『たいへんな災厄のなか』
国境警備隊から〈国籍不明の武装ブルドーザーが何台も国境線を突破してブルネグロの町へ向かつてゐる〉と報告を受けたブルネグロ飛行男爵は、〈想像力は死んだ。想像せよ。〉と呟いて、白鳥のやうに両手を広げて寝床に仰向けに寝転がつた。そして、その年、大変な災厄が起こつた。生き残つたひとびとは暫くの間、地下での生活を余儀なくされた。
ブルネグロの城地下深き湖にあり打ち捨てられたる貸しボート乗り場
そのひとをかあさんと呼ぶ不思議。湖の駅に汽車は来てゐて
お別れのときが来てゐますと後ろから声せり知つてゐましたよ慥(たし)かに
赤き布に包(くる)まれて弁当箱は僕の手のなか揺すれば焼売(シューマイ)と焼き銀杏鳴りぬ
ぶつぶつと声だし本を読む人なり隣席(となり)の青き鞄の主は
「時刻表通りじや」とぽつつり独りごつ水売り老婆の虹色グラス
湖の駅のホームの突端に立ち尽くしかあさんは手を振り続けたり
地下照らす灯りは青くあをく光る虫たちの羽でできてゐました
湖の駅のホームを吹いてゆく優しき風よ忍ばせ歩(あり)く軽き足音
ランタンを持ちてゆつくり歩み来る王女の胸元(むね)の青きペンダント
ホーム椅子に腰を下ろして王女ひとり手組みて一心に祈りはじめぬ
ひとしきり祈りて王女は顔上げてランタンの灯をしづかに見てゐた
水仙の香と夕べの鐘音かそかに立ちぬランタン持ちて帰つてゆく王女
階段口の扉(と)辺りの空気ふはり揺れて閉められたあとのしづもり
はつかばかりのあをき光に照らされてお城の地下に深まるしづもり