ポポロ通信舎

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最後の空襲 熊谷

2021年01月09日 | 研究・書籍
年末年始の合間に『最後の空襲 熊谷』(社会評論社)を読みました。発行が昨年11月の新刊です。

熊谷空襲については3年前に当ブログでも紹介しています。

改めて思いますのに戦争終結の玉音放送が流れるその前夜、8月14日深夜から15日までの約1時間、米軍機B29による埼玉県熊谷市街への空襲があったのです。市街地の3分の2が焼かれ266名が亡くなったとあります。負傷者は3000人。

新事実、新証言もあり読み応えのある良い本が世に出されました。

熊谷出身の作家、森村誠一さん(当時国民学校生=小学生)は父親のとっさの判断に従って市内の星川から荒川に向かって逃げたといいます。もし星川に留まっていたら命はなかった。星川に浮かんだ死体の中には、思いを寄せていた女の子の姿も・・。この空襲の体験が、ものを書く方面に進んだ原体験であった、と氏は語る。

米軍機のパイロットの証言によればグアムから飛び立つ前に、ラジオでニューヨークがVJ(Victory Japan)を祝っていることを聞いていた。それなのに「我々は、なぜ熊谷に向かって出撃しなければならないのか」とする疑問を感じていたという。攻める側も、中止命令が出るのをひそかに待っていた飛行士たちもいたと思われる。

本書は戦禍の記憶と継承を次世代の若者に向け発信している。2部からは高校生たちによる空襲体験者たちからの取材を基にしてまとめた。証言者のお一人は「(終戦15日の)前日に明日は重大な話がある」と予告が入っていたと話す。


日本政府は中立国スイスに仲介を頼み、同国から米国に通告されたのは15日午前7時だった。なんとも戦争終結の日の最後の攻撃には不条理なものを感じます。

「戦争中、有能な人がみな大変な目に遭わされ、みすみす死んでしまって戦後残ったのはへなちょこばかり、政治家だっていまは酷いものですよね」

ぐさっと身につまされる証言です。
新春初読書。多くの人、特に若い世代に読んでいただきたい一冊でした。


写真:『戦災者慰霊の女神』像(熊谷市内 星川沿い)

 



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