この日は、静かな悪友S君と渋谷道玄坂、中腹右まがる百軒店の奥の今は駐車場になっている郷土料理磐梯山のカウンターでいつものとおりお酒を飲みながらクラシック音楽界の今後について談義をしていた。
まだ週初であるしここであまり盛り上がってしまうと週末に向けて調子を落としてしまうし、なにしろ仕事がはかどらなくなる。それに9月といえば、そろそろ芸術の秋、例年通り9月後半から海外演奏団体の来日ラッシュとなるわけだし体力温存ということでいつになく早めの21時頃切り上げた。
帰宅しテレビのスイッチをいれたらテレ朝のニュースステーションにかぶるようなかたちで速報の衝撃的な映像が映っていた。最初はなんのことかわからず、ワートレということは姿かたちでわかったのだが、CGのはめ込みフィクション番組でもやっているのだろうと感じた。しかしだんだん事態が飲み込めてくると今晩のお酒は冷めてきて目も醒めてきた。
そして呆然として放心しているさなかもう一つもやられた。唖然呆然から少し落ち着いてきて、あの高い階の壁に出来た飛行機の穴をどうやって修復工事するのか見ものだ。と変に冷静にクールになってきた。
しかし、その考えは打ち消された。ワートレは幾何学的に垂直に、あまりにも見事というほか言いようがないような瓦解が始まったのだ。まるで瓦解の形まで計算しつくしたような設計、鳥かご設計があだとなり完膚なきまで6000度のプレスが全てをブラックホール的圧力の中に押し込めた。
ジップコード10048のワンワールドが先にやられ、ツーにもすぐに突っ込まれた。先に突っ込まれたワンワールドのほうが衝突階が90階よりも上のほうであり、ツーの80階前後よりも高かった為か、あとで崩壊した。ファーストイン・ラストクラッシュ。
このあとのことは、マンハッタンは心象的にも夕暮感、ひなびた感が力なく漂うような気が今でもする。
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静かな悪友S
「あのお酒のあと大変なことになってたなぁ。」
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河童
「そうだね。いくら他国のこととはいえ、象徴的なものを失うというのは相手の意思があまりにも明確に感じられるし。それに崩壊の仕方が幾何学的すぎで作為的でさえある。」
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S
「お河童さんの事務所もあすこらあたりにあったのではないのかね。」
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河童
「そうだ。先に突っ込まれあとで崩壊した方の79階あたりだ。でも今は必衰のことわりどおり撤退していたから問題ない。というよりもそれ以前にカンパニー自体が盛者に食われ崩壊していたのだよ。時の流れ方が運命を変えたのかもしれない。」
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S
「そういうことか。でもそれなりの思い入れはあったわけだし、ショックではあっただろうね。」
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河童
「そうだね。ある部分、過去が消え去ったような感じかもしれない。マンハッタンのスカイラインはワートレが出来るときその景観に問題を呈した人もいたが、こうやって典型的なスカイスクレイパーがなくなってしまうと元に戻ったというよりも、落ち着きのないアンバランス感を感じる。最近はポスト・モダンの建築物に興味を抱くようになってしまった。みんなそれなりに心の平衡感覚をとりもどそうとしているのかもしれない。」
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S
「消し去れるもの、そうではないもの、いろいろとあるわけだね。」
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河童
「この写真は、その事務所から撮ったものらしい。ブルックリンブリッジもヘリにでも乗らない限りこの角度からは見れなくなってしまったわけだ。」
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イーストリバーを泳ぐ河童がブルックリンブリッジにたどり着いたところ。
北方向を望む。左がハドソンリバー。雲のじゅうたんに乗る河童。
おまけ。河童ハウスの47階から南方向の蒸し蒸し感。