♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して67年の
「世の光」を文字で 

■主のことばのとおりであった / 福井 誠

2019年06月12日 | Weblog
2019/5/8放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。
   継続は力なり。聖書を一日一日と読み進む毎に不思議にも自然と養われていくものがあるものですね。では今日も聖書を開いて参りましょう。今日は列王記第二4章44節から「主のことばのとおりであった」と題してメッセージをお伝えいたします。
 「そこで、召使いが彼らに配ると、彼らは食べて残した。【主】のことばのとおりであった。

 当時、神の預言者は社会の中で十分かつ正当な関心を持って取り扱われていなかったようです。神のみわざのために労し死んだ預言者の家族が生活苦に陥っていたエピソードが描かれています。しかしそれは旧約時代だけのお話ではありませんね。新約聖書の時代において使徒パウロはこう語っています。
 「みことばを教えてもらう人は、教えてくれる人と、すべての良いものを分かち合いなさい。」 (ガラテヤ人への手紙6章6節 )

 新約時代に於いても教会の働き人の生活に配慮すべきことは教えられなければなりませんでしたが、それは今日も同じです。エリシャは配慮と祈りを持ってそうした生活苦に陥っていた預言者の家族を助けました。この章に続いて描かれるシュネムの女の話も関連した内容ですねえ。彼女はしばしば訪れる預言者のために心遣いをし、休める部屋を提供しています。彼女は自身の富を正しく用いて、神の働きのためにすべてを投げ打ったエリシャの働きを支えたのです。

 最後に、同じように預言者たちに食料を分け与えるエピソードが描かれています。それは十分なものではありませんでしたが、神様は「与えなさい。それは十分であるばかりか、食べ残すであろう。」と語られるのです。何か新約聖書に書かれている五千人の人のお腹を満たしたイエスの二匹の魚と五つのパンの奇跡を思い出すようなエピソードですね。

 大切なのは、これらは神様を第一とし神様を覚えて歩むときに、必要なものはみな与えられることを物語っていることです。イエス様も言いました。「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」(マタイの福音書6章33節)と。

 神のもとに豊かさと力と勢いがあります。いつでも不足があったら神に期待し、神の助けと導きを求めるものでありましょう。

 では良き一週を祈ります

 (PBA制作「世の光」2019.5.8放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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