F1[16] ベルギーGP 決勝

決勝に明るい展望が持てていたハズのフェラーリが……F1ベルギーGP決勝。

もうちょっとロズベルグが苦しむかと思いきや

ハミルトンが規定数を超えるパワーユニット(PU)を投入したコトにより最後尾スタートとなったこのレース、ロズベルグにとっては「勝つコトが必須条件」といってもいい一戦でしたが、予選では思いの外フェルスタッペンやフェラーリとは僅差となってしまいました。

ひょっとしたら決勝もなにかあるのでは……と思ったりもしましたが、ロズベルグに関しては非常に危なげなく勝てちゃった感じ。なにせスタート直後の1コーナーで最大のライバルであると思われたフェルスタッペンとライコネン、ベッテルがまとめて接触して順位を落としてしまったワケで……。

あの接触は3人ともに言い分があるでしょうし、「誰が悪い」とも断定しづらい接触だったように思います。フェルスタッペンのインへの飛び込みが強引だったと言われれば「確かにリスク高いけどペナルティ喰らうほどのモノとも思えない」という印象。コーナー手前でインがあれだけ開いてれば、そりゃレーシングドライバーは飛び込んでいくでしょう。

ただ、その後ケメルストレートでフェルスタッペンがライコネンに対して見せた動きは危ないな、とは思いましたね。めちゃくちゃスピードが出てるところだし。フェルスタッペン自身、1コーナーの件でフェラーリに対してやや感情的になっていたきらいがあり、この辺は悪い意味で若さが出てしまった印象。こういうところがフェルスタッペンの印象を悪くしちゃうんだよな、と思いつつも、スパに詰めかけたマックス・ファン達にとっては恐らく些末なコトでしょう。

その後バーチャルセーフティカーが出たり、マグヌッセンが大クラッシュを起こしセーフティカー⇒赤旗中断になったりと波乱のレースとなりましたが、ロズベルグは落ち着いてトップを守りきった感じですね。赤旗再スタート時にミディアムに履き替え、ソフトタイヤのリカルドとのペース差が気になったりもしましたが、そこもきっちりと差を付けてましたし。

ハミルトン大勝利

しかし一方でハミルトンも最後尾からアロンソと共にミディアムタイヤでスタートし、セーフティカー⇒赤旗中断のタイミングにも助けられ気がつけば3位フィニッシュ。これ、ハミルトンに取ってみれば勝ちに等しい3位ですね。このレースでハミルトンは新しいエンジンを3基投入(FP1でひとつ投入、FP2前に換装して2つ目投入、FP3前に換装して3つめ投入)したというコトで、これでシーズン最後まで乗り切る算段でしょう。

メルセデスはこのベルギーで5トークンを使用したPUアップグレードを行っており、残りトークンは6。今シーズン中にもう一度アップグレードが行われる形になりそうですが、当然それはハミルトンは使えない形になるワケですね。それがハミルトンにとってどれくらいのマイナスになるかはなんとも言えませんが、しかし今回のベルギーで3位フィニッシュできたコトを考えれば、結果オーライというコトになるんでしょうね。

なにせ、ハミルトンはこのレース終えてもロズベルグに9ポイント差付けてチャンピオンシップのトップに立ってるんですから。

低迷するウイリアムズ

今回のレースではフォースインディアの2人が4-5フィニッシュを飾り、コンストラクターズポイントではウイリアムズを上回る形に。どちらもメルセデス・カスタマーなだけに負けられない思いがあるんでは無いかと思いますが、まーウイリアムズにしてみれば面白くないでしょうねぇ。

フォースインディアの強みは2人のドライバーが揃ってコンスタントにポイントを稼いでいるところでしょう。一方で、ウイリアムズはマッサの不振が深刻かも。振り返ってみると、開幕からスペインまでは好調だったのに、モナコ以降は3ポイントしか稼げていません。

とはいえ、ボタスもカナダの3位以降はずるずると成績が下降しているので、ウイリアムズがシーズン中盤戦のアップグレードに失敗している、というのが一番大きな問題なんでしょうけど。

それでもチームにしてみれば「マシンが全部悪い」とは言いたく無いんでしょう。ここんとこ、バトンのような実績のあるドライバーへの興味を隠そうとしていないのは、マッサに対するプレッシャーでもあるんでしょうねぇ。しかしなんか、バトンとマッサが2人とも今シーズン限りでF1を去っても不思議じゃないような雰囲気でもありますが……。

そのほか

マクラーレンはQ3に進出したバトンがウェーレインに追突されてあっさりリタイヤしてしまった一方で、アロンソが最後尾から7位フィニッシュに持ち込むという奮闘。パワーサーキットであるスパでここまでやれたのは大きいですね。ハミルトン同様にミディアムタイヤでのスタートと、その後のレース展開が上手くハマったという感じでもありますけど。それでも、メルセデスPUを積んだウイリアムズを後ろに従えてのフィニッシュというのは悪く無いです。

大クラッシュを喫したマグヌッセンは特に目立った怪我はないようで、次戦モンツァの出場も問題無くできそうというコトで一安心。見た感じ、ラディオンの左側の縁石外側にあるグリーンにタイヤが乗った瞬間フロントが右に流れ、そこにカウンターを当てた瞬間マシンが左回りにスピン、後ろからバリアに激突したという流れでしょうか。

Race Huge Magnussen crash brings out red flags at Spa(動画)

にしても、激突の衝撃でドライバーの頭部を保護するハズのプロテクターがすぽーんと外れて飛んでってしまっており、これ正直どうなのよと思ったりしますが。ドライバーが乗り降りする際に取り外しがしやすいよう、ピンで留めてあるだけですしね、アレ。

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F1[16] ベルギーGP 予選

諸般の事情によりさらっと。夏休み明けのF1ベルギーGP予選。

ロズベルグ大丈夫?

ハミルトンがパワーユニット(PU)のコンポーネントを上限を超える形で投入し、最後列スタートがほぼ確定した状態での予選。しかし、ここはきっちり勝っておきたいロズベルグがFP3では7番手という冴えないタイムで終わっていたのが少々気がかりでした。

……が、フタを開けてみればQ1は全車中唯一ソフトタイヤでクリア、Q2でも決勝でのタイヤデグラデーションを見据えてソフトタイヤでベストタイムを記録し、Q3でもポールポジションを獲得。なんだFP3ではなんかパワーをセーブしてたりしてたのか?と思ったりもしたんですが、どうも記者会見のコメントを聴いてた感じでは実際調子悪かったみたいですね。

Q3でのタイム差も、ここスパの長さを考えるとかなりの僅差と言えますし。決勝も、案外楽ではない展開になる?ハミルトンが後ろからのスタートなので、トップ争いは退屈なモノになるかと思ってましたが……さて。しかし、ハミルトンも最後尾からどこまで追撃してくるかは楽しみですね。

アロンソ大丈夫?

ホンダは今回7トークンを使用した新PUを投入したとのコトで、その甲斐もあってかバトンが予選9番手を獲得。この全開率の高いコースでのシングルグリッド獲得は上々の結果。

しかし一方で、アロンソが散々過ぎました。金曜日には投入したばかりの新型PUに水漏れが見つかり3周で全コンポーネントを交換する羽目になり(今回の改良とは無関係なトラブルのようですが)、そしてQ1では早々にマシントラブルでコースサイドにマシンを止めてしまい、ノータイムという結果に。

どうもマクラーレン、全体的にトラブル多すぎ。これでは仮にホンダPUが来年メルセデスに匹敵するようなパワーを手に入れられたとしても、シーズン通して優勝争いできるとは思えないんですけども。今回バトンが悪く無い走りを見せていただけに、余計にアロンソのトラブルが残念でした。……アロンソ、いつまで我慢してくれるかなぁ……。

そのほか

そういや、今回のレースからマノーのハリアントがエステバン・オコンに後退しましたが、彼もメルセデスの育成ドライバーというコトで、最早完全にマノーがメルセデスのジュニアチームと化した感がありますね。しかしまーそれによって有望な若手ドライバーが起用できるんだから、マノーに取っても悪く無い話なのかもしれませんが。オコンも初めての予選でクビアトとエリクソンを食ってるワケですしね。あのマノーのマシンで。

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週末に関ヶ原をぶらぶら 後編 ~烏頭坂/島津豊久の墓・石田三成・宇喜多秀家陣跡

※この記事は、週末に関ヶ原をぶらぶら 前編 ~小早川秀秋・脇坂安治・大谷吉継陣跡の続きです。

大谷吉継陣跡~松尾山

烏頭坂・島津豊久の墓

大谷吉継の陣跡からクソ暑い中を松尾山まで歩いて戻り、程よくサウナ状態になったクルマをエアコン全開にしながら次の目的地へ。そんなワケで、6年ぶり(⇒ 聖地巡礼:『ドリフターズ』より烏頭坂~島津塚)に烏頭坂に来てみました。島津豊久が「捨て奸」した場所ですね。
烏頭坂

松尾山の駐車場からは結構近いですし、ここ。秋には『ドリフターズ』のアニメもやるみたいですし。ついでだから行っとこうと。島津の幟と豊久の碑は6年前と変わらないままでした。
烏頭坂

しかし、この場所も相変わらずこれといって案内標識とか出てなくて分かりづらい場所ですね。実は関ヶ原のインターからすごく近い場所だったりします。

で、せっかくなのでそのままクルマを南へ走らせて、隣の大垣市上石津町にある島津豊久の墓へ。捨て奸で深手を負った豊久がここまで落ち延び、自害したとも言われてる場所。 盆明け間もなかったせいもあるのか、そこそこ新しそうな花が飾られていました。
島津豊久の墓

ここも6年前と変わらず場所がすごくわかりにくい所なんですが、関ヶ原から国道365号をひたすら南下して、「上多良」の交差点を右折して道なりに行くのが一番わかりやすいかもしれない。右手側に見える標識が目印なんだけど、注意してないと見落としますねコレは……(⇒ ストリートビュー)。

しかし、大谷吉継の墓もそうだったんですけど、こういう林の中にひっそりとあるお墓ってすごく神聖な感じがしますね。合掌。

笹尾山(石田三成陣跡)

再び関ヶ原に引き返して、石田三成陣跡である笹尾山へ。『ドリフターズ』原画展の時にも来てるので、ここに来るのは3度目でしょうか。
笹尾山(石田三成陣跡)

結構広い駐車場もあって散策の拠点にするにも良い場所なんですが、それにしても結構たくさんの人とクルマが居ました。なんだかんだで、『真田丸』効果で治部殿の人気が上がってるんでしょうか。徳川屋敷襲撃のお話は見てて気の毒になってきましたけど。

なんやかんやで関ヶ原の戦いでもいろいろヒドイ目にあってしまいますが(ていうか逃走したところを捕縛され生き晒し⇒市中引き回しの上六条河原で斬首⇒晒し首のフルコースだったそうですが)、それはさておき笹尾山はすぐに登れて見晴らしも良いので、やはり関ヶ原に来たら寄っておきたいスポットではあります。
石田三成陣跡

そういや、ふもとの島左近陣跡近くにある馬防柵が何故かひとつなぎ倒されており、これはこれでリアリティがあってよろしいかと(?)。
石田三成陣跡

関ヶ原の戦いに至るまでに、家康はあの手この手で諸大名の心を掴みに行ったのに対し、三成は細川忠興にずいっと干し柿出してキレられちゃうような男なんですよねぇ……。ドラマで見ると「三成、死ぬほど不器用だけど悪い奴じゃないじゃん」と思えたりもしますが、実際ああいうタイプが身の回りに居たら、……イラッとするだろうなぁ……。

宇喜多秀家陣跡

この時点でかなり歩き疲れていたのでボチボチ帰ろうかとも思ったんですが、せっかくなのでこれまた『真田丸』にもちょいちょい登場する宇喜多秀家の陣跡にも寄ってみました。

西軍の副大将として参戦した秀家は笹尾山の南西、天満山のふもとにある天満神社のあたりに陣を構えたみたいなんですが、周辺の道がかなり細いようで東側からクルマで入っていくと結構ドハマリしそうな雰囲気。かといって、笹尾山から歩いて行く元気も無かったので、笹尾山から国道365号~国道21号をぐるっと回って、さっき徒歩で訪れた大谷吉継の墓の近くの交通量の少ない道の路肩にクルマを駐め、藤古川ダムの上を通っていくルートを辿ってみました。

ここから藤古川を挟んだ対岸すぐが天満神社なんですね。で、ここから藤古川ダムの上を通り抜けて行けばサクッと行けるという寸法。ただ、そのダムの上に抜ける道がまた分かりにくい!下の写真右手にある獣道みたいなとこを入っていくんですけど、一応標識が出てはいるものの「ホントにここで良いのか……?」 としばし迷いました。
藤古川ダム方面への入り口

で、この道を入っていくとダムの上に出ます。こぢんまりしたダムですね。
藤古川ダム

上流側はこんなんで、
藤古川ダム

下流側はこんなん。自然豊かです。
藤古川ダム

で、ダムを抜けてから少し林の中を歩きます。「熊出没注意」の看板があったので、ひょっとしたらクマ避けの鈴とかあった方が良いのかもしれない。ていうか、関ヶ原ってクマ居るのか。
藤古川ダム~宇喜多秀家陣跡

そして神社に到着。秀家の旗印「兒」が見えます。地図で見た通り、ダムからすぐ近くでした。
宇喜多秀家陣跡

神社自体は小さなもので、人は誰もおらずひっそりと佇んでいます。これはこれで味がありますね。
宇喜多秀家陣跡

しかし、秀家は西軍の中でも最大となる1万7千の軍勢を率いていたみたいですが、こんな静かな山の中に1万7千の兵がひしめいていたってどんな有様だったんや……。

境内の片隅にあった石碑には「浮田秀家」と書かれてましたが、関ヶ原のあと八丈島に流罪となった際に「浮田」を名乗ったとかなんとか。
宇喜多秀家陣跡

石碑の近くにあった説明書きによると、「宮本武蔵が奮戦したのもこの辺りといわれています」と書かれていたんですが、宮本武蔵って関ヶ原に居たんです?

そんなこんなで

さすがにこの辺でかなりバテたので、このあとクルマに引き返して撤収と相成りました。ていうか、関ヶ原って何度か来てるけど、西軍の方ばっか見て東軍の陣跡とかまったく見てない気が。てか、西軍のが良いポジションを押さえてたから、見て回るのが面白いんですよね。

ただまー、次来るときは東軍の方も気にしてみようかな……。

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週末に関ヶ原をぶらぶら 前編 ~小早川秀秋・脇坂安治・大谷吉継陣跡

今観ている大河ドラマ『真田丸』でもボチボチ「東西対抗 ドキッ!武将だらけの大運動会」(関ヶ原の戦いともいう)の時期が近づいており、ちょいとまた関ヶ原をぶらついてみたくなったのでクルマで出掛けてみました。しかし今の時期日差しがキツいので、ちょっと早起きして。

大谷吉継陣跡

松尾山(小早川秀秋陣跡)

まず行ってみたのが、小早川秀秋が陣を構えたという松尾山。関ヶ原古戦場が一望できるというので。登山口に5台くらい駐められる駐車場があるんですが、この駐車場への道のりがかなり分かりづらいです。案内標識とかなんも無いので。名神の関ヶ原ICからだと、IC降りたら右に曲がり、名神の高架をくぐって300mくらい行ったところを右折。旅館の前を通り過ぎて右カーブ、左カーブを曲がった直後に右手にある道(大型車両の進入を防ぐためか、入り口がブロックでシケインになってる)を入ってしばらく行ったところ。

なお、自分が行ったときには駐車場に1台だけ先客がいたのですが、その後それ以上クルマが増えるコトはありませんでした。

駐車場から山頂までは1.4km、所要時間40分とのコト。自分の足で歩いたら30分くらいでした。例によって日頃の運動不足が祟りすげー息切れしましたけど。
松尾山

登山道はそこそこ整備されており歩くのに困るコトは無いんですが、もちろん砂利とかが多く転がっているので最低限スニーカー履いていきたいところ。道が分岐しているところには案内標識があるし、林の中なので直射日光を浴びずに済んだのは助かりました。それでも汗だこだこでしたけど。
松尾山

そして山頂到着。小早川秀秋が旗印に用いたという「違い鎌」の幟もあります。
松尾山(小早川秀秋陣跡)

ここからだと確かに関ヶ原の様子が西軍・東軍ともよく見えますねぇ。左手奥にある高い山は伊吹山。敗れた三成が逃げたとこですね。
松尾山(小早川秀秋陣跡)

松尾山から見える笹尾山(石田三成の陣)はこんな感じ。かなりよく見えます。むしろ三成さんがここに陣を構えた方が良かったんじゃ。
松尾山

そこからもうちょっと右向くと東軍側のエリア。写真左にある工場が関ヶ原製作所なので、そこの手前側に福島正則が布陣してた感じでしょうか。その後ろに藤堂高虎やら井伊直政やら。
松尾山

以前笹尾山に行ったときも「眺め良いなー」と思ったりしましたが、ここはもっとスゴイですね。ホントに合戦の様子が手に取るようにわかりそう。しかし、合戦開始後なかなか動きを見せない秀秋に対し家康が松尾山に向かって銃撃を行って離反を促したなんて話もありますが、それはさすがに気付かないような気が……。

脇坂安治陣跡

松尾山を下りたあとは、クルマは駐めたままちょいと歩いてみます。
松尾山~脇坂安治陣跡

松尾山のすぐ北側を走る名神高速のすぐ脇を西にちょっとだけ歩くと、脇坂安治の陣跡があります。松尾山のホントに目の前ですね。
脇坂安治陣跡

脇坂安治は「賤ヶ岳の七本槍」の一人。この人は大阪に居たときに三成が挙兵しちゃったもんだから西軍として参戦していたものの、合戦前からずっと家康ラブ勢だったようで、小早川秀秋が悩んだ挙げ句東軍に寝返ったのは渡りに船だったようです。

『真田丸』ではメインキャラの一人になっている大谷吉継は秀秋の裏切りを予見しており、松尾山がよく見えるポイントに陣を敷き、さらに脇坂らの軍を松尾山のすぐ隣に配置するコトで万全の備えをしていた……ハズがその脇坂らも一緒になって裏切っちゃったもんだから悲惨としか言いようがないですねぇ。

大谷吉継の墓~陣跡

せっかくなので、脇坂安治の陣跡から大谷刑部殿の陣跡の方まで歩いてみます。名神の下をくぐって、
松尾山~大谷吉継の墓

東海道新幹線の下くぐって、
松尾山~大谷吉継の墓

標識に従い歩いて行く(標識には「大谷吉継」、石碑には「大谷吉隆」(合戦前に改名した吉継の異名)と書かれているのが紛らわしい)と、
松尾山~大谷吉継の墓

国道21号を越えた先でこんな細い道に入るように言われ、
大谷吉継の墓

結局また山道を歩き、
大谷吉継の墓

ようやく刑部殿のお墓に到着しました。松尾山から歩いて来るのはちょっと遠かった(30分くらい)かも……。
大谷吉継の墓

小早川や脇坂らの裏切りにより大谷軍が壊滅し、吉継は自害。そしてこの墓はなぜか東軍側の藤堂家が合戦後に建立したそうですが、そこには吉継とその側近・湯浅五助を巡るエピソードがあったようで。

慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いで、小早川秀秋の攻撃によって大谷隊が壊滅したとき、切腹した大谷吉継の介錯を務めた。この際、ライ病(ハンセン病)を患っていた吉継は、自害する前に五助に「病み崩れた醜い顔を敵に晒すな」と申し伝えて果てた。五助は主君の命を守り、吉継の首を戦場から離れた場所に埋めた。埋め終わった時に、五助は藤堂高虎の軍に所属する藤堂高刑に発見されると、「私の首の代わりに、主君の首をここに埋めたことを秘して欲しい」と頼み、藤堂高刑はそれを受けて五助の首を取った。藤堂高虎は、甥の高刑が湯浅五助の首を取ったことに喜び、徳川家康の本陣に報告した。五助の首を見せた際、家康は手柄を褒めつつ、大谷吉継の側近である五助なら主君の居場所も知っているはずと、高刑を詰問した。高刑は五助との約束を守り頑として在処を言わなかった。その姿勢に家康は感心し、自分の槍と刀を与えたという。

via: 湯浅五助 - Wikipedia

吉継の陣跡は墓からもうちょい南側にあります。標識に従い山道を5分くらいで到着。
大谷吉継陣跡

説明書きによると吉継は三成よりも2週間近く早く現地入りし、地元民の支援を得ながら味方の陣の構築を進めていたんだとか。最初三成に挙兵の決意を聞かされたときには猛反対したという吉継ですが、やると決めたらきっちりやるべきコトをやる……いやスゴイです刑部殿。

陣跡の石碑からさらにちょっとだけ歩いたところに、松尾山展望地と言われてる場所があります。
大谷吉継陣跡

その名の通り、目の前に松尾山が見えます。小早川秀秋を見張る気満々ですね。
大谷吉継陣跡

んで、ここからまたクルマを駐めてある松尾山まで戻らにゃならんのですが、ここから旧中山道の方に下りられる道があったので、そちらを辿ってみました。すると若宮八幡という小さな神社の境内にでます。
若宮八幡神社

ていうかここ、以前関ヶ原ウォーキングで目の前を歩いたとこでした。鳥居と本殿の間に電車が走っているっていう神社だから印象に残ってた。
若宮八幡神社

この鳥居のすぐそばに駐車場もあったりする(結構最近できたっぽい)ので、大谷吉継の陣と墓を見る場合ココにクルマ駐めて、若宮八幡から登っていくのが一番良いっぽいですね。

……なんか長くなってきたので続く。

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静岡で国道362号をぶらぶら

先日、所用で静岡市に行った帰り道、高速をそのまま帰るのも面白みに欠けたので、静岡の北部の山沿いをウネウネ走っている国道362号を走ってみました。

国道362号にて

……とはいっても、走るのに夢中だったんで写真これだけしか無いがな!

この道、起点は愛知県豊川市で終点が静岡市となっているんですが、その総延長の大半は静岡市と浜松市で占められてる感じ。私が地図で見てティンと来るような道なので当然カーブが多くて狭い区間も多い山道なんですが、「酷道」というほどのヒドさは無く、だいたいの区間では普通車同士の離合が可能です。たまーに1.2車線くらいの細い区間があり、対向車が来るとどちらかがバックで戻らなければならなかったりしますが(1回だけあった)。

山の林の中を走る区間が多いですが、途中茶畑があったり大井川とかの隣を走ったりして、風景の良いポイントもちらほら。静岡市から浜松市まで走るのに3~4時間くらい掛かったので、景色を楽しみつつ細い山道をどっぷり走りたい時には良いんじゃないでしょうか。……たまにあるよね、そういう時?

そういや、浜松市に入ったところで全国の秋葉神社の総本宮であるという秋葉山本宮秋葉神社も見かけてちょっと気になったんですが、今回はパス。しかし、秋葉山山頂にある上社からの眺望はかなり良いみたいなので、また機を改めて来てみたいところ。

浜松市街に出たあとは東名に乗って帰る……前に浜松城寄って、
浜松城

そのあと静岡県内にのみ展開しているハンバーグチェーン「さわやか」で名物の「げんこつハンバーグ」を食ったりして。これ食べるの初めてでしたが、ボリュームと肉汁がたっぷりで非常に肉々しくて良いです。ちょっとレアっぽいところがポイントなんですね(言えば良く焼いてもらうコトも可能)。
さわやかのげんこつハンバーグ

お盆のせいもあってか、14時半という昼食時のピークを外して行ったもののなお駐車場は大混雑、受付してから30分待ちという超人気っぷりでしたが。チェーン店でこれはスゴイな……。東名のインターからほど近い店に行ったせいか、愛知県のナンバーがやたら多かったのが印象的でした。

また近いうちに行きたいですね浜松。来年の大河ドラマ井伊直虎だし(浜松城まで井伊直虎の幟でいっぱいだった)。……ところで、井伊直虎ってどんなコトした人なんです?
浜松城

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