崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

独立運動

2018年03月02日 06時36分12秒 | エッセイ

 昨日の読書会では倉光誠氏が「戦後意識」とは何かを話題にした。文大統領の3.1独立運動記念日の祝辞で慰安婦問題に触れたことがそれである。またそれと合わせてソウル大学研究チームが慰安婦を殺して埋葬する映像を「はじめて」発表したという。それについて下川正晴氏は20年ほど前に資料検討が終わったという。私の恩師が1960年代「巫堂来歴図」に注目して公開し、泉靖一先生が論文で発表してから20余年後民俗学者沈雨晟氏が中央日報に「新発見」と大きく報道されたことを私は想起する。今学者と政治家が一緒なって、「反日」が定着していることを痛感する。客観、中立というと、その反対派になるだろう。しかしそれは国家を守るのではなく、近代科学精神を守ることである。
 戦後1世紀近く過ぎても日本の植民地という意識が頭から離れないということ。韓国においては戦後、解放、独立…と叫んでも反日から一歩も離れない。奴隷が解放されてもそれは制度や法律的なもの、意識構造は奴隷のままであることを意味する。日韓両国は植民地歴史から解脱し、堂々と一対一の関係になる、それが未来志向というものである。それは個人の努力、悟ることから始まる。