ニュージーランドから便りがあった。女性の友人であるMさんからであった。
彼女は以前、ニュージーランドに住んでいたことがあった。
娘さんの子育てを応援するため、日本へ戻っていたらしい。子育てにキリがついたようだ。
私がまだ現役のチャキチャキだったころ、(とは言え、50歳は過ぎていたが)、北関東のある都市へ単身赴任していたことがあった。Mさんとはその頃、仕事場で出会ったのだ。
ほかにも多くの人たちとの出会いがあったが、カミさん共々のお付き合いが続いたのは、Mさんの他、Yさん、Aさん、Nさんたちであった。いずれも女性の方々である。
ニュージーランドからの便りには、Mさんが再び出発するにあたり、その彼女たちと食事会を開いたことが書いてあった。
「ご主人のお元気なことはブログで承知していたのですが、奥さんがお元気かどうか、みんなが気にかけておりました」
手紙の中に、カミさんに対する気遣いが記されていた。
しかも、「今度機会を作って、昼食会を開きましょう」と、嬉しいことが書いてあった。
それを伝えたら、カミさんも大喜びだった。そこには、20年前のカミさんの笑顔があった。
私にとって、彼女たちも戦友だった。変化の激しい時代、共に手探りで頑張った。
あれから20年余が経過した。
日本はさらに厳しくなってきた。しかも、先行きは不透明だ。いや、かなり暗い。
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