ポポロ通信舎

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映画と小説で『天空の蜂』に刺され

2015年10月05日 | 映画・芸能

東野圭吾原作『天空の蜂』を映画と小説でみてみました。

映画では、前半のヘリコプターが自動操縦されそこに乗っていた少年の救出劇あたりの場面で、ひと眠りZZZ・・。その分後半はしっかり見ました。

この作品が、チェルノブイリ原発事故後ですが日本ではまだ大きな事故が表ざたになってはいない1995年の着想であったことは、すばらしいと思います。

原子炉の恐ろしさを予言

小説では、犯人からの最後のメッセージが詳細に記されています。
「今回の試みは我々からの忠告である。沈黙する群衆に原子炉のことを忘れさせない。その存在に気づかぬふりをさせてはならない。自分たちのすぐそばにあることを意識させそのことの意味を考えなければならない・・(略)・・原子炉は様々な顔をもっている。人類に対して微笑むこともあれば牙を剥くこともある。微笑みだけを求めるのは傲慢である・・(略)・・子供は刺されて初めて蜂の恐ろしさを知る・・ 天空の蜂」

翻って2015年の今、日本。私たちは、すでに原発震災を経験し原子炉のキバをむいた形相をはっきり見てとれました。子供ばかりでなく大人たちも蜂に強く刺され、その痛みその恐ろしさも十分に知らされました。

しかし、どうでしょう。3.11原発事故から4年半。のど元過ぎて熱さ忘れ「沈黙」してはいないでしょうか。何もなかったように「気づかぬふり」をしていることはないでしょうか。

 

天空の蜂 (講談社文庫)
東野圭吾 著

講談社

 

映画『天空の蜂』本編映像

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