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1979年聴いたコンサートからボツボツと書いてます。
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今書いているのは1979年カラヤン、ベルリン・フィルの来日公演より。
の続きです。
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マーラーの6番の感想は1022-に書いた通りです。
カラヤンがマーラーを振りはじめたのは人生後半。マーラー独特のやにっぽさが好きになれなかったのか。
カラヤンは結局、ソナタ形式的構造音楽を好むのであって、マーラーにあっても純器楽交響曲5,6,7番のうちどれかといえば楽章数から言っても形式的にバランスのとれた6番があっていると感じたのだろう。7番、5番よりは、歌は入るものの4番も当然のような気がする。9番は一種独特の惜別音楽になってはいるものの納得できる選曲ではある。形式音楽をつたの絡まるようなしなる演奏で見事に表現。
ジョージ・セルもマーラーに関してはカラヤンとほぼ同じ傾向の曲を好むように思える。表現は両極端ながら、双方ともに頭にあったのは形式であったのだろう。そんな単語、ヨーロッパを包括してしまっている、と言われればそれまでだが、でも選ぶ曲は良く似てますね。
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それで、この日1979.10.17のマーラー第6番の公演ですが、感想では完璧だ!みたいな感じで書いたのですけれど、トランペットがベルリン・フィルにしては見事にはずしているんですね。記憶によると。。
第1楽章短い序奏があってすぐに第1主題にはいります。その頂点で吹奏されるトランペットのソロパートの最高音。ものの見事にはずしてます。
これって、デジャブ??
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カラヤン、ベルリン・フィルは1977年のザルツブルク音楽祭で、マーラーの6番を演奏しました。
1977年8月27日ザルツブルク祝祭大劇場
マーラー 交響曲第6番 悲劇的
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニカー
オンエアーNHK-FM1977.12.14
第1楽章16分40秒
第2楽章12分45秒
第3楽章16分14秒
第4楽章29分42秒
このときの演奏でも、ものの見事にはずしたトランペットを聴くことが出来ます。生放送収録一発放送で修正は無しだったのでしょう。
(別の公演を思い出しました。1988年の日本公演で展覧会の絵の冒頭をはずしてしまったトランペット、生中継ではそのままどうしようもなかったのですが、後日の再放送では修正されておりました。修正したというアナウンスもはいってましたね。)
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ちょっとそれましたが、1977ザルツですべったトランペットはそのまま1979普門館でもすべったというわけです。
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ブラスに関してはベルリン・フィルは、ホルンのゲルト・ザイフェルトを除けば少し危ういところがあったのも事実。シカゴ交響楽団の完璧さには勝てない。鉄のかたまりのようなデイル・クレヴェンジャーはじめ、強力ブラスは世界広しといえどもシカゴより上はなかったと思う。そのシカゴは1977年日本初来日で爆演をくり広げた。
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ベルリン・フィルの良さというのは密度の濃さ、生きたアンサンブル、つまり、圧倒的に気持ちも力も込めた弾き、他のプレイヤーに耳を貸すアンサンブル、なのであって、スコア通りのシカゴとはちょっと違う。フリッツ・ライナー、ゲオルグ・ショルティのもと、その方向性が別の向いていたというにすぎないとは思うのですが。
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いずれにしても、デジャブを感じた普門館の公演でした。
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