アブソリュート・エゴ・レビュー

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満月の夜

2017-05-14 11:08:52 | 映画
『満月の夜』 エリック・ロメール監督   ☆☆☆☆

 英語版ブルーレイで鑑賞。「喜劇と格言劇集」の第四作にあたる本作、冒頭に「二人の妻をもつ者はこころをなくし、二つの家を持つ者は分別をなくす」という格言らしきものが表示される(これはロメール自身がでっち上げた創作という噂があるが、確かなことは知らない)。

 パーティー好きの娘ルイーズと社交嫌いの建築家レミは、レミの仕事の都合により郊外の家で同棲しているが、レミの愛情の重たさと干渉に息がつまる思いのルイーズは、パリの町中にこっそりと自分だけの部屋を持って息抜きしている。妻帯者である男友達オクターヴとデートしたりパーティーに行ったりしながら、自分は自由な人間である、孤独を恐れない、レミが他の女を好きになったらすぐに別れる、などと語り、レミにも女友達とデートすることを勧める。やがて行きずりの男をパリの自分の部屋に連れ込んで寝た後、自分の居場所はやはりレミのところしかないと悟り、郊外の家に帰るのだったが…。

 ルイーズを演じるのはパスカル・オジェ。この時まだ25歳だが、この映画を撮った直後に亡くなったそうだ。これが遺作である。まるで人形のように可愛らしく、そして愚かしく、愛と自由を求めてさまようルイーズを、ガラス細工のような独特の透明感をもって演じている。レミを演じるのはチェッキー・カリョ。『ラ・ファム・ニキータ』で冷酷性と優しさを合わせ持つ矛盾した性格の教官を演じていた俳優さんで、私はこの人の佇まいが大好きなのだが、他の映画でほとんど見たことがなく、この映画でたっぷり見ることができたのは嬉しかった。ルイーズを心から愛しているのだが、そのせいで感情的になって狂暴な怒りを爆発させたり、やはり複雑なキャラクターをうまく演じている。『ニキータ』の頃と比べるとまだ若い。目が大きくて、がっしりしているのにどこか蒼白く神経質そうで、ルックスにも独特の雰囲気がある人だ。

 ロメール映画の常で、この『満月の夜』もディスカッション映画と言っていいぐらい会話、それも何かについての議論が多い映画だが、この映画で議論を戦わせるのは大体ルイーズとレミ、そしてルイーズとオクターヴである。ルイーズとレミは二人の愛し方の違いについて議論を戦わせ、ルイーズとオクターヴはその他さまざまなこと、たとえばライフスタイルや人生について議論する。すぐに分かるのはルイーズが自分を愛に束縛されない、自由な都会人をもって任じているが、実はいささか考えが甘っちょろく、たとえば孤独を味わってみたいなどと言いながら夜の時間があくと電話をかけまくって会ってくれる友達を探したりする。そういう意味で、これは恋人に束縛されたくない若い娘が愚かさゆえに大切な愛をなくすアイロニーの物語と見ることができる。
 
 あるいは、レミとルイーズの関係においてはルイーズが強者でレミが弱者だったはずなのに、いつの間にかそれが逆転してしまうという恋愛力学の奇妙さを描いた物語とも取れる。その象徴として機能するのが、タイトルにもなっている満月である。このほとんどリアリスティックな物語に魔法をかけて、ほんの少しの神秘をもたらすのは、明け方の食堂でルイーズが出会う作家が彼女に語る、満月の話である。

 あるいはまた、愛には力関係などなく、どんなことでも起こり得る不可解で不安定な場があるだけで、各人の思い込みなんてすべて幻なのだという物語ともとれる。特に凝ったプロットでもない本作だが、観る人によってさまざまな見方が可能だ。万華鏡とまではいかないが、核の部分に奇妙なカメレオン性を持つ映画だと思う。そう考えると、今度はメッセージを読み取りづらい謎めいた映画に思えてくるが、にもかかわらず、本作で描かれる男女の光景は現実の恋愛においてもきわめてありふれた、ごくごく普通の光景である。ありきたりの日常を、多義性を注入することによってポエジーへと変容させる。これがロメール・マジック。

 とりあえず、他のロメール映画と同じように、非常にデリケートなアイロニーこそがこの映画の面白さだと言っておこう。自分で自分が分かっていないルイーズもそうだし、享楽主義者を気取っていながら、ルイーズが他の男に会おうとすると嫉妬に狂うオクターヴや、嫉妬深い恋人の役回りであったはずなのにだんだんポーカーフェースに思えてくるレミもそう。人々の行動はすべて、どことなく茶化すような視線で眺められている。

 それからもう一つ、この映画にはちょっとしたミステリー(オクターヴがカフェで目撃したレミのデート相手とは誰か?)があって、それが結末でちょっとしたどんでん返しに結びつくのだが、これが実に洒落ている。謎かけ、伏線、小道具(帽子)の使い方、そして真相の呈示、どれもとてもうまい。絶妙といっていいだろう。結末で真相が明かされた時、私たちはそこにロメールの微笑みを見る思いがするが、それはルイーズにとっては剃刀のごとく切りつける鋭利な痛みであり、これ以上ない残酷な一撃なのだ。

 ロメール映画の中でも、かなり気に入った作品となった。



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