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英国の学歴事情の書、職人とケア労働の復権を訴える

2023-10-16 10:42:05 | 読書ノート
デイヴィッド・グッドハート『頭 手 心:偏った能力主義への挑戦と必要不可欠な仕事の未来』実業之日本社, 2022.

  英国社会論。大卒者の過剰と、職人やケア労働者の不足と低賃金を批判する内容である。著者はパブリックスクールを出た大卒者で、労働党寄りの左派ジャーナリストとしてキャリアを積んできたとのこと。原書はHead Hand Heart : The struggle for dignity and status in the 21st century (Penguin, 2020)である。

  英国では20世紀末あたりから、人間の評価が大卒歴で表される認知能力の高さのみに偏り、一方で熟練を要する仕事の地位が低下した。また、ケア労働はもともと高い評価を得てこなかったが、かつてはそれに従事してきた能力ある女性が大卒者となって別の賃労働に就くことによって、より軽視されるようになっているという。

  とはいえ、この傾向が長く続くはずはないというのが著者の見立て。もうすでに過剰となった大卒者たちの一部は期待したような職に就くことはできなくなった。彼らはかつて中等教育修了者が従事していた仕事に就くようになっている。そのような大卒者は、自分の仕事に誇りを持たずかつ熱心でもないが自分を正当化する弁舌だけは一丁前で、一方で学歴はないけれども技能も熱意もある年配の労働者を追い出してゆく。このため有害だという。

  このような認知能力に傾き過ぎた社会の風向きを変えて、ケア労働や熟練労働者にも十分報いる社会を再建しようというのが著者の提言となる。

  以上。どのような方法で著者の理想の社会を実現するのかについては議論されていない。推定すれば、政策的にはダニ・ロドリックの言うようなグルーバル化を止める方向になる(参照)と考えられる。ある程度の豊かさや便利さを捨てて、国民国家を守るというような。一方で、英国の金融エリートはそのような政策を支持しないだろう。というわけでなかなか実現は難しいように思える。

  なお、邦訳で異様に感じたのは、表紙にも標題紙にも訳者の名前が表示されていないこと。奥付を見てやっと「外村次郎」という人が訳者であることを確認できる。

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