を行く。最後のところもスピードアップしていき、打撃音無しをうまく解決していると思う。
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13、14番
シノポリ&ニューヨーク・フィルの演奏は、肩の力が抜け75%の力で100%の感動を、といった、いかにもNYPらしい余裕の演奏である。運動後の整理体操みたいなリラックスさが聴くほうにも心地よい。
この曲の解釈にはマス系とアンサンブル系の二つの行き方がありそうだが、NYPの演奏は完全に後者。
べらぼうなうまさのブラバンによくありそうな開始。こじんまりとブラスがハーモニーを奏でる。目先の楽譜を一歩ずつ消化して進んでいく。実に心地よいアンサンブル。ウィンドも同じく均衡を保ちながらブラバン系の響きのなかを進んでいく。弦は控え目であり、徐々に糸が絡んでいく。進むうちにやがて全奏が出現するが飽くまでも75%の力。品位と節度が保持される。アンサンブルは室内楽的透明さで。
オペラを振っている途中でゴロンと死んでしまったシノポリは、よく分析的、解像度の高い演奏、などと言われたものだが、たんにアンサンブル重視の演奏・表現を目指したのではなかったのか。その結果としての世評のような気がしないでもない。NYPのこのような演奏を聴いているとますますそう感じる。いずれにしろこのNYPはへヴィー級マス・サウンドとは明らかに方向性が異なり、秋の夜長でも気張らないで聴くことができる超一品である。かむほどに味が出る。
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12番
バレンボイム指揮パリ管の方向は、ロシア風マスサウンド、へヴィー級サウンドとはかなり異なる、かといってきらびやかな演奏というわけでもない。この演奏の解釈としてはかなり異色。
前奏部分は滑らかというか、スローでワーグナーでも始まるのかといった雰囲気。その遅めのテンポは最後までかわらない。
聴き進めるうちに異常に丁寧な棒さばきにはまり込む。フレーズ毎の響きを重視した解釈で、モザイク風に進む。ある部分だけ聴きとるとスクリャービンの3番のようには聴こえない個所が多々ある。まるでラヴェルのマメールロワであったり、シェーンベルクの浄夜であったりする。
アップテンポのところも全く急かさない。かといって悠然たる響きというわけでもない。飽くまでも変奏曲の響きの変化を提供する。
52分オーバーの演奏でスヴェトラーノフまではいかないがかなりスローだ。
最後の空白の滞空時間も、誰のが一番長いのか知らないが、心理的には圧倒的なバレンボイムの解釈だ。

といった感じで、全部の印象は書いていないが、機会を見つけて書いていこうと思います。
このライブラリーのなかから一つだけ選べ、と言われれば。
8番
リッカルド・ムーティ/ベルリン・フィル
  1987.5.31 NHK-FM

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この幾何学模様的な演奏は強烈。最後の打撃音間の空白の空気音がフィルハーモニーで見事にとらえられている。(空白なので音はしないが、ものすごい威力だ)
なぜかブーイングがはいっている。戸惑っている聴衆がいるのかもしれない。
空前絶後の演奏ではある。
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