ポポロ通信舎

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『特攻隊振武寮』 勇気ある証言の書

2009年08月26日 | 研究・書籍
出撃前は「軍神」と誉めたたえられ、不時着帰還後は「国賊」と罵倒され
終戦後は占領軍捜査の累を恐れられ人々から、一転「特攻くずれ」の
厄介者として嫌われる。

NHK TVスペシャル『学徒兵 許されざる帰還 特攻隊の悲劇』の原作本。
本書は、証言部分が元陸軍少尉、大貫健一郎氏、各証言ごとの解説を
渡辺考氏(NHKディレクター)が交互に著述して構成されている。

大貫健一郎氏は特別操縦見習士官制度の志願一期生(学徒出身)。
鹿児島知覧から、群馬太田・中島飛行機製の特攻機「隼」で沖縄に向う
途上、米戦闘機グラマン編隊に狙撃され煙を上げ徳之島に不時着する。
その後、生き残り特攻隊員専用の秘密収容施設「振武寮」(福岡市)で
軟禁状態になり連日、参謀将校から屈辱的な制裁を受ける。

ぜひ、みなさんにも一読していただきたく詳細を述べることは控えますが
特に印象に残ったことをひとつ書きます。

それは、最高責任者の某中将と、某参謀少佐のその後の生きざまだ。
(本書では実名で記されています)

「お前たちはすでに神である。最後の1機でワシはお前らの後を追う」
と豪語した中将は、戦後95歳まで生きた。この中将は手記で、特攻は
「自発的な行為」といい、「自決は自慰」と思い留まる、とまで言う。
この中将の長男は、中国戦線のマラリアがもとで帰国後24歳で死亡。
「私が死ぬ事で、少しは肩身が広げられますね」と亡くなる間際に中将
の父へ。また、次男は「父は自決すべきでした」ときっぱり。息子達の
方が聡明に育ったように感じる。

「貴様らなんで帰ってきたか!いかなる理由があろうと突入の意思が
なかったことは明白だ。軍人のクズ!人間のクズ!!」と連日罵倒の
限りを言いつくした参謀少佐殿は、
戦後、一橋大を卒業して印刷会社の社長を務める。特攻慰霊祭では常に、
でかい顔でいることに我慢ならなくなった特操出身者数人が、彼を呼び
出し締め上げようとするとすると真っ青になり「あの時は悪かった」と
詫びる一方。
こちらの方も高齢、平成15年にリンパ癌で亡くなるまで86年を生きる。

対照的だったのは、沖縄特攻隊の指揮官、宇垣纏司令官。終戦の15日、
玉音放送の後、夕刻、
「神州の不滅を信じ気の毒なれど、余のともを命ず、参れ!」と訓示し
12名の特攻隊員とともに沖縄の空めざし出撃。。


著者、大貫健一郎氏の長女は、ジンガーソングライターの大貫妙子

2009年7月第1刷発行

特攻隊振武寮──証言:帰還兵は地獄を見た──
大貫 健一郎,渡辺 考
講談社

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