黒川弘務・東京高検検事長の定年延長問題は、ついに検察庁OBが国に改正「反対」の意見書を提出する事態になった。国家公務員のOBから、国政に対にてこれだけ公然と反対の声が上がるのは極めて異例で、それだけこの法案が問題だらけであることを示している。
どこかにこの意見書の全文がないか探したら、東京新聞が全文を掲載している。以下、ご紹介する。
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検察庁法改正案 元検事総長ら反対意見書の全文 ルイ14世の「朕は国家」想起(東京新聞)
◆一
東京高検の黒川弘務検事長は、本年二月八日に定年の六十三歳に達し退官の予定であったが、直前の一月三十一日、その定年を八月七日まで半年間延長する閣議決定が行われ、同氏は定年を過ぎて今なお現職にとどまっている。
検察庁法によれば、定年は検事総長が六十五歳、その他の検察官は六十三歳とされており(同法二二条)、定年延長を可能とする規定はない。従って検察官の定年を延長するためには検察庁法を改正するしかない。しかるに内閣は同法改正の手続きを経ずに閣議決定のみで黒川氏の定年延長を決定した。これは内閣が現検事総長稲田伸夫氏の後任として黒川氏を予定しており、そのために稲田氏を遅くとも総長の通例の在職期間である二年が終了する八月初旬までに勇退させてその後任に黒川氏を充てるための措置だというのがもっぱらの観測である。一説によると、本年四月二十日に京都で開催される予定であった第四回国連犯罪防止刑事司法会議で開催国を代表して稲田氏が開会の演説を行うことを花道として稲田氏が勇退し黒川氏が引き継ぐという筋書きであったが、新型コロナウイルスの流行を理由に会議が中止されたためにこの筋書きは消えたとも言われている。
いずれにせよ、この閣議決定による黒川氏の定年延長は検察庁法に基づかないものであり、黒川氏の留任には法的根拠はない。この点については、日弁連会長以下全国三十五を超える弁護士会の会長が反対声明を出したが、内閣はこの閣議決定を撤回せず、黒川氏の定年を超えての留任という異常な状態が現在も続いている。
◆二
一般の国家公務員については、一定の要件の下に定年延長が認められており(国家公務員法八一条の三)、内閣はこれを根拠に黒川氏の定年延長を閣議決定したものであるが、検察庁法は国家公務員に対する通則である国家公務員法に対して特別法の関係にある。従って「特別法は一般法に優先する」との法理に従い、検察庁法に規定がないものについては通則としての国家公務員法が適用されるが、検察庁法に規定があるものについては同法が優先適用される。定年に関しては検察庁法に規定があるので、国家公務員法の定年関係規定は検察官には適用されない。これは従来の政府の見解でもあった。例えば一九八一年四月二十八日、衆院内閣委員会において所管の人事院事務総局任用局長は、「検察官には国家公務員法の定年延長規定は適用されない」旨明言しており、これに反する運用はこれまで一回も行われて来なかった。すなわちこの解釈と運用が国法上定着している。
検察官は起訴不起訴の決定権すなわち公訴権を独占し、併せて捜査権も有する。捜査権の範囲は広く、政財界の不正事犯も当然捜査の対象となる。捜査権をもつ公訴官としてその責任は広く重い。時の政権の圧力によって起訴に値する事件が不起訴とされたり、起訴に値しないような事件が起訴されたりする事態が発生すれば日本の刑事司法は適正公平という基本理念を失って崩壊することになりかねない。検察官の責務は極めて重大であり、検察官は自ら捜査によって収集した証拠等の資料に基づいて起訴すべき事件か否かを判定する役割を担っている。その意味で検察官は準司法官とも言われ、司法の前衛たる役割を担っていると言える。
こうした検察官の責任の特殊性、重大性から一般の国家公務員を対象とした国家公務員法とは別に検察庁法という特別法を制定し、例えば検察官は検察官適格審査会によらなければその意に反して罷免されない(検察庁法二三条)などの身分保障規定を設けている。検察官も一般の国家公務員であるから同法が適用されるというような皮相的な解釈は成り立たないのである。
◆三
本年二月十三日衆院本会議で、安倍晋三首相は「検察官にも国家公務員法の適用があると従来の解釈を変更することにした」旨述べた。これは、本来国会の権限である法律改正の手続きを経ずに内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更したという宣言であって、フランスの絶対王政を確立し君臨したルイ十四世の言葉として伝えられる「朕は国家である」との中世の亡霊のような言葉をほうふつとさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない危険性を含んでいる。
時代背景は異なるが十七世紀の高名な政治思想家ジョン・ロックはその著「政治二論」(岩波文庫)の中で「法が終わるところ、暴政が始まる」と警告している。心すべき言葉である。
ところで仮に安倍首相の解釈のように国家公務員法による定年延長規定が検察官にも適用されると解釈しても、同法八一条の三に規定する「その職員の職務の特殊性またはその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分の理由があるとき」という定年延長の要件に該当しないことは明らかである。
加えて人事院規則十一-八第七条には「勤務延長は、職員が定年退職をすべきこととなる場合において、次の各号の一に該当するときに行うことができる」として、(1)職務が高度の専門的な知識、熟練した技能または豊富な経験を必要とするものであるため後任を容易に得ることができないとき、(2)勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の退職により生ずる欠員を容易に得ることができず、業務の遂行に重大な障害が生ずるとき、(3)業務の性質上、その職員の退職による担当者の交代が当該業務の継続的遂行に重大な障害を生ずるとき、という場合を定年延長の要件に挙げている。
これは要するに、余人をもって代えがたいということであって、現在であれば新型コロナウイルス感染症の流行を収束させるために必死に調査研究を続けている専門家チームのリーダーで後継者がすぐには見つからないというような場合が想定される。
現在、検察には黒川氏でなければ対応できないというほどの事案が係属しているのかどうか。引き合いに出される日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告逃亡事件についても黒川氏でなければ、言い換えれば後任の検事長では解決できないという特別な理由があるのであろうか。法律によって厳然と決められている役職定年を延長してまで検事長に留任させるべき法律上の要件に合致する理由は認め難い。
◆四
四月十六日、国家公務員の定年を六十歳から六十五歳に段階的に引き上げる国家公務員法改正案と抱き合わせる形で検察官の定年も六十三歳から六十五歳に引き上げる検察庁法改正案が衆院本会議で審議入りした。翌十七日、野党側が前記閣議決定の撤回を求めたのに対し菅義偉官房長官は必要なしと突っぱねて既に閣議決定した黒川氏の定年延長を維持する方針を示した。こうして同氏の定年延長問題が決着しないまま検察庁法改正案の審議が開始されたのである。
この改正案中重要な問題点は、検事長を含む上級検察官の役職定年延長に関する改正についてである。すなわち同改正案二三条(5)項には「内閣は(中略)年齢が六十三歳に達した次長検事または検事長について、当該次長検事または検事長の職務遂行上の特別な事情を勘案して、当該次長検事または検事長を検事に任命することにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由があると認めるときは、当該次長検事または検事長が年齢六三年に達した日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、引き続き当該次長検事または検事長が年齢六三年に達した日において占めていた官および職を占めたまま勤務をさせることができる(後略)」と記載されている。
難解な条文であるが、要するに次長検事および検事長は六十三歳の職務定年に達しても内閣が必要と認める一定の理由があれば一年以内の範囲で定年延長ができるということである。
注意すべきは、この規定は内閣の裁量で次長検事および検事長の定年延長が可能とする内容であり、前記の閣僚会議によって黒川氏の定年延長を決定した違法な決議を後追いで容認しようとするものである。これまで政界と検察との両者間には検察官の人事に政治は介入しないという確立した慣例があり、その慣例がきちんと守られてきた。これは「検察を政治の影響から切りはなすための知恵」とされている(元検事総長伊藤栄樹著「だまされる検事」)。検察庁法は、組織の長に事故があるときまたは欠けたときに備えて臨時職務代行の制度(同法一三条)を設けており、定年延長によって対応することはごうも想定していなかったし、これからも同様であろうと思われる。
今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力をそぐことを意図していると考えられる。
◆五
かつてロッキード世代と呼ばれる世代があったように思われる。ロッキード事件の捜査、公判に関与した検察官や検察事務官ばかりでなく、捜査、公判の推移に一喜一憂しつつ見守っていた多くの関係者、広くは国民大多数であった。
振り返ると、七六年二月五日、某紙夕刊一面トップに「ロッキード社がワイロ商法 エアバスにからみ四十八億円 児玉誉士夫氏に二十一億円 日本政府にも流れる」との記事が掲載され、翌日から新聞もテレビもロッキード関連の報道一色に塗りつぶされて日本列島は興奮の渦に巻き込まれた。
当時特捜部にいた若手検事の間では、この降って湧いたような事件に対して、特捜部として必ず捜査に着手するという積極派や、着手すると言っても贈賄の被疑者は国外在住のロッキード社の幹部が中心だし、証拠もほとんど海外にある、いくら特捜部でも手が届かないのではないかという懐疑派、苦労して捜査しても造船疑獄事件のように指揮権発動でおしまいだという悲観派が入り乱れていた。
事件の第一報が掲載されてから十三日目の二月十八日検察首脳会議が開かれ、席上、当時の神谷尚男東京高検検事長が「いまこの事件の疑惑解明に着手しなければ検察は今後二十年間国民の信頼を失う」と発言したことが報道されるやロッキード世代は歓喜した。後日談だが事件終了後しばらくして若手検事何名かで神谷氏のご自宅におじゃましたときにこの発言をされた時の神谷氏の心境を聞いた。「(八方ふさがりの中で)進むも地獄、退くも地獄なら、進むしかないではないか」という答えであった。
この神谷氏の国民信頼発言でロッキード事件の方針が決定し、あとは田中角栄氏ら政財界の大物逮捕に至るご存じの展開となった。時の検事総長は布施健氏、法務大臣は稲葉修氏、法務事務次官は塩野宜慶氏(後に最高裁判事)、内閣総理大臣は三木武夫氏であった。
特捜部が造船疑獄事件の時のように指揮権発動におびえることなくのびのびと事件の解明に全力を傾注できたのは検察上層部の不退転の姿勢、それに国民の熱い支持と、捜査への政治的介入に抑制的な政治家たちの存在であった。
国会で捜査の進展状況や疑惑を持たれている政治家の名前を明らかにせよと迫る国会議員に対して捜査の秘密を盾に断固拒否し続けた安原美穂刑事局長の姿が思い出される。
しかし検察の歴史には、捜査幹部が押収資料を改ざんするという天を仰ぎたくなるような恥ずべき事件もあった。後輩たちがこの事件がトラウマとなって弱体化し、きちんと育っていないのではないかという思いもある。それが今回のように政治権力につけ込まれる隙を与えてしまったのではないかとの懸念もある。検察は強い権力を持つ組織としてあくまで謙虚でなくてはならない。
しかしながら、検察が萎縮して人事権まで政権側に握られ、起訴・不起訴の決定など公訴権の行使にまで干渉を受けるようになったら検察は国民の信託に応えられない。
正しいことが正しく行われる国家社会でなくてはならない。
黒川氏の定年延長閣議決定、今回の検察庁法改正案提出と続く一連の動きは、検察の組織を弱体化して時の政権の意のままに動く組織に改変させようとする動きであり、ロッキード世代として看過し得ないものである。関係者がこの検察庁法改正の問題を賢察され、内閣が潔くこの改正法案中、検察幹部の定年延長を認める規定は撤回することを期待し、あくまで維持するというのであれば、与党野党の境界を超えて多くの国会議員と法曹人、そして心ある国民すべてがこの検察庁法改正案に断固反対の声を上げてこれを阻止する行動に出ることを期待してやまない。
元仙台高検検事長平田胤明▽元法務省官房長堀田力▽元東京高検検事長村山弘義▽元大阪高検検事長杉原弘泰▽元最高検検事土屋守▽同清水勇男▽同久保裕▽同五十嵐紀男▽元検事総長松尾邦弘▽元最高検公判部長本江威憙▽元最高検検事町田幸雄▽同池田茂穂▽同加藤康栄▽同吉田博視