ポポロ通信舎

(旧・ポポロの広場)姿勢は低く、理想は高く。真理は常に少数から・・

老いてこそ市民

2012年01月08日 | 研究・書籍

今年は元日早々に地震がありました。鳥島近海M7、群馬・東毛では震度4、福島県中通り、浜通りも4。1月2日から福島市のセシウム134、137の量が数倍に跳ね上がっているとの報告があります。4号機の不安要素は依然変わらず。市民の放射線監視体制を緩めることはできません。

さて、小田実がこの世を去って5年目の年となります。

「老いてくれば定年退職その他でいやおうなしに職能から離れる。しかし、それは彼、彼女が「市民」になったことでもある。老いには社会、国家の問題が集約的に集中してのしかかる。経済問題しかり、医療問題しかりーー 解決を年少の働く世代にだけ任せておけば、問題の解決はいつまでも官的であり企業的になる」

そして小田実はその解決を「市民が自ら動いてはじめてなされ得る。海外旅行に行くのもよし、ツボをつくるのもよし、しかしご同輩、「老」市民よ、今の世に中、あまりに憂い、怒ること多い。「老いてこそ市民」の自己認識の下、自ら動くべき」と鼓舞する。

私はこれまで小田実の著作は300冊以上も出ていたというのに、じっくり読んだことがなかった。今回、『戦争か平和か』で初めて彼の著書を手にしたことになります。小田の晩年の年齢に自分が近づいてきたことで、老市民に期待する彼の主張がよく理解できます。積年の体験を生かして市民予算案をつくり政治改革を迫る、それこそが「老いてこそ市民」の役割と小田は言う。

旅順、大連が租借地であった頃、関東軍はソ連軍が侵入してくると一目散に日本に逃げ帰った。情報を知らぬ開拓民は中国に取り残された。これは国家による「棄民」政策だった、との記述があります。同じようなことが今日、原発震災後に起きていないと言えるだろうか。もし小田実が今、3.11以降の日本の状況をつぶさに見ていたら何と感じ、そしてどのような行動をとっているだろうか。彼の遺志に少しでも沿うようなかたちでの市民の端くれでありたい、本書を読みながらそのようなことを思い浮かべました。

【写真】長女、なら誕生の時の家族写真、小田実53歳。

 

戦争か、平和か―「9月11日」以後の世界を考える (Somo‐somo sosyo)
小田実 著
大月書店
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする