河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

1094- 六本木古参鮨めぐり 桝よし はまもと 蔵六 脱線昔話

2010-10-23 12:02:26 | 六本木にて

この8月は六本木の寿司屋を歩いてまわりました。
金額は二人分です。
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●8/4(水)お寿司処 桝よし 19000
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●8/10(火)鮨 はまもと 21000
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●8/30(月)蔵六鮨 42000
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この3軒で一番食べ応えがあったのは桝よしです。
話を聞いたら、お河童さんが六本木で遊び始めた頃よりずーっと前からやっているみたいです。昭和四十何年からって言ってましたから。
雰囲気、賃料のかからない、お寿司の事だけに集中できていそうなお店でした。
おつくりからいただきましたが、とにかくデカイ。
ザク、ザク、ドカ、ドカ、です。
どこのオヤジも美人には弱いのでそのせいもあるでしょうけど。
それと、味も、そのまんま、という感じ。
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最近のラーメンってトッピングだらけ、やたらと値段が高いですよね。
お飾りだらけのラーメンはあんまり食いたいと思いません。
そんなときは、無地の東京ラーメンが一番。
そんな感じの寿司屋さんです。
昔話、といっても20~25年ぐらい前の話ですが、花が咲きました。
楽しかったですねぇ。ネット、食べログ、ほぼ無縁の世界です。
場所は俳優座裏通りです。
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はまもとは、2~3ヶ月に一度、行き当たりばったりで顔をだします。
夜中までというか朝までやっているので、使い勝手がいいですね。安心して夜中に顔を出せる雰囲気もありますし。ここも古くからあります。
ここ、昔、はまよし、って言ってた?
ビル階上にたしかシャンソンのお店があって一度拝聴した記憶があります。ごく昔、会社の部長と。
手前の小道を挟んだところに今はない大八ラーメン、向いが深淵の、纏鮨。
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このはまもとも永い。
四五年前に一度だけ、先代の女将?と、昔話で盛り上がったことがある。かなり古かった。
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ちなみにこの通りは
自称、お河童通り、
と言って、バブルのころは毎晩地固めしてました。
遠につぶれた山●証券の愚息と毎晩よく遊びました。
そのうちその息子はまた海外出張となり、それで晴れてお河童天下で、やっぱり一人で遊んでいたような記憶。
今思い出すと、なんで一人で遊んでいたのかな。よくわからない。
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このお河童通り、ハリントンとかニューヨーク・チェンバーって、いまだ健在ですよね。昔からありました。
バブリンの頃、ハリントンの一階のバーにウィスキーを4種キープしていたことがあったのですけれど、あれって、私ばかよね。
一番気に入っていたのが、スキットルのような形をしたグレイなエルジン。セメダインかコンクリートを飲んでいる感じで良かったですね。この当時、既に脳みそは溶解していたのかも。
ここのお店発のスタッフは今でもお付き合いさせていただいております。客は殺さず生かさずの典型的な良い事例でしょう。
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あと、一頃、魚芳というお店がビルの一階にありました。このビルはもっと前、確か一軒家の魚屋さんの残像があるのだが。
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一昔前には、ビルの二階にリンガフランカというイタリアンのお店がありました。半分、サッカーレストランみたいなところもありましたが、せわしなくないときは、小味のきいたイタリアンをしっかり食べましたね。ここ結構通いました。誰と?
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あと、お水の花道で使ったタトゥー東京は、全然その後の話です。どっちにしろ今はありませんけど。
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今はミッドタウンになっている防衛庁の正門には、深夜になればなるほど、タクシーの山でしたね。
電話で呼んでもかなり難しかったので、お店の人にブランド会社の名前でとってもらってました。
今は夜中にあくびして背伸びをするとタクシーが3台ぐらい寄ってきますからね。変われば変わるもんです。
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このお河童通り、閑散としていた時期もあったのですが、最近、また少しずつお店が出来てきました。
よく、隠れ家、などと言いますけれど、お河童さんにとっては暗闇に目隠しをされても言い当てられますゎ。
ここらへんの隠れ家食いもの屋さん、味的にはどうってことありませんので、隠れて悪いことをしたい人にはいいかもしれません。
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蔵六鮨も古いお店でたぶん三十年前後やっていると思います。ここの難点はいつ行っても高すぎること。纏鮨ほどではないと思いますけれど。
早い時間帯は同伴が多いですね。六本木の同伴族は、♂♀ともに鮨とかはあまり詳しくなくて、とにかく、いいものは高い、もっともそれも一理ありますので、そんな感じで楽しんでいるのでしょうか。
ボーナス時期になれば、同伴の♂が札を♀に散らかしていたのをみたこともあります。(千円札でしたけど)
カウンターが2個あるので、盛り上がりの時期もありますね。今はほんとたまにしか敷居を跨ぎません。
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その昔、ふった女がふるずっと前に、日本で子供の頃のどぐろを初めて食べたのがここの店だったの、みたいなお河童さんの弱点をまるで知っているかのような仕草でクロスされ、そのとき初めて入ったのですがあれは何年前だったのでしょうか。確かにうまくておいしくて、バリエーションに富み、いろいろと食しましたね。二人分で五万円オーバーでしたけど。
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結局のところ、ふったのは女の方ですよ。
お河童さんからふるなんてぇのはありえない。
いずれにしても昔話です。
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今、何の話を書いているのかわからなくなりました。
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六本木の続き話はまたいつかということで、
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(注:昔話は記憶だけで書いてます)

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