なんの意味もない沖縄識者たちの尖閣論




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12日、尖閣諸島をめぐって、緊迫が深まる現状について平和的な解決方法を模索しようと、沖縄大の土曜教養講座「尖閣諸島の自然と歴史」(主催・沖縄大地域研究所)が開催され、識者討論会があった。
ディスカッションで専門家らは、尖閣諸島を軍事的緊張の火種にしないために「領土問題に固執しない」との基本認識を確認したという。

私が若い頃、学校は「聖域」であり政治が介入するべきではないということを共産党や社会党などが盛んに主張していたことを思い出す。昔は学校は政治も警官も市民も介入できない社会から隔離した治外法権のような存在であった。
今もその影響は強い。
大学の「聖域」を壊したのが小泉首相であった。小・中・校の「聖域」を壊し始めているのが橋下市長である。

「尖閣諸島を軍事的緊張の火種にしないために『領土問題に固執しない』との基本認識を確認した」という識者たちの考えを読んで、頭に浮かぶのが大学「聖域」論である。
沖大は現実からかけ離れた「聖域」の世界に住んでいる学者たちが現実を軽視して我がままな自論を話す空間であるようだ。現実から離れた「聖域」に住んでいる識者たち理論だから、その理論は現実にはなんの役にもたたない代物である。

上里賢一琉球大名誉教授は講演で、「領有権を主張し合えばぶつかり合いになる。ぶつけ合うのではなくて、いかに克服するかが大事だ」と話した。
もっともなようであるが「聖域」の住人の現実離れした意見である。

なぜ領有権を主張し合うのか。中国はどのような理由と目的で尖閣の領有権を主張しているのか。台湾はどうか。日本はどうか。その原因を知らない限り、問題の解決方法は見つからない。
尖閣紛争の原因を知らない限り領有権争いの解決の糸口は見つからない。肝心なのは原因を追究し分析することである。その段階でも専門家たちの意見は分かれ白熱した議論が展開されるだろう。

「領有権を主張し合う」原因を解明することもなく、「ぶつけ合うのではなく、いかに克服するかが大事だ」には苦笑してしまう。
「ぶつけ合う」ことを避けることができるのかできないのかを解明しないで、「ぶつけ合うのではなく、いかに克服するかが大事だ」なんて言うことが滑稽である。

問題解決に向けては「固有の領土」という考え方に固執しない基本認識が大切と上里賢一琉球大名誉教授と話した。上里賢一琉球大名誉教授は国家論の基本の基本さえ理解していない。現代国家は固有の領土があって初めて存在することができる。固有の領土がないのに国家が存立することあり得ない。
固有の領土を主張するのは現代国家の本質だ。
だからどの国家も領土問題を争っている。

民主主義国家どうしは政治決着を目指す。しかし、共産党独裁国家は武力で決着することも厭わない。
韓国と日本が竹島問題で武力衝突する可能性はとても低い。しかし、武力衝突を辞さない共産党独裁国家中国はフィリピン、ベトナムから武力で領地を奪っている。尖閣でも武力衝突を臭わせている。

国家の本質を知り、中国の実態を理解すれば、「固有の領土」という考え方に固執しない基本認識が大切なんて言えるものではない。
しかし、現実からかけ離れた「聖域」の住人たちはそんなことを平気で言う。
「聖域」の住人どうしはそんなことを話し合い納得するだろうが、それは「聖域」の中だけで通用するもので、「聖域」から抜け出て「現実」に入ったら全然通用しない。

新崎盛暉沖縄大名誉教授は、問題のキーワードとして、「領土論」に代え、歴史的に漁業などで人々が関わってきた「生活圏」の考え方を提起した。

歴史を遡りすればするほど、国家の存在は薄れていき、生活圏が浮上していく。原始生活時代は国家は存在しなかった。移動生活だけがあった。人々は畑をつくり定住するようになる。定住し人口が増えると争いが起こり、争いをなくすためにリーダーや約束ごとを決めていく。人口が増え、生活空間が大きくなると国ができる。

新崎盛暉沖縄大名誉教授のいう「生活圏」というのは人口が少なく争いが少なかった原始社会のことを指している。現代の尖閣には原始時代の「生活圏」は存在しない。もし、尖閣を原始社会と同じような国家の法が及ばない「生活圏」にしたら、無法地帯の尖閣は実力主義社会になり、実力がある中国漁船団が尖閣を支配して日本の漁師は締め出されるだろう。
そして、中国が尖閣を領土にしてしまうだろう。
「聖域」の住人はこんな見え見えのことさえ見えないのだ。

「尖閣で武力衝突が起きれば沖縄が戦場にならざるを得ない」「戦場になるか、平和を割り出す場になるか沖縄は選択に迫られている」という新崎名誉教授の頭は大丈夫かと思ってしまう。

自衛隊は26万人いる。中国と戦争になれば米国は日本と一緒に戦う。しかし、尖閣で本格的な戦争になれば、沖縄が戦場になるより一気に日本全土が戦場になる。ミサイルが飛び交う。日本も中国も破滅する。沖縄うんぬんの問題ではない。

尖閣問題は中国と日本の国レベルの問題であり、沖縄レベルの問題ではない。沖縄に政治選択する道はない。「戦場になるか、平和を割り出す場になるか沖縄は選択に迫られている」という「聖域」の住人の現実離れした考えにはあきれてしまう。

「政権同士の対話ではなく、周辺国の市民レベルの相互交渉に日頃から努力すべき」と新崎名誉教授は主張した。しかし、主張した新崎名誉教授は市民レベルの相互交渉が可能かどうか、市民レベルの主張が尖閣で実現する確率が何パーセントであるかには言及していない。

尖閣で日本、中国、台湾の漁師が国家レベルの約束もなしに自由に漁をしたら必ず争い事が起こり、武力で実力あるものが支配するようになる。

識者たちのいう「尖閣」は沖大の中の聖域世界だけで存在する尖閣であり、現実の尖閣ではない。沖大から一歩も外に出ていけない尖閣論である。
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