戦前は医療も進歩も遅々としており、正確に診断できても、本当に有効な治療法は少なかった。白血病の治療などは為すこと能わずの一行だったと聞く。そのため医師の腕は正確な予後予測で評価された。遠い昔、医局の大先輩が、鄙びた温泉に逗留して論文を執筆していた時のこと、村人が訪ねてきて病人が居るので見て欲しいと頼まれたそうだ。川筋を小一時間上って、患者の家にゆくと六十代の男性が脳出血で昏睡状態だった。診察して、後三日と言い残して帰ってきた。その通り三日後に亡くなったので、さすが大学の先生は違うと評判なったという。村の医者では一週間以上ずれることも希ではなかったらしい。昔は正確に予後を予想することが優れた医師の証だったのだ。
今は医学が進歩し、白血病も半数近くを治せる時代になった。それでも正確に予後を予測するのは未だに難しい。あと十日、最期は自宅でと返された患者さんが半年生きられることは時々ある。送って戴いた医師に勉強会で会い一昨日亡くなりましたと言うと目を白黒され、「えっまだ生きておられたのですか」。と驚かれる。自宅と家族という薬が効いたのかも知れない。
今も正確に予後を予測できるのは名医の証と言えよう。