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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■B-25の爆撃手 ジェコブ・ディシェイザー / 羽鳥頼和

2014年12月13日 | Weblog
2014/12/13放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。

 私の住まいからそれほど遠くない公園に名古屋空襲の記念碑があります。今日はその名古屋空襲の最初の爆撃をした B 25に乗っていた爆撃手 ジェコブ・ディシェスザーについてお話ししたいと思います。

 彼は真珠湾攻撃をきっかけに、日本人に復讐してやるという憎しみから陸軍航空軍に入りました。そして日本本土を空襲する作戦に参加したのです。彼は名古屋を爆撃しました。その時、彼の心は真珠湾の仕返しをしたという思いで爽快でした。しかし帰還する途中で飛行機が故障し、中国に不時着し、日本兵に捕らえられ、捕虜収容所に入れられてしまいました。その後、裁判を受け死刑判決を受けます。しかし後に無期懲役となったのですが、彼の日本に対する憎しみは今まで以上に燃え上がりました。しかしそれと同時に、子どもの頃、キリスト教会で、人間同士の憎しみをまことの兄弟愛に変えるのがイエス・キリストですと聞かされたことを思い出しました。そして不思議と聖書を読みたいと思うようになったのです。彼は一生懸命聖書を読みました。そしてイエス・キリストを信じたのです。新約聖書のローマ人への手紙10章9節のみことばが彼の心を捕えたのです。
 「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。

 クリスチャンとなった彼は憎んでいた日本のことを愛するようになりました。そしてアメリカに戻ると神学校で学んでキリスト教の宣教師となって日本にやってきたのです。先週お話した淵田美津雄は彼の自伝を興味深く読みました。二人は同じような道を歩み、クリスチャンとなった二人は出会い、互いに神による友情の絆を結びました。その後、ディシェスザーは1959年に名古屋で伝道を始めました。かつて爆弾を落とした名古屋にもう一度やってきた彼は、人を殺すためではなく、人に真のいのちを与えるためにやってきました。彼は謝罪の思いと名古屋の人々を愛する思いをもってイエス・キリストを宣べ伝えたのです。彼の始めた教会は今もそこにあります。

 明日は日曜日です。ぜひお近くのキリスト教会にいらしてください。

 (PBA制作「世の光」 2014.12.13放送でのお話より )
 
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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

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