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気分が落ち込むのは正常だが度を超すならば異常だ、と。

2022-10-15 08:39:22 | 読書ノート
ランドルフ・M.ネシー『なぜ心はこんなに脆いのか:不安や抑うつの進化心理学』加藤智子訳, 草思社, 2021.

  うつ病や依存症などの精神疾患を進化学で捉えなおすという試み。著者は『病気はなぜ、あるのか』をジョージ・C.ウィリアムズと共に書いた米国の精神科医であり、本書は20年ぶりの邦訳ということになる。原書はGood Reasons for Bad Feelings : insights from the frontier of evolutionary psychiatry (Allen Lane, 2019.)である。

  現代社会において不安やうつは解消すべき病気とされ、薬を使った治療の対象となる。著者はこの状況に異を唱え、不安やうつは病気のそものもではなく「症状」であり、「病気」に対する精神の正常な反応であると主張する。病気にあたるのはなんらかのライフイベント──目標の未達や欲望を満たせないことを自覚させるような出来事──であり、不安やうつはそれに対する精神の防御反応にすぎない、あたかも風邪ウイルスに対抗して体温が上昇するがのごとし、と。

  ただし、不安やうつのすべてが正常であり何の問題もないのだ、と著者は言いたいわけではない。日常生活を長期に困難にするようなうつ状態は、やはり異常であるとする(同時に、平均的な人間ならば悲劇だと感じるようなライフイベントが身に起きても「まったく何も感じない」ような精神状態もまた異常だとする)。したがって、精神科医が知るべきなのは、うつや不安を引き起こした患者のライフイベントであり、またそれに対する反応が度を越したものになっていないかどうかという点である。

  以上が前半の骨子となる。後半は、不安やうつの進化的な役割や、統合失調症などの精神疾患の遺伝子がなぜ淘汰されずに生き残ってきたのかについて議論する。いくつかの説を検討・整理して、著者自身の仮説を提示するというパターンで話が進む。心が脆いのは、知的な能力を高めた結果の副産物らしい。が、この説の正否については今後の検討待ちである。

  著者の精神科医としての臨床経験を交えての論述で、長いけれども面白く読める。薬を処方するよりも患者に原因となる出来事を吐露させるのが精神科医の仕事だというのは、読んでいてフロイトを思い起こさせる。米国の精神医学界ではフロイト派は非科学的とみなされて追放状態らしいが、著者は本書でフロイトの考えを再評価している。
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