マルコム・グラッドウェル 『第1感:「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』(光文社未来ライブラリー) , 沢田博, 阿部尚美訳, 光文社, 2022.
"Blink: The Power of Thinking Without Thinking" (Little, Brown, 2005)の文庫版。『急に売れ始めるにはワケがある』と『天才』の間に発表された著者の二作目で、むかし2006年の邦訳版を途中まで読んで放置していたのだが、あらためて通読してみた。いつもながら世間では知られていない事例や研究を引っ張ってきて巧みに構成しており、面白く読ませる。だが、直感を働かせることで上手くゆくときと失敗するときがあって、なぜそうなるのかの判断基準は示されないまま終わり、もどかしくなる。エピソードを楽しむものなのだろう。
橘玲, 安藤寿康 『運は遺伝する:行動遺伝学が教える「成功法則」』(NHK出版新書) , NHK出版, 2023.
遺伝をめぐる対談本。安藤寿康は行動遺伝学の第一人者でかつ橘玲もこの領域にかなりの理解がある。また遺伝という主題がデリケートである。これらの理由のために、対談本ながらけっこう難解である。先にそれぞれの単著となっている新書を読んで、その補足として読むべき内容となっている。くれぐれも入門書だと思わないように注意すべし。興味深かったのは橘玲の「保守思想の持主は言語能力が低い傾向があるが、全体としての知能が低いわけではない」という説(p.163)。これは保守云々ではなく、理系男子の特徴ではないだろうか。そして、言語能力の高い女性からは彼らが馬鹿に見えてしまうという。
清水俊史 『ブッダという男:初期仏典を読みとく』(ちくま新書) , ちくま書房, 2024.
信頼できる典拠に基づいてブッダの実像を描くという内容。ブッダは、平和主義者でも平等主義者でもなく、輪廻転生を否定したわけでもない。これらの点では、古代インドの常識の範囲内にあったという。ではブッダの教えの何が新しかったのか?煩悩を消失させることで「業」を不活性化させることができると主張したことだという。この要約だけでは「はあ?」と思うかもしれないが、ここは古代インドにおいて仏教と争った他の宗教の主張と比較しないとその意義がよくわからないところだ。そしてそこを本書は初学者に分かりやすく説明してくれている。しかしながら、読んだ後で「仏教って輪廻転生を信じない現代人には意味がない」という考えが湧きおこるのは避けられない。本文部分よりも、仏教学会におけるパワハラ事件を記したあとがきのほうに本書の重要性があるかもしれない。
河田雅圭『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか?:進化の仕組みを基礎から学ぶ』(光文社新書) , 光文社, 2024.
進化論の現状を一般読者に伝えることを目的としているはずの書籍だが、新書にしては議論がけっこう高度である。これは著者がアナロジー的説明の曖昧さを廃して遺伝のメカニズムから進化を正確に説明しようとしているから。この道に入門したい初学者向けであると考えたほうが適切だろう。書籍中では「種が生き残るために遺伝子の多様性が必要だ」といった言説に見られる、「種」概念や遺伝の単位の混乱、因果関係の誤解について丁寧に指摘してくれる。
トム・フィリップス 『メガトン級「大失敗」の世界史』(河出文庫) , 禰冝田亜希訳, 河出書房, 2023.
世界史エピソード集。結論は説得力がなくて、著者は「人間は先を見通せない馬鹿だから、あまり環境をいじったりしてはダメだ」という。石器時代からの人類の発展は評価しないわけ?と問いたくなる。ただし、結論はとってつけたようなものにすぎず、環境改変に関するトピックは全体の1/4ぐらいで、残りのすべては人間関係や社会における失敗を扱っている。なので、説教臭い部分は無視して、笑える歴史小ネタ集として暇つぶしに読めばいいと思う。
小杉泰・林佳世子編『イスラーム 書物の歴史』名古屋大学出版会, 2014.
イスラム世界における書物史。15人の日本人研究者による全22章のアンソロジーである。中国からの製紙法伝播、アラビア文字の形成、書籍の製作、イラン・トルコ・インドの書籍文化、書籍の保管と流通、などを主題とした論考が収録されている。写本研究の困難と愉しさを語るエッセイもある。長い間イスラム世界では写本が重視され、印刷本は19世紀に至るまで普及しなかったそうだ。その理由はさまざまあるが、単純化すれば印刷本に対する需要が無かったということらしい。生産・流通・保管に関連する箇所を読んだ限りでは、読書が一握りのエリート層の文化という枠を超えられなかったという印象である。
"Blink: The Power of Thinking Without Thinking" (Little, Brown, 2005)の文庫版。『急に売れ始めるにはワケがある』と『天才』の間に発表された著者の二作目で、むかし2006年の邦訳版を途中まで読んで放置していたのだが、あらためて通読してみた。いつもながら世間では知られていない事例や研究を引っ張ってきて巧みに構成しており、面白く読ませる。だが、直感を働かせることで上手くゆくときと失敗するときがあって、なぜそうなるのかの判断基準は示されないまま終わり、もどかしくなる。エピソードを楽しむものなのだろう。
橘玲, 安藤寿康 『運は遺伝する:行動遺伝学が教える「成功法則」』(NHK出版新書) , NHK出版, 2023.
遺伝をめぐる対談本。安藤寿康は行動遺伝学の第一人者でかつ橘玲もこの領域にかなりの理解がある。また遺伝という主題がデリケートである。これらの理由のために、対談本ながらけっこう難解である。先にそれぞれの単著となっている新書を読んで、その補足として読むべき内容となっている。くれぐれも入門書だと思わないように注意すべし。興味深かったのは橘玲の「保守思想の持主は言語能力が低い傾向があるが、全体としての知能が低いわけではない」という説(p.163)。これは保守云々ではなく、理系男子の特徴ではないだろうか。そして、言語能力の高い女性からは彼らが馬鹿に見えてしまうという。
清水俊史 『ブッダという男:初期仏典を読みとく』(ちくま新書) , ちくま書房, 2024.
信頼できる典拠に基づいてブッダの実像を描くという内容。ブッダは、平和主義者でも平等主義者でもなく、輪廻転生を否定したわけでもない。これらの点では、古代インドの常識の範囲内にあったという。ではブッダの教えの何が新しかったのか?煩悩を消失させることで「業」を不活性化させることができると主張したことだという。この要約だけでは「はあ?」と思うかもしれないが、ここは古代インドにおいて仏教と争った他の宗教の主張と比較しないとその意義がよくわからないところだ。そしてそこを本書は初学者に分かりやすく説明してくれている。しかしながら、読んだ後で「仏教って輪廻転生を信じない現代人には意味がない」という考えが湧きおこるのは避けられない。本文部分よりも、仏教学会におけるパワハラ事件を記したあとがきのほうに本書の重要性があるかもしれない。
河田雅圭『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか?:進化の仕組みを基礎から学ぶ』(光文社新書) , 光文社, 2024.
進化論の現状を一般読者に伝えることを目的としているはずの書籍だが、新書にしては議論がけっこう高度である。これは著者がアナロジー的説明の曖昧さを廃して遺伝のメカニズムから進化を正確に説明しようとしているから。この道に入門したい初学者向けであると考えたほうが適切だろう。書籍中では「種が生き残るために遺伝子の多様性が必要だ」といった言説に見られる、「種」概念や遺伝の単位の混乱、因果関係の誤解について丁寧に指摘してくれる。
トム・フィリップス 『メガトン級「大失敗」の世界史』(河出文庫) , 禰冝田亜希訳, 河出書房, 2023.
世界史エピソード集。結論は説得力がなくて、著者は「人間は先を見通せない馬鹿だから、あまり環境をいじったりしてはダメだ」という。石器時代からの人類の発展は評価しないわけ?と問いたくなる。ただし、結論はとってつけたようなものにすぎず、環境改変に関するトピックは全体の1/4ぐらいで、残りのすべては人間関係や社会における失敗を扱っている。なので、説教臭い部分は無視して、笑える歴史小ネタ集として暇つぶしに読めばいいと思う。
小杉泰・林佳世子編『イスラーム 書物の歴史』名古屋大学出版会, 2014.
イスラム世界における書物史。15人の日本人研究者による全22章のアンソロジーである。中国からの製紙法伝播、アラビア文字の形成、書籍の製作、イラン・トルコ・インドの書籍文化、書籍の保管と流通、などを主題とした論考が収録されている。写本研究の困難と愉しさを語るエッセイもある。長い間イスラム世界では写本が重視され、印刷本は19世紀に至るまで普及しなかったそうだ。その理由はさまざまあるが、単純化すれば印刷本に対する需要が無かったということらしい。生産・流通・保管に関連する箇所を読んだ限りでは、読書が一握りのエリート層の文化という枠を超えられなかったという印象である。