♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■自分のいのちを憎むもの / 関根弘興

2019年11月01日 | Weblog
2019/9/27放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。

 イエス様は私たちが生きていく上で大切なたくさんの教えをお語りになりました。
 その一つを紹介しましょう。ヨハネの福音書12章25節
 ヨハネの福音書12章25節
  「自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世で自分のいのちを憎む者は、それを保って永遠のいのちに至ります。
   
  これはどういう意味なんでしょうか。前回、ここで言われている「自分を愛する」ということの意味を説明しました。それは自分をいつも最優先にして生きるという生き方、いつも自分のことだけを考えて生きる生き方、そんな生き方を指しているんですね。イエス様はそのような自分本位な生き方は反(かえ)って自分の命を失う結果になるのだ、と教えられたんです。

 それでは「自分のいのちを憎む」ということはどういうことでしょうか。これは自分を嫌いになるとか、自分自身を粗末に扱うとか、自分の弱さを嘆き自己卑下するということではありません。ここでイエス様が言っておられる「自分のいのちを憎む」というのは、自分で自分の人生を握り締めて支配しようとするのをやめて、その手を離してイエス様にお任せするということです。つまりいつも自分に固執して自分が中心であるかのような生き方、自分が主人になるような言い方をするのではなくて、イエス様を人生の主と認め、仕えるという心を持って生きていく生き方へと変えられていく。その姿のことをイエス様はお話になったんです。なぜならそれはイエス・キリストの姿の中にも見られることだからです。
イエス様は、「人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのです。」(マルコの福音書 10章45節 )と言われました。

 イエス様は十字架でご自分の命を捨てるまでして、徹底的に私たちの救いのために仕えてくださいました。ですからペテロは、「キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残された。」(ペテロの手紙第一2章21節)と記しています。

 神様がまず私たちを愛して救い主イエス様を遣わしてくださいました。そしてイエス様が愛をもって仕える姿を模範として示してくださいました。このイエス様を模範として生きることが自分のいのちを憎むことであり、結果的に永遠のいのちの実を結ぶ祝福に繋がっていくんですね。

     (PBA制作「世の光」2019.9.27放送でのお話しより)

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