真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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北満進出のための軍の謀略 甘粕と和田

2011年09月04日 | 国際政治
 下記は、「満州裏史 甘粕正彦と岸信介が背負ったもの」太田尚樹(講談社)から、柳条湖事件直後の2つの謀略に関する部分を抜粋したものである。一つは、アナーキスト大杉栄を殺害したとして世に知られることになった元憲兵大尉甘粕正彦によるものであり、もう一つは奉天特務機関に出入りしていたという予備中尉和田勁のものである。まさに、目的のために手段を選ばない理不尽な所業であると思う。

 同書は、甘粕事件についても詳述しているが、大杉栄と当時の妻伊藤野枝、および、甥の橘宗一を殺害したのは、甘粕ではなかったということである。ロシア革命後の新興ソ連に脅威を感じていた軍は、関東大震災の混乱に乗じて社会主義者を虐殺したり検挙したりしていたが、大杉栄も、憲兵隊上層部か陸軍上層部のいずれかの命令によって、検挙・拘束・殺害されたものであり、大勢の憲兵から殴る蹴るの暴行を受けて殺されたというのである。一緒に殺されてしまった当時6歳の大杉の甥・橘宗一が米国籍を持っていたため、米国大使館の抗議を受けて、その罪を、大杉を連行した甘粕一人に引き受けさせたというのが真相のようである。甘粕も、天皇を頂点に戴く日本軍の汚名を代わって引き受け、真相は誰にも語ることがなかったのである。
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                14 満州事変勃発

 甘粕ハルピンに現わる

 ”討ち入り”に間に合うようにと、甘粕は大急ぎで東京からハルピンに舞い戻ってきた。奉天郊外の実行部隊の別働隊として、甘粕はこの地で待機することがあらかじめ決められていたからである。その甘粕が柳条湖事件勃発の知らせを受けたのは、9月18日深夜のことだった。「いよいよ始まったな」と思いながら時計を見ると、満鉄線が爆破されてから、1時間が経っていた。
 だがそれまでハルピン特務機関長を務めていた沢田茂に代わり、この年8月1日付で赴任してきた百武晴吉中佐は、沢田以上に慎重な男だった。
「まだ勝手な行動は許さんぞ。奉天からの指示を待つのだ。あちらの進展状況に目処さえつけば必ず君の活躍するときがくる」と言って、百武は甘粕をたしなめた。板垣、石原からゴー・サインが出れば、直ちに奉天特務機関長の土肥原から知らせがくる手はずになっていたのである。
 21日深夜、甘粕が動き出した。そのとき、ハルピン特務機関員宮崎繁三郎の妻は、「パン、パン、パーン」という発射音につづいて、窓ガラスの砕ける音を聞いた。驚いて宿舎の窓のカーテンの陰からそっと見下ろすと、2人の男がピストルを乱射している。1人は間違いなく甘粕だが、もう1人の方は甘粕に影のようについて回っている、人相の良くない例の男のはずだった。


 あらかじめ夫から甘粕の行動を聞かされていた宮崎の妻が「あんなやり方でいいのですか。捕まったら支那語が解るわけじゃなし、日本人だとすぐ分かっちゃいますね」と、心配そうに夫の顔を振り返った。だが、宮崎の方は落ち着いたものだった。
「そのときは自爆する覚悟さ。甘粕は命がけだからね。もっとも、ポケットには張学良の軍隊の密使であることをうかがわせるような、支那語で書かれた手紙でも入っているだろうよ」とは言ったものの、彼の心情を思うと、なんとも哀れであった。


 南満を抑えた勢いで、一気に北満に進出しようと関東軍が躍起になっていたハルピン出兵の口実作りは、このときからはじまっていた。夜な夜な、何者かが出没して在ハルピン日本領事館にピストルを乱射したり、爆弾を投げ込み、日本人商店に手榴弾が放り込まれる。あるときには、ナンバープレートのない車の窓から、歩いている日本人が狙撃を受けたこともあった。

 直ちに現地の日本字新聞は、「居留日本人4千人の命危うし」と書き立て、内地の新聞も大きな活字を紙面に躍らせた。朝日新聞も9月23日から連日のように、「ハルピンの在留民突如危機に陥る。各所に爆弾投下さる」「ハルピン急迫せば在留民は引き揚げ 閣議で方針決定」「ハルピン危機迫り 現地保護を請求」と、現地の切羽詰まった状況を伝えている。

 このときの甘粕は中国製の手投げ弾を使い、いつも身につけているピストルも、モーゼルである。服装も苦力や、ときには便衣隊に変装していたから、簡単には見破られないはずだった。


 ときを同じくして、ハルピン総領事館も動き出した。大橋忠一総領事は百武特務機関長と前後して、「日本人居留民の生命財産保護のため出兵求む」という文案を、東京の本省に打電する手はずになっている。計画はトントン拍子に進んでいるかのように見えた。
 ところが、宣伝に関しては、相手の方が一枚も二枚もうわ手だった。漢字新聞に「ハルピン領事館の爆破は、玄関先に小爆弾を破裂させただけのもので、被害は皆無。爆破された日本人家屋にいたっては、いずれも空屋ばかりで、人災は一切無し。これらはすべて日本軍による侵略のための見えすいた謀略で、ハルピンはきわめて平穏」とすっぱ抜かれてしまった。これで、甘粕の謀略は頓挫する。


 だが、近年で出てきた資料の中には、ハルピンだけでなく、事変勃発直前の吉林でも同じような騒動が起きていたが、明らかに甘粕の主導だったことを窺わせるものがいくつかある。吉林で起きた騒動に関東軍を出動させれば、奉天がガラ空きになることを口実に、林銑十郎率いる朝鮮軍を満州に入れる計画だったのである。

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危うく難を逃れた満鉄事務所

 一方そのころ、奉天の東拓ビルに置かれたばかりの軍司令部では、板垣と石原が、やきもきしながらハルピンの情勢を見守っていた。奉天占領に気をよくしたものの、ハルピンの危機を口実に、朝鮮軍や内地からの増援部隊を速やかに投入しないことには、いたずらに時間だけが過ぎてゆき、張作霖事件の二の舞になってしまうからである。

 ちょうどそのとき、奉天特務機関に出入りしている和田勁という予備中尉がやってきて、「甘粕ではダメですよ。私に任せてください」と、板垣の前で大見得を切った。土肥原賢二にいわれたのか、あるいは自ら買って出たのか分からないが、和田は「もっとでかい餌をまかないと、大魚はかかりませんよ」と、胸を張った。

 次の日の午後、この豪傑は一人の手下を連れてハルピンに乗り込んできた。早速、名古屋ホテルに甘粕を呼び出すと、和田は「奉天では急いでいるんだ。まあ、ここはオレに任せろ」と言って、小柄な甘粕を見下ろした。当然、甘粕の方は面白くない。あの土肥原機関長が和田を送り込んできたと思うと、よけいにムッとする。それでも「満州にはこの手の男が大勢いるとは聞いていたが、一体この男は何をしでかすのだろう」という、興味の方が優先した。


 それから直ぐに和田は表の通りに出て行ったが、後を追った日本人の手下が、大事そうに抱えた小型のトランクが、甘粕は妙に気になった。間もなく和田だけが戻って来ると、甘粕の手を引っ張るようにして、ホテルの三階に上がってきた。
「よく見ていろよ。満鉄事務所が吹っ飛ぶから」


 和田はこともなげにそう言ってから、窓の外に目をやって、悪戯っぽく笑った。
 驚いたのは甘粕である。あそこには、日頃世話になっている事務所長の宇佐見寛爾をはじめ、満鉄ハルピン支社に勤める数百人の社員がいる。事変直前に内地へ金策に行って失敗して帰ってきた甘粕を見ると、金の用途も尋ねずに、大連の本社に掛け合って、都合してくれたのも宇佐見だったし、昨夜も一緒に飲んだばかりだったのである。


 その宇佐見だけでも助けなければと焦った甘粕は、部屋に飛んで帰るなり、事務所長のデスクに電話を入れた。
「いま板垣参謀が、火急の用事で見えていますから、至急来てください。大至急です、大至急!」

 いつも沈着で、ときどきニヒルな笑いを浮かべるだけの甘粕のひどく慌てた様子に、宇佐見は取るものも取りあえず、小走りにやってきた。
 しかし、板垣大佐などどこにもいない。甘粕はバツが悪そうに頭を掻いているばかりだし、傍らにいる見慣れない和田というふてぶてしい男も、窓の外に目をやったまま動こうとしない。
「いったい、どうしたっていうんだね。君らの悪戯に付き合っているほど、ボクは暇人ではないんだ」

 
 いつも温和な宇佐見が、そう言っていらだちを見せた。
 そこへ、手下が駆け込んでくるなり、「大将、時限装置が故障でダメです」と言って、情けなそうな顔付きで和田を見つめた。さすがにすまなそうな顔付きをして、和田が事の顛末を話すと、宇佐見は青くなって怒りだした。
「バカッ……」
すんでのところで、あの世に送り込まれるところだったから、怒るのも無理はなかった。
 この事実はほとんどの満鉄社員の間に知れることになった。当然のことながら、彼は恐ろしさに震え上がり、それが収まると、こんどは怒りに震えたという。


 和田という男のように、中尉でお払い箱になって満州に流れてきたような男がやる謀略などは、こんな程度なのかもしれない。甘粕はそう突き放して考えてみるものの、自分が今やっていることも、決して褒められたものではない。
「それに、オレがハルピンでピストルを乱射したり、手投げ弾を放り込んだことも、相手側にすっぱ抜かれて失敗に終わってしまったではないか。あれはなまじ日本人に危害を加えることをためらったからだ。これからは和田のように、物事をもっと割り切って取り掛からなければならないのかもしれない」

 ・・・(以下略)


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