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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

勝岡寛次 『抹殺された大東亜戦争』

2005年11月25日 | 日本史
 日本人だけでなく、外国人にとっても、日本の愛国主義についてのわかりやすい入門・概説書の一つと言うことのできる著作であろう。直接にはそう断ってはいないがおそらくはバー・モウの日本人評、「この人たちほど人種によって縛られ、またその考え方においてまったく一方的であり、またその故に結果として他国人を理解するとか、他国人に自分たちの考え方を理解させるとかいう能力をこれほど完全に欠如している人々はない」という言葉(→2003年1月6日、鶴見俊輔『戦時期日本の精神史 一九三一―一九四五年』)を正面から受け止めた上での戦前日本の擁護だからである。そのため、ただの「だまっていりゃいい気になりやがって」式のヒステリー発作で都合の悪いことには頬被りというそこいらの代物と同列ではない。再読に耐える。
 しかしそれでも、この本で展開される日本擁護論が、1942(昭和17)年から1945(昭和20)年までの足かけ3年間一座を率いて中国大陸を巡業し、中国全土の前線で「むっつり右門」二千回の慰問講演を行い、現地の日本の軍官民の実態を具さに実見した嵐寛寿郎氏の、「根本がマジメやない、タテマエ立派でも、本音はけっきょく日本人の“王道楽土”や」(本日欄、竹中労『鞍馬天狗のおじさんは 聞書アラカン一代』、191頁参照)という批判に耐えられるかどうかについては、疑問あり。

(明成社 2005年9月)

▲「共同通信」2005年11月18日、「中国領事館に消火剤噴射 右翼名乗る男逮捕」
 →http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/aichi.html?d=18kyodo2005111801001881&cat=38&typ=t

 心が冷える。そんなことをして何になるというのであろう。
 こういう輩は中国の4月のデモで大活躍した過激反日活動家の奴らともども、武器を持たせてどこかの離れ小島へぶちこんで、全滅するまで殺し合いさせればいいのだと思う時がある。思う存分の暴力と流血の愉悦の裡に死ねるのだから、彼らもみな本望ではないのか。