水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十七回

2009年12月19日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十七回
 その時、今し方まで晴れていた空から大粒の雨が落ちだした。外にいた丁稚は慌てふためいて店内へと駆け入る。時折り雷鳴が轟き、梅雨の到来を告げる生暖かな風が暖簾越しに店内へと吹き込んでくる。そして、雨音は少しずつ激しさを増した。左馬介は外の様子が幾らか気になったが、委細構わず奥へと押し通った。雨音を
気にするようでは剣聖への道は程遠いと、不意に思えたのである。
 廊下を進んでいくと居間があり、障子戸が開け放たれている。そして、茶を悠然と座って啜る喜平の姿があった。左馬介は声を掛
けるでなく、喜平へ軽く会釈した。当然、足は止まる。
「あっ! …これは。入られましたな。お部屋は、そこを左へ曲がら
れた所の四畳半を支度させてございます」
「これは、どうも…」
 そう、ひと言だけ声を返し、左馬介は、ふたたび動き出した。流石は旅籠だけのことはあり、よく掃除が行き届いている。滑りそうな
廊下が光沢を放つ。
 暫く直進し左へ曲がると、なるほど、喜平が云ったとおりの手頃な四畳半の間が戸口を開けて左馬介を待ち構えていた。一般客を泊めるにしては客を受け入れる大仰さがなく、薄汚れて小ざっぱりとした落ち着き感もない。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十六回

2009年12月18日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十六回
「ああ…どうも。お心遣い、痛み入ります」
「蟹谷様がお見えになる迄、ふた時以上ございますから、お部屋で
ごゆるりとなさいまし」
 物腰柔らかく、そうとまで勧められては、左馬介も次第に、そうし
ようか…と思うに至った。
「有り難う存知ます」
 直ぐには立たず、喜平にそうとだけ礼を云うと、左馬介は未だ座
したままの姿勢で動かなかった。
「今日、来られることをよく御存知で…」
「はあ、飽く迄も私の感でしたが、小僧さんに五の日は来られると
お聞きし、まぐれも当たるものだと…」
「へえ、さようで…」
 それ以上は諄(くど)く訊かず、左馬介へ軽く一礼すると、喜平は
店内へと戻っていった。
 左馬介が喜平の云った部屋で待とう…と、床机を立ったのは、半時ばかり経った頃である。とは云っても、蟹谷が千鳥屋へ顔を出すと思われる昼過ぎ迄は、未だふた時、弱はあった。左馬介は一端、店の入口へと戻り、雪駄を脱ぐと踏み板から敷居へと上がった。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十五回

2009年12月17日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十五回
 流石は商売人だ…と、その一挙手一投足の洞察力に感心させら
れる左馬介であった。
 手代が、むさい床机の上へ盆を置いて去ると、左馬介は埃(ほこり)を立てないよう、やんわりと握り飯を手にしようとした。だが、視線が走って手先が汚れていることに気がついた。先ほど迄、地面に座していて、立つ折りに土へ手が触れたことをうっすら思い出した。そんなには汚れていないのだが、素手で握り飯を持つのも憚(はばか)られ、左馬介は辺りに目を遣った。これも上手くしたもので、その時に丁度、都合よく目と鼻の先に井戸があり、しかも、ここで手を洗って下さいまし…とばかりに、水を張った桶に柄杓(ひしゃく)が挿されていた。これ程まで左馬介の想い通りに事が運べば、返って気味が悪くなる。それに、早朝とはいえ、泊り客達が起き出す気配なども届かず、これも気分がよくない。だが、何をするでもなく蟹谷を待つだけの左馬介にとって、氷結した状態で我慢するしかなかった。握り飯を頬張り、沢庵を齧(かじ)って胃の腑へ納めれば、益々もって退屈になってきた。喜平が顔を見せたのは、そんな状態の左馬介が床机から立ち、両手を広げながら大欠伸を一つ打った直後であ
った。
「どうでございましょう。宜しければ、あちらにお部屋をご用意させておりますが…」


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十四回

2009年12月16日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十四回
 左馬介は喜平に軽く会釈すると、喜平が指で示した土間伝いに
歩きだした。
 喜平は暫し茫然として、左馬介が去った方向を見続けた。
 裏へ左馬介が回り、辺りの様子を窺うように眺めると、確かに喜平が云ったように、雑然としていて、むさかった。勿論、この気分は左馬介個人の感覚であり、千鳥屋をよく知っている者達が如何に思っているかは別である。泊り客からは見えない造りの部分だから、それで旅籠の評判が悪くなるといったようなことはない。ただ、左馬介には、丁稚もいるのだから何故、片付けないのだろうか? とは思えた。道場を出る時、手拭いを置き忘れたらしく、袴紐の辺りを弄ったが生憎(あいにく)、なかった。仕方がないので、埃(ほこり)が溜まった床机の上へ懐紙を広げて一枚置き、左馬介はゆったりと座った。昼過ぎまでは未だ三つばかりの時ある。そう思うと左馬介は、腹が空いている自分に、ふと気がついた。その時である。手代らしき男が盆を持って現れた。上手くしたもので、盆の上には皿に乗った握り飯がニケ、湯気を立てており、黄
色い沢庵も三切ればかり乗っている。
「旦那様が、お腹を空かせておられるようだからと…」
 手代は語尾を暈して口を噤(つぐ)んだ。何故、腹が空いている
のが分かったのかを左馬介が訊くと、手代は小さく笑いながら、
「『腹を鳴らされていたよ』と仰せで…」と、また暈して云った。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十三回

2009年12月15日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十三回
 左馬介が店へ足を踏み入れた時、主(あるじ)の喜平が偶然、帳場へと出てきたところだった。喜平は、入ってきた左馬介を見て怪訝な表情を浮かべた。というのも、このような朝早い時刻に訪(おとな)う泊り客などあろう筈もなく、かといって、この宿から出立する旅人にも見えないから、どこの者? 更には、何用? という怪訝さが湧い
たのである。
「あのう…、どちら様でございましょう?」
 愛想のある笑顔で、ひと声、喜平は左馬介へ投げ掛けた。
「堀川の者です。蟹谷さんが来られる迄、待たせて戴きたいのです
が…」
「はあ、さようで。堀川道場のお方でございましたか。蟹谷様をお待
ちになるので?」
 左馬介は黙って首を縦に振った。
「それは、ようございますが、蟹谷様がお越しになられるのは昼過ぎ
でございますよ? 未だ随分と時もございますが…」
「いいのです。あっ、申し遅れました。私、秋月左馬介と申します」
「へえ。…でしたら、そこの土間伝いに裏へ抜けて戴き、お待ちにな
って下さいまし。裏は、むそうございますが…」
「はい、そうさせて戴きます。有り難う存知ます」


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十二回

2009年12月14日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十二回
「いえ、別に他意はありません。で、今日はお見えで?」
「はい…、恐らくは。月に五度(たび)、それも五の倍数日にお来しなのですが、それにしても、よく御存知で…。流石に御同門のお方で
ございます」
「いや、偶然です…」
 丁稚だと多少、見縊(くび)っていた節がある左馬介なのだ。弁が
立つ利口さには、ほとほと参った左馬介であった。
「一度(ひとたび)で手間賃は五十文。それが五度で二百五十文。丁度、一朱になります。他に旦那様のお供も月に一度なされ、これ
が一朱で、併せますと、月に二朱でございます」
 訊いてもいないことを、嵩(かさ)にかかって諄々(くどくど)、よく
喋(しゃべ)る丁稚だ…と、左馬介は無性に腹が立ってきた。
「そんなことは訊いておりません!」
 左馬介は、つい声を大きくしていた。ほんの一瞬だが、もうどうでもいいか…、と思えた。丁稚は、左馬介のひと言を聞き流すようにして箒で店前を懸命に掃き始めた。秋ならば落ち葉で大変なだろうが、梅雨に入ろうかという今の季節は、幸いにも大した芥もなく楽である。左馬介丁稚が掃く様子を暫く眺めていたが、戸口の暖簾を潜り、店内へと入っていった。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十一回

2009年12月13日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十一回
「あのう、お侍さま…。埃(ほこり)が立ちますから」
 店の躾(しつ)けが行き届いているとみえ、大層、上品な言葉遣いで丁稚小僧が話し出した。その目線は地面に尻をついて座る左馬介を捉えていた。左馬介は、何を考えているという訳でもなかったが、自分が店の入口に座っていることを、つい忘れていた。幾らか早めに目覚めたことや、疲れが溜まっていたこともあった。丁稚にひと言、云われた刹那、左馬介は未だ修行が足りぬ…と思った。所謂(いわゆる)、隙が生じたと悔んだのである。もし、これが丁稚ではなく刺客であったなら、左馬介は一刀の下に斬り刻まれていたであろう。それを分かっている左馬介だから、修行が足らぬ身の未熟さを心で嘆いたのである。こんな体たらくでは、蟹谷に出会い、幻妙斎との指南の経緯を訊くのも情けなかった。それでも、一応は地面か
ら立ち上がり、
「蟹谷さんは、いつ頃お見えでしょうか?」
 と、その丁稚に訊ねていた。
「いつも昼過ぎに来られるのですが、それが何か?」
 丁稚は逆に左馬介へ訊き返した。蟹谷がいつ頃、この千鳥屋に現れるかは疾うに分かっている左馬介なのだ。それが、つい弾みで訊いてしまったのである。


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シナリオ 夏の風景 特別編(下) 怪談ウナギ(2)

2009年12月12日 00時00分01秒 | #小説

 ≪脚色≫

      夏の風景
      特別編
(下)怪談ウナギ(2)

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

   N      ・・湧水正也
   その他   ・・猫のタマ、犬のポチ

15.C.I とある野原の道 早朝 
   ポチと散歩する正也。
  N   「ポチを散歩させ、(①に続けて読む)」

16.C.I 玄関 外 朝
   首から出席カードをぶら下げ、玄関から走り出る正也。
  N   「(①)ラジオ体操へ行き、(②に続けて読む)」

17.C.I 玄関 内 朝
   ポチに餌をやる正也。
  N   「(②)帰って、ポチや…(③に続けて読む)」

18.C.I 台所 朝
   小忙しく朝食の準備をする道子。タマに餌をやる正也。
  N   「(③)タマに餌をやって、朝食となる」

19.台所 朝
   食卓を囲み、食事をする四人。
  恭一  「父さんに聞いたんだが、悪い夢を見たんだってな、正也」
  正也  「ん? まあね…」
   沈黙して食べる四人。
  N   「夢の話は既に、じいちゃんから父さん、母さんへと伝わっていた。ここは云わザルだ
な…と思え、単に一語で片付けることにし
       た」
  恭一  「ふ~ん、そうか。寝苦しかったからな…」
   胡瓜のお新香をバリバリと噛る恭一。

20.C.I 玄関 外 朝
   背広姿の恭一が出勤していく。見送る未知子。
  N   「父さんが出勤し、(③に続けて読む)」

21.C.I 子供部屋 朝
   机で夏休みの宿題をする正也。
  N   「(③)僕は宿題を済ます(④に続けて読む)」

22.C.I 玄関 外 朝
   畑の見回りに出る恭之介。
  N   「(④)じいちゃんは家の前の畑の見回りだ」

23.台所 朝
   炊事場で雑用を熟(こな)す未知子。テーブル椅子に座り、未知子の様子を見遣る正也。
  N   「母さんは? と見ると、家の雑用をしている。僕は、夢で見た小川へ早速、行ってみる
ことにした」
   椅子を立つ正也。下にいたミケがニャ~と鳴く。玄関へ向かう正也。

24.玄関 内 朝
   靴を履く正也。台所から未知子の声。
  [未知子] 「暑くならないうちに戻るのよぉ~!」 
  正也  「は~~い!(可愛く)」
   戸を開ける正也。ポチがクゥ~ンと鳴く。戸を閉める正也。
  N   「目敏(ざと)い母さんは、レーダーで僕を見ているようだった」

25.とある小川 朝
   子鰻を探す正也。干上がりかけた水溜りにいる子鰻。気づく正也。両手で掬(すく)い本流
へと逃がしてやる正也。泳ぎ去る子鰻。
  N   「夢に現れた小川へ行くと、確かに…お告げのように一匹の子鰻が、干上がりかけた
水溜りにいた。僕は急いで本流の方へ
       と、その子鰻を両手で掬うと逃がしてやった。
勢いよく子鰻は泳ぎ始め、そのうち、どこかへ姿を消した」

26.台所 朝
   食卓テーブルの椅子に座る恭之介と正也。話す二人。
  恭之介「そうか…、まあ、いいことをした訳だな。正夢だったか、ワハハハハハ…(豪快に笑
い飛ばして)」
  正也  「それはいいけどさ、枕元が濡れてたのが…」
   今朝、起きた時の超常現象について語る正也。近くで洗濯機を回す未知子の声。
  [未知子] 「あらっ! それ、私なの。うっかり、掃除をした時、バケツをね…慌てて…」
  恭之介「そうでしたか…(大笑いして)」
   釣られて笑う正也と未知子。未知子の携帯が鳴り、出る未知子。電話の恭一と話す道子。笑って
電話を切る未知子。  
  恭之介「恭一からでしたか…」
  未知子「『なんだ、そうだったか…』って、笑ってましたわ」
   笑う恭之介、未知子、正也。三人の続く雑談。
  N   「これが、この夏、起きた我が家の怪談、いや、怪談モドキである。ただ一つ、夢の子
鰻は確かに小川にいた…」
27.エンド・ロール
   炎天下の青空。湧水家の遠景。

   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O
   タイトル「夏の風景 特別編(下) 怪談ウナギ 終」

※ 短編小説を脚色したものです。小説は、「夏の風景 特別編(下) 怪談ウナギ」 をお読み下さい。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十回

2009年12月12日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十回
 それ故、左馬介は千鳥屋で待つ心積もりをしていた。権十の話では、蟹谷を見たのは昼前辺りらしく、左馬介は、その時分までは待たねばなるまい…と、覚悟していた。左馬介が道場を出たのは卯の上刻だから、昼過ぎまで待つとなれば、大よそ三つの時を経なければならない。勿論、それは念頭に入れている左馬介であったが、果して蟹谷に会えるのか、そして、蟹谷が幻妙斎に受けた剣の指南について訊き出せるのか…といった、全く先の読めない状況
が待ち構えているのであった。
 案の定、千鳥屋は堅く戸を閉ざしていたが、それでも、うっすらと東の空が朱色に染まり始めると、店の者達の動き出す気配が店中で聞こえ始めた。早朝に出立する宿の泊まり客も半ばいたからである。左馬介は店に着いて後、暫し佇んでいたが、身体を休めようと、軒下の地面へ、べったりと腰を下ろしていた。冬ではないから、そう苦になるものではない。返って心地よいくらいのものだ。梅雨入りが近づいてはいたが、幸いこの日は朝から晴れ模様で
あった。
 戸口が開き、年端も行かない丁稚小僧が箒を手にして通用口から現れたのは、卯の下刻に入った頃である。漸く辺りに陽射しが満ち始めていた。


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シナリオ 夏の風景 特別編(下) 怪談ウナギ(1)

2009年12月11日 00時00分01秒 | #小説

 ≪脚色≫

      夏の風景
      特別編
(下)怪談ウナギ(1)

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

   N      ・・湧水正也
   その他   ・・猫のタマ、犬のポチ、妖怪鰻(正也の夢に登場)

1.湧水家の全景 昼
   タイトルバック
   灼熱の輝く太陽。屋根の上に広がる青空と入道雲。

2.洗い場 昼
   日蔭で寝そべり、涼を取るタマとポチ。滾々と湧く冷水。

3.離れ 昼
   恭之介の部屋の定位置で昼寝をする正也。蝉しぐれ。
  N    「今日も茹(う)だっている。外は気温が優に三十五度はある。僕は洗い場で水浴びをした
後、昼寝をしようとしている。滾々と湧
        き出る冷水のお蔭で僕の体温は、かなり低くな
り、生温かい畳が返って心地よいくらいだ(◎に続けて読む)」
   熟睡する正也。
   タイトル「夏の風景 特別編(下) 怪談モドキ」


4.書斎 昼 
   書斎の長椅子に横たわり、顔を本で覆って眠る恭一。スイッチの入ったままのクーラー。
  N   「(◎)父さんは日曜ではないが、夏季休暇で書斎へ籠り、恐らくはクーラーを入れたま
ま読みかけの本を顔に宛行いつつ、長

       子で寝ている筈だ(◇に続けて読む)」

5.離れ 昼
   うらめしそうに外を見ながら、団扇をバタバタ扇ぐ恭之介。時折り、流れる汗を手拭いで拭く。
  N   「(◇)じいちゃんも、たぶん離れで団扇バタバタだろう」

6.玄関 内 朝 回想
   出かけようと靴を履く盛装した未知子。見遣る正也。犬小屋で薄目を開け、また閉じるポチ。
  未知子「役員だから仕方がないわ…。正也、あとは頼むわね(バタついて)」
  正也  「うん…」
  N   「母さんだけはPTAの集会で昼前に家を出たが、御苦労なことだ」
   玄関を出た未知子。閉じられた表戸。
   O.L

7.玄関 内 昼
   O.L
   開けられる表戸。玄関を入る未知子。台所から走ってくる正也。
  N   「母さんは五時前に帰ってきた。途中で鰻政に寄ったようで、手には鰻の蒲焼パックを
袋に入れて持っていた」
  正也  「お帰り!(可愛く)」
  未知子「今日は土用の丑だから、夕飯は鰻にしたわ…。それにしても高くなったわね…」
  N   「そんな苦情を僕に云ったって、物価が高くなったのは僕のせいじゃない。まあ、そんな
ことは夕飯の美味しい鰻丼を賞味して忘
       れたのだが…」

8.子供部屋 夜
   リフォームされた部屋。布団で眠る正也。
  N   「その夜、僕は怖い夢を見た。熱帯夜だったこともあり、寝苦しさから一層、夢を見やす
い状況だったと推測される。状況は兎も
       角として、夢の内容は実に怖いものだった。
今、思い出しながらお話ししても、身体が震えだすほどである」

9.≪正也の夢の中≫ 江戸時代の武家屋敷 夕方
   侍姿の恭之介。その後ろに従う侍姿の恭一。
  N  「夢で見た僕の家は江戸時代のお武家だった。じいちゃんは二本差しの颯爽とした武士
の出で立ちで、城から戻った風だった。
      じいちゃんの直ぐ後ろには、小判鮫のように、こ
れも武士の身なりの父さんが細々と付き従っていた」
  恭之介『今、立ち戻った!』
   出迎える武家の奥方の容姿の未知子。稚児姿の正也。
  未知子『お帰り、なさいまし…』
  正也  『お帰り、なさい? …』 

10.≪正也の夢の中≫ 武家の部屋 夜
   膳を囲んで夕餉を食べる家族四人。鰻の乗った皿。賑やかに笑う侍姿の恭之介。
  恭之介『この鰻は、実に美味じゃのう…(笑顔で)』
   楽しそうな四人。

11.≪正也の夢の中≫ 昔の子供部屋 夜
   布団で眠る稚児姿の正也。妖怪鰻が現れ、正也を揺り起こす。目を開ける正也。正也を驚か
す妖怪鰻。
  妖怪鰻『ヒヒヒ…お前が食べた鰻は、この儂(わし)じゃあ。このままでは成仏、出来ず、化けて
出たぁ~』
  正也  『僕の所為じゃない~!(喚いて)』
   問答無用と、正也の首を両手で絞めつける妖怪鰻。
  N   「これも今、思えば妙な話で、鰻に手がある訳もなく馬鹿げているのだが、夢の話だか
ら仕方がない」
  正也  『ど、どうすれば許して貰えるの?」
  妖怪鰻『儂の息子が斯(か)く斯くしかじかの小川で干上が
りかけているから、助けてくれるな
らば一命は取らずにおいてやろう…(偉
       そうに)』
  正也  『そ、そう致します…』
  N   「鰻に偉そうに云われる筋合いはない、とは思った
が、息苦しかったので、そう致します…などと敬語
遣いで命乞いをしたよう
       だった。怖かったのは、その小川を僕が知っ
ていたことである」

12.もとの子供部屋 夜
   うなされ、目覚める正也。目覚ましを見る正也。二時半過ぎを指す時計。また目を閉じ、布団
を被る正也。
   眠る、布団の中の正也。
   O.L

13.子供部屋 早朝
   O.L
   目覚める、布団の中の
正也。
  N   「その後、寝つけなかったものの、早暁には、まどろんで朝を迎えた。枕元は気のせい
か、多少、畳が湿気を帯びて生臭かった」

14.洗面所 早朝
   パジャマ姿で歯を磨く正也。離れから手拭いを提げて現れる恭之介。
  恭之介「おっ! 今朝は儂(わし)と互角に早いぞ、正也」
  正也  「なんか、よく寝られなかったんだ…」
  恭之介「そうか! 昨日は、熱帯夜だったからな。実は儂も、そうだ(笑って禿げ頭を片手で、こ
ねくり回し)」
  正也  「それにさ、怖い夢を見たよ…」
  恭之介「ふーん…、どんな夢だ?」
   昨夜、見た夢の子細を恭之介に話す正也。
  N   「僕は昨日の、おどろおどろしい夢の一部始終を洗い浚(ざら)い、じいちゃんに語っ
た」
  恭之介「ほう…、それは△§Φ▼フガ…。√∬▲フガフガガした方が◆★フガだろう」
  N   「じいちゃんは顔を洗って入れ歯を外したから、こんな口調となった。入れ歯語の通訳
をすれば、『ほう…、それは怖かったろう
       な。そのお告げのようにした方がいいだろう』
と、なる」

                                     ≪つづく≫


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