崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

『評伝孫基禎』

2019年07月03日 05時21分45秒 | エッセイ

 「経済戦争」という難局、どうなるのか。宣戦布告であれば危機、血(損)を覚悟しなければならない。「最悪」というレベルを超えたのである。しかし私は本当の血戦を体験した者としてはどちらも血を流すことなく、敗北して欲しいと願う。オリンピックが近くなっている。スポーツの「戦い」が広がる。戦争も競争も戦いである。オリンピック精神に戻って欲しい。
 昨日同じ話が二つあった。一つは
民団の友人のリーダーの黄正吉氏から孫基禎に関する本が送られてきた。黄氏の自宅を訪ねた時彼が孫基禎氏が身内であると語り、副賞の兜のリプリカも持って彼との縁を語ってくれたことを思い出す。この本の出版の協力者であり、私は日本留学初期に孫選手に直接会ったことを思い出す。
 もう一つは昨日届いた民団新聞(6月26日)に日本人俳優小金井宣夫氏の「哀しい勝利」と一人芝居「孫基禎さんのマラソン人生」記事が載っていた。レニ・リーフェンシュタール監督の映画『オリンピア』を思い出す。その内容については『ワンアジアに向けて』で詳述した。
1936年ベルリン五輪マラソンで 韓国人の孫基禎が金、南昇竜が銅メダルを取った生き生きした記録が映っていた。当時は日本植民地時代であり、日本国の選手として称賛された。しかし東亜日報は8月25日孫基禎のシャツに縫い付けられていた日の丸を取って報道し、日本政府は東亜日報の記者8人を懲戒とし、9ヵ月間停刊措置をした。孫基禎は朝鮮半島の北部生まれである。戦後韓国と北朝鮮が国籍復帰運動を起こした。しかしIOCは当時の記録は歴史なので変更できないと言った。

 またベルリン五輪の当時はナチス党政権下にあって、レニ・リーフェンシュタールがナチス党を正当化したのではないかとして罪に問われた。彼女は「ありのままを撮った」という。映像美によってナチス党の強大さが伝えられていると評価された当時、多くのドイツ人がヒトラーに熱狂したように彼女もそれによって罪に問われることはあってもそれ以上問われることはなかった。
 本書では映画は考察されていないが、寺島善一著『評伝孫基禎』では戦いの相手、「ライバルとは”敵”のことではない。自分を高めてくれる”尊敬すべき仲間”のことである」(12ページ)というメッセージを出している。経済戦争においてもそうであろう。