♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して68年の
「世の光」を文字で 

■竪琴のようにわななく / 福井 誠

2020年07月15日 | Weblog

2020/5/20放送
 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。継続は力なり、聖書を一日一日と読み進むなら不思議にも自然に養われるものがあります。今日も聖書を開いて参りましょう。イザヤ章16章11節から「竪琴のようにわななく」と題してメッセージをお伝えいたします。
 
 「 ・・・わたしのはらわたはモアブのために、わたしの内臓はキル・ヘレスのために、竪琴のようにわななく。

 イザヤは預言者としてイスラエルの国のみならず、その周辺諸国にも神のことばを伝えました。今日の箇所はイスラエルの東側に位置するモアブに対する預言です。キル・ヘレスは当時のモアブの首都ですね。この時代、モアブはイスラエル南王国に貢物を納める国でした。力関係はイスラエルの方が目立ったわけです。

 そこで神は「昼のさなかにも、あなたの影を夜のようにせよ。」(イザヤ書16:3 )とイスラエル南王国に呼びかけます。つまり昼はアッシリヤのことで、イスラエル南王国に強国アッシリヤの強い日差しにさらされたモアブをその日ざしから匿え、と言っている訳です。南王国の属国になっている限り彼らはアッシリヤに潰されることはない、と言うわけですね。

 しかしモアブはその神のことばに耳を傾けませんでした。モアブは驕(おご)り高ぶり、イスラエルの下にいることを拒みました。

 そこでイザヤはモアブが一夜の内につまづき倒れるとも預言するのです。自分の力を素直に認めることができれば良いものを、なかなかそうできないために頑ななままに滅びにつき進む不自由さが人間にはあるものですねえ。

 しかしこの預言で私が印象深く思うのは、そのような頑なな心を持った人間に心を痛める愛に満ちた神の存在です。神は言います。「わたしのはらわたはモアブのために、わたしの内臓はキル・ヘレスのために、竪琴のようにわななく。」 はらわたも内臓も人間の感情の座を象徴しています。神は頑なな人間に、ことばにならない、内側から込み上げてくるような悲しみを味わっているのです。神は救いたいと思う。けれども、人間が抵抗するなら救い出しことはできない。かくも人間に対して深く心を動かしておられる神がおられることを、ぜひ聖書を読んで知っていただきたいと思います。

 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2020.5.20放送でのお話より )

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  さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。 
  
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